3
――色々とあって翌日。
今日は部屋でゆっくりである。
昨日は結局、身を挺して飛び込んだ拳帝のせいで仕留め損な――もとい、拳帝のおかげで一命を取り留めた槍帝は治療室へと運ばれ元気になって帰ってきた。
謝罪に若干の怯えは見られたが、これで私が呼ばれたことを納得してもらえたなら嬉しい。
部屋に戻るとなぜか私に与えられた部屋のベッドで双帝の2人がお昼寝をしており拳帝に撤去されるという一幕もあったが、特にその後何もなかった。
あれは何だったのか……。
それから今まで優雅に読書である。
拳帝に貰った本は、内容が無骨ではあるのだが体の動きなど想像力を掻き立てる要素が多く、なぜその動きをするのかを丁寧に説明してあるため読み応えがあってとても良い。
特に足運びとフェイントの章が秀逸である。
戦闘中にこんな難しいことを考え、組み立てながら動くというのは尊敬に値する。
本人は「まぁ、慣れだ」とか言っていたが詰まるところ修練の成果ということなのだろう。
――昼頃に使いの者が来て来客を告げられる。
誰かと思ったら光帝らしい。何の用事だろうか。
応接用のソファに移動すると光帝が入ってきた。
向かいに座る姿は相変わらず白の外套を着込みフードで顔を隠している。
分かりやすい見た目ではあるのだが偽物だったとしても気付かないのが難点である。まぁ、こんな帝王のお膝元でそんな無謀な真似をする者は居ないであろうが……。
「――久しぶりね。快適に過ごしていただけているかしら」
「個人的にはもう少し本の種類が多いと嬉しいが、概ね快適だ」
「……分かった。別の本も探してきてやる」
横に立っていた拳帝が憮然としながら待遇改善を申し出てくれた。言ってみるものだな。
光帝はそれを見て可笑しそうにする。
「ふふっ。怒っていなさそうで安心したわ。昨日はごめんなさいね。暴走を止められず申し訳なく思っているわ。――変わらず協力はしてもらえそう?」
なるほど。心変わりがないか意志確認に来たわけだな。
「それは問題ない。じゃれついて来た子犬を撫でてやったようなものだ」
「あれだけボッコボコにしておいてよく言うぜ……」
拳帝をチラッと見ると降参のポーズをして黙った。
「私たちは――少なくとも私は、帝王様を万が一にも失わないためにはあなたの協力が不可欠だと考えているわ。批判する者も居るかも知れないと思うけれど、よろしく頼むわね」
光帝の優先順位1位は帝王で、そこは譲れないのだろう。断固とした意志を感じる。私は光帝の気迫に応えて頷いた。
「悪魔の狙いの1つは私の主人のようだ。――よって私としても魔王討伐はぜひ達成しておきたいところなのだ。心配せずとも私が自分から戦線を離脱することは基本的に有り得ないと思ってもらっていい」
安心してもらえただろうかと光帝に目を向けると、なぜか俯いて震え始めた。
おや? 怒っている……?
「そうだったわ……。帝王様の花嫁候補……許せない……ユルセナイ……」
「お、おい。光帝……?」
拳帝と顔を見合わせる。彼も驚いているので光帝のこういう姿は珍しいようだ。
しばらく何事かブツブツと呟いていたが、ふと我に返ったのかスッと居住まいを正した。
「――こほん。失礼しました。では計画の詳細は明日の打ち合わせで皆と一緒に聞いてもらうわ。それまでごゆっくり……」
そう言って立ち上がると素早く退出して行く。
「あれは重症だな……」
拳帝は痛ましそうに扉を見ていた。
残念ながら情緒不安定は完全回復薬でも癒せない類いのものだ。仮に感情を喪失できたとて、それは必ずしも正常とはいえない。
「確かに、幹部が弱っているのは不安要素だな」
「……さてはお前分かってないな?」
もしや話が嚙み合ってないだろうか。何の話であろう。
◇ ◇ ◇
更に翌日。打ち合わせの日になった。
招集された帝ランク保持者たちが揃うのが今日ということだったらしい。
朝方呼びに来た監視役という名の世話役である拳帝に連れられ会場に向かう。
与えられていた部屋と同じ最上階の別棟へ、渡り廊下を通過しつつ歩くと、渡り廊下の先に直接繋がる見上げるほどの大きな扉が見える。
扉を開くと中は大きな部屋になっていた。別棟の最上階が1つの大部屋になっているようだ。大人数を集めたい時に使われる部屋なのだろう。
部屋の中はあまり華美な内装ではないものの、柱の上部に彫刻が施されていたりと質素になりすぎないような配慮がなされており設計者のセンスを感じる。
部屋の中心には長机が細長い円卓を描くように配置されていた。さすがに広いこの部屋を満遍なく使用すると個々の距離が開きすぎるようで中央に集められている形である。
その疑似的な円卓には帝ランク保持者たちがずらりと並んで座っていた。
全員で30名ほど居るだろうか、私から見て左側に魔法使いたちが、右側には戦士たちが何らかの順番に沿って座っているようだ。
私の席は扉に一番近い場所が用意されていたようなのでそこに着席し、すぐ右側の席に拳帝が座る。
面々を眺めていると緑の外套が目に入った。
――あの外套は風帝だろうか。おお、本物だ……。
「ん? どうした?」
私の表情の変化に気付いたのか拳帝が問いかけてくる。
「いや――私が今読み進めている本なのだが、風帝を目指している主人公の話でな。本物の風帝がそこに居ることに少し感動している」
「……感動するポイントはそこなんだな。良かったら後で握手でもしてもらったらどうだ――と言いたいところだが、残念ながら風帝は性格が悪いからやめておいた方がいい」
「な、なんだと……」
「拳帝。聞こえておりますわよ?」
緑のフードを被った人物から女性の声が聞こえてきた。風帝は女性のようだ。変声機能は珍しく使用していないようである。
本の主人公は少年なので、まるであの少年が風帝になれなかったかのように感じて少し悲しい。
「おっと……」
慌てて口を噤む拳帝を見て、風帝は溜め息をついた。
「はぁ、全く……。その本は『緑の頂』という本で合ってらっしゃいます? それは先代の風帝様――わたくしのお師匠様を描いた物語ですわね」
「なんと……! もしや健在か……?」
健在なら会ってみたいものだ。物語の主人公に会える機会などそうそう無い。
「残念ながら既に亡くなられておりますわ」
「そうか……。それは本当に残念だ……」
「そうがっかりなさらないで下さいまし。物語の主人公にはもうすぐ会えましてよ? ただし――それは未来の本になるでしょうけれど……」
そう言って風帝は奥の小さな扉を見つめた。
その扉を開けて帝王が姿を現す。
なるほど、確かに彼は未来の本の主人公として間違いなく採用されるであろう。
そう納得して頷いていると、座っていた帝ランク保持者たちがザッと一斉に立ち上がって礼をした。
もちろん私は出遅れた。
そういうのは予め教えておいてほしい。
◇ ◇ ◇
私だけ座ったままなのも変なので立ち上がる。
私も礼をするべきなのか迷っている内に皆の姿勢が戻ってしまった。今から1人だけ礼をするのは逆に目立つので涼しい顔をしておこう……。
「――皆集まってくれてありがとう。座って?」
帝王が着席を促し、全員が座って打ち合わせが始まった。進行は光帝が担当するようだ。
書類を持った光帝が声を発する。
そういえば光帝も変声機能を使っていない。もしかすると使っている者の方が少数派なのだろうか。
「では魔王討伐の打ち合わせを開始します。――まず最初に言っておかねばならないことは、『全員で討伐に向かうわけではない』ということです」
戦士系の者たちが騒めく。きっと行きたかったのだろう。
「静まりなさい。帝国を守る人員も必要というだけの話です。――とはいえあまり討伐に人員を割き過ぎると帝都を危険に晒してしまいます」
やはり呼び方は帝都なのか。一応王国という話だったが。
おっといけない、真面目に聞こう。
「よって魔王討伐は少数精鋭で行ないます。帝王様と話し合い7名を選抜しました。今から読み上げます」
その辺りは会議で決定するのではなく上意下達なのだな。7名ともなると上位から選ばれるであろうし戦士たちの希望は叶えられそうにない。
「――まずは帝王様。そして私、光帝が行きます」
その辺りは堅いだろう。参加しないわけがない。
「そして闇帝、火帝、水帝。あなたたちを連れて行きます」
水帝はよく知らないが火力重視の編成だな。
闇帝は闇属性が私に全く効果が無かっただけであって別に弱いわけではない。無詠唱で即死魔法を連発できることを考えるとむしろかなり強いと言える。
そういえば今5人だな。1人は私であろうがもう1人は誰だろうか。
「あとは今回助っ人に呼んだポンさんと拳帝です」
「……待て待て、人選がおかしい。明らかに俺が浮いてるだろ」
拳帝が焦り出した。彼も一般人からすると一線を画すほど飛び抜けて強いのだが、上級悪魔が相手となると力不足が否めない。具体的に言うと多分死ぬ。
「あなたはポンさんの監視役でしょう?」
「それ討伐中も継続なのか……」
「それは半分冗談です。魔法職だけで固めてしまうと物理攻撃が必要になった際に詰む可能性がありますので、元々戦士職からも呼ぶつもりでした」
「それで今回1番ちょうどいいのが俺だったと」
「そういうことです」
「うーん……それなら仕方ないな……」
拳帝は渋々納得したようだ。
引き受けたということは、いざとなれば死なないように立ち回る自信はあるのだろう。
「では意見や質問のある方は居ますか?」
風帝が手を挙げた。
「居残り組の責任者は誰ですの? 今回は何日も掛かるのでしょう? 前回の魔王騒ぎの時のように帝王様が1日不在になるのとは勝手が違いますわ」
『前回の魔王騒ぎ』とは私の召喚を魔王の降臨と誤認した件だな。厳密には1日半くらい国を空けていたはずだが、帰った時間が朝だったのでその日は朝から出勤した扱いになったのかも知れない。
「では風帝。あなたが代理を務めてちょうだい」
「わたくしですの!?」
「ランク11の面々を思い浮かべてごらんなさい?」
風帝は少し上を見上げるような仕草をした。
どうやら他の者たちは責任者に据えるには個性的すぎる性格をしているようだ。ゆっくりと頭を振る。
「わたくしが1番マシですわね……。不本意ですが頑張りますわ……」
「お願いね。後で対応マニュアルを渡すわ」
「マニュアルがあるんですの!?」
性格が悪いという話だったが、風帝は別にそこまで悪くない気がする。むしろ良い反応で好印象だ。
これは拳帝の軽口に騙された可能性が高い。
ふむ。後で握手してもらうか……。
◇ ◇ ◇
「質問は以上ね? では討伐の日程を大まかに共有しておきます。もちろん前後する可能性が高いのでそれを加味して把握しておくように」
何名か頷いた。真面目に聞いているようである。
そういえば私を連れていくことに異議を唱える者が居るかも知れない、みたいなことを言っていたが特にその気配は無いようだ。
高ランクの冒険者だけに物分かりがいいのか、それとも槍帝の顛末を耳にして考えを改めたか、光帝辺りが根回しをしたのか……。
どちらにせよ反対意見が無いなら助かる。
連れて行ってもらえないなら場所を聞いて1人で向かわなくてはならないところである。
別にそれも不可能ではないが、どうせなら現代の英雄の勇姿を眺めながらの方が断然いい。
譲れない目的があるとはいえ、長丁場でずっと独り戦い続けるのはさすがに気が滅入るというものだ。
「――出発は明日です。まずは転移で例の里へ行き魔界への門を開いてもらいます。儀式には1日を要しますので魔界へ突入するのは更に翌日。門を閉じるのにまた1日必要ですので、実際に行動を開始するのは3日後となるでしょう」
ちょっと情報量が多いので整理する。
悪魔の王は魔界という別次元に居るようだ。
そしてこの世界との境界線は厳重に封印されており、その封印を守るための里すらあるらしいな。
その割には上級悪魔がこちらの世界を好き勝手に闊歩しているようだが……。
悪魔の個性によるものか、或いは強さによっては封じきれないのか。とにかく例外はあるようである。
今回はその封印を一旦解除して通過し、再度展開することでこちらの世界への影響を最小化する計画になっているということだな。
「その後は魔王を速やかに討伐し帰還する予定ですが、こちらは何日掛かるかの計画は立てられていません。ですが5日以内には終わらせたいとは考えています。――では何か質問のある方いますか? ――はいポンさんどうぞ」
挙手した私に視線が集中した。
……そんな不安そうな目で見なくても変なことは言わないぞ拳帝よ。
「2点質問がある。まず、門を閉じるまで門の場所を守り続けるような日程になっているが、その認識で合っているか?」
「はい。そのつもりで居てください」
「承知した。もう1点、帰りは門の封印を破壊するような形で帰るのか? 里との連絡手段があるのかどうかを把握しておきたい」
「連絡手段があります。封印の破壊は里の者に死者が出る可能性がありますので、余程の事態でない限りは避けてください」
おっと危ない。聞いておいて良かった。
闇帝と火帝も胸に手を当てているので私と同じ感想を持ったようだな。
――突如。
視界の隅に黒いモヤのようなものが入り込んだ。
そちらの方――円形に並べられた机たちの中央に目をやると、見る見る内に異形の人型へと姿を変える。
「これはこれはイイコトを聞いてしまいましたッ! あの忌々しい封印が解かれるンですって⁉︎ ンハァー! これは大急ぎで皆を集めなければッ!」
長くねじくれた角が2本。ヴィルー並みの上級悪魔である。どうやってこんな所まで侵入したのか。
「逃がすわけが――」
「――なかろう!」
帝王と私の空間断裂攻撃が同時に襲いかかる。
しかし上級悪魔は『どこが裂けるか』予め分かっていたかのように軽々と体を捻って回避すると楽しそうに嘲笑った。
「ンハハハーッ! 残念ッ! そういうのは分かっちゃうんだなぁーッ! それじゃサヨナラーッ!」
そう言って体を黒いモヤに変え、床へと吸い込まれて消えた。
即座に探知波を放ったが既に地面の下に居るようだ。高速で移動していることを考慮するとこれ以上の攻撃は難しい。
それにしても私たちの前に姿を晒す危険を犯した割には『悪魔側に情報が漏れた』ことを知らしめただけである。
なんというか、効率の悪いことをする連中だ。
なるほど。それが悪魔なのだな……。
◇ ◇ ◇
「まずは被害状況の確認を!」
光帝が指示を出す声で我に返る。
戦士職の者が何名か頷いて走って行った。
「くっ。一体どこから……」
歯噛みするような声を出す光帝に情報を伝えた。
「黒いモヤのような状態では物体透過能力があるようだったな。私が探知を放った時には既に一瞬で地下に移動していた」
「現在地は分かりますか?」
「すまんが既に圏外に居るようだ」
それを聞いて光帝も一旦落ち着いたようである。
「情報の持ち帰りを優先したようですね……。これ以上の被害拡大は今のところ無いと見ていいでしょう」
光帝は帝王と見合わせて頷き合う。
そしてくるりと風帝の方へ向き直った。
「風帝。出発を1日早めることにしました。引き継ぎ資料を渡しますのでついて来てください。そして先ほど呼ばれた討伐参加者は荷物をまとめて1時間後に再度ここに集合。帝王様はここで被害情報の取りまとめをお願いします」
先ほどの頷きでこれだけの情報が確定するとは驚きの通じ合い具合である。まるで念話でも使用しているかのようだ。
ああ、いや。本当に使っているのかも知れない。
私が使えるくらいなのだから帝王が使えても不思議ではないだろう。
「悪いが付き合ってくれ、着替えが無いと困る。さすがに全裸の帰還というわけにはいかないだろうからな」
拳帝がそう軽口を叩くので大部屋を出た。ボロボロになる前提なのが涙を誘うところ。
実際は服の修繕や作成も私が可能だが、拳帝の服が特製だった場合は性能が落ちてしまうだろう。予備があるならそちらの方が安全である。
元居た棟に戻って2階に降りる。
そこの奥まったエリアに戦士職の帝ランク用の部屋が集まっているらしい。
拳帝は廊下を進むと大きな木の扉をスライドさせて部屋の中へと進んでいく。
部屋の中には大小様々な樽や瓶が並んでいた。
「まるで酒蔵のような場所に部屋があるのだな?」
「いや、ここは酒蔵だ」
……この男は何を言っているのだろう。
着替えを取りに行くのではなかったのか。
「――せっかく1時間もあるんだから着替えだけでなくてもいいだろう? 大丈夫。俺は酒に強い」
「怒られても知らんぞ……」
もっと他に準備した方がいいものがありそうなものだが、彼にとってはこれが優先順位最高位なのだろう。
仕方ないので空間収納を1部屋作成し、渡された酒瓶数本を預かって投入しておいた。
数が少ないのは良心が咎めたか、もしくはこっそり飲む難易度の限界を感じたか……。
では今度こそ部屋に行くぞと移動し、別パターンの皮の上下を2着と金属製の手甲を2種類ほど、他に生活用品を適当に纏めたカバンを1つ預かった。
「お前は特に準備するもの無いのか?」
「全部持ち歩いているようなものだからな。そしてそれらをそもそも外に出していない」
「……シンプルな生き方ができて羨ましいぜ」
そういう台詞はもっと羨ましそうな顔で言ってほしいものである。
大部屋に戻ると、擬似的な円卓が退けられ調査班が入って何か痕跡や残滓が無いか仕事中の様子。
帝王はその調査班に交ざって専門的な会話をしているようだ。
見ると闇帝火帝水帝の3名は準備を終えたのか既にゆっくりと待機中である。荷物は帝王に預けているのだろう。
風帝は分厚い本を大事そうに抱えている。あれが帝国の対応マニュアルなのだろう。
可能ならちょっと読んでみたいがさすがに無理か。
光帝と話し込んでおり握手を求めるような雰囲気ではなさそうである。
◇ ◇ ◇
しばらく待つと光帝が荷物を取りに行ってしまい風帝が残された。このまま居残り組の責任者として見送りするようなので話し掛ける好機である。
「風帝。ちょっといいだろうか?」
「はい、なんですの?」
近付いて声を掛けると風帝はくるりと振り返った。
その目の前に果物を差し出す。
風帝は緑だからメロンが良かろう。
「――お近付きのしるしというやつだ」
「どういうことですの??」
風帝は混乱している。
どう説明しようかと考えていると通訳の拳帝からフォローが入った。
「あー……多分純粋な好意だ。ほら、本の主人公がお師匠様なんだろ?」
「まあ! そういうことでしたのね……! ありがとう存じますわ。お師匠様にお供え差し上げた後にいただきますわね」
メロンを受け取り風帝の両手が塞がった。
……これでは握手ができない。
しまったな、順番を間違えた……。
仕方ない、握手は諦めよう。
「しかし何でメロンなんだ? 俺はバナナだったぞ」
「む? 緑色のものがいいかと思ってな」
「そんな理由かよ……。ちなみにバナナだったのは?」
「野外で剥きやすいであろう?」
「ああ……まぁあの場面ならバナナが正解だな。うん」
私と拳帝のやり取りを聞いて風帝は笑い出す。
「ふふっ。ポンさんとおっしゃいましたわね。案外付き合いやすい方のようで安心しましたわ。――帝国の皆をよろしくお願い致しますわね」
「うむ。必ず全員無事に連れて帰って来よう」
「まあ! 大した自信ですわね……!」
「実際コイツは四天王を瞬殺していたぞ」
「あれは瞬殺というより、どちらかというと手加減に失敗したというのが正しい。悪魔ヴィルーを尋問する予定だったのだが、うっかり倒してしまったわけだからな……」
「上級悪魔相手に手加減してたのかお前……」
拳帝の驚きに私は頭を振る。
「尋問の必要が無ければ手加減などしない。手を抜くつもりは無いので安心してくれ」
「いや、その心配はしていないから大丈夫だ」
拳帝は困ったように眉根を寄せた。もしかするとズレた回答だったのかも知れない。
一方、少し考え込んでいる様子だった風帝が顔を上げる。
「……想定よりかなり規格外ですのね。――それでしたら試していただきたいことがありますの」
今からだろうか。あまり時間が無いが……。
「――里に行った際に、結界の解除に立ち会ってほしいのですわ。結界の解除と再展開は昔からの段取りを正確になぞる事で行われますの。そのため1日という長時間の儀式になってしまっていますわ」
違った。移動した先で何かして欲しいらしい。
「儀式の解析は何度か試みましたが失われた知識も多く失敗しておりますの。でも、ポンさんの介入で時短を図れたなら……」
「なるほど。悪魔の裏をかけるというわけか――」
ふむ……。
このままでは魔界とやらに入った瞬間、大量の悪魔から大歓迎を受けてしまうであろう。それは確かに面白くない。
明後日突入の予定が例えば今日の午後に前倒しされたなら……。間違いなく悪魔側の準備は整っていないであろうな。
「――面白い。その解析、ぜひ試してみよう」
「ええ。よろしくお願いしますわ」
古くから伝わる技術の解析と効率化か。
誰でも儀式を達成できる工夫が為されている可能性が高いということは、技術が必要な部分は手順を複雑化することで難易度を下げているのだろう。
そこを見抜いて単純化してやればいい。
逆に言うと技術が必要になってしまうわけだが、そこは問題ないであろう。ならば試してみる価値がある。
これは俄然面白くなってきた。
◇ ◇ ◇
部屋の端から眺めていると次々に報告が届いているが、特に被害は無いようだ。先ほどの上級悪魔は諜報活動に専念していたようだな。
悪魔が真面目に仕事に励んでいたというのも変な話だが、魔王の下しっかり統率されていたなら有り得ない話でもないのだろうか?
――そろそろ1時間経つかという辺りで光帝が戻ってきた。いよいよ出発である。
光帝が帝王に申し訳なさそうに荷物を渡し、帝王が快く受け取って空間収納に仕舞うのを見届けた辺りで拳帝と共に近寄る。
「――ではみんな、行こうか」
帝王が声を掛け、転移門を作成する。
今日は銀色――いや、仄かに金属光沢のある繊維で織られた灰色の外套である。こうして見るとあまりキラキラしていない。言い換えると上品な光り具合なのだ。
これはかなりこだわって作っているな……。
「ん? どうしました?」
「んん。何でもない――いや、良い機会だ。今の内にこれを渡しておこう」
私は右手を空間収納に突っ込み、完全回復薬を5本取り出した。
そして拳帝以外の5名に1本ずつ渡す。
「――これは? 光っていますが……『鑑定』」
さすが帝王。鑑定スキルもしっかり持っている。
「『完全回復薬』!? 初めて見ました……!」
「なんだと!?」
「これが伝説の……」
帝王と一緒に闇帝と火帝も驚いている。
こういう反応だと嬉しくなるな。
「5本で終わりか?」
貰えなかった拳帝が少し寂しそうである。
「拳帝が持ち歩いていると割りそうだからな。死にかけていたらちゃんと使ってやるので即死しないように気をつけてくれ。代わりに中級をやろう」
「ええ……微妙に納得いかないがまぁ、一理ある。ヤバい時は頼むぜ?」
体を使う役回りである自覚はあるのだろう。ニヤリと笑って中級回復薬を受け取り、腰のポーチに差し込んでいた。
「これをどちらで? 教えられない時は答えなくてもいいですけれど」
光帝が完全回復薬を窓の光に透かしながら聞いてくる。組織のトップとしては気になるだろう。
「自作だ。リステリアの南方、ルウフの街の近くにあるダンジョンは果物が名産品でな。4層の奥まで潜ると『黄金文旦』という光る柑橘が採れる。――その光る表皮を材料にして回復薬を作成すると、このように光る薬になるわけだ」
「ダンジョンの難易度はどの程度ですか?」
「空が飛べるなら非常に易しい。地上を行くなら密集したトレントと延々戦い続ける羽目になる」
「それは人を選びますね……。貴重な情報ありがとうございます。こちらの薬はいただいても?」
「ああ、受け取ってくれ。きっと優秀な切り札となってくれるであろう」
私の言葉に各自思い思いの場所へと小瓶を仕舞う。
なんとなくだが、光帝はどんなに苦しくても自身には使用しないだろうという予感がした。忠誠心が高いので。
「――では今度こそ行こう」
帝王の言葉に皆で頷き順番に転移門を潜る。
転移門の向こうは廃屋になった小屋の内部だった。埃の付着した蜘蛛の巣が何層ものカーテンのようにあちこちを覆っており、全体的に薄暗く妖しい雰囲気である。
恐らく帝王の屋敷の地下と同じく、転移先には気を使っているのだろう。確実に人が居ない場所というのは案外少ないのだ。
ここに限っては、床の中央付近だけ清掃されているのを見るにわざと人が寄りつかないような場所としてここを設置しているのかも知れない。用意周到なことだ。
◇ ◇ ◇
小屋を出ると予想外なことに密林であった。
つまりあまり標高が高くないということになる。
空気が薄くなるほど標高の高い帝都から驚くほど移動したようだ。帝国は領土が小さいという話なので国境すら跨いだ可能性が高い。
先導して迷わず進む帝王の背を皆で黙々と追い続けること1時間ほど。見飽きた密林の景色から変化が生じる。
規模としては大きくないが畑が出現したのだ。
これは集落が近いことを意味するに違いない。
見ると葉がハート形なので芋の類いであろう。
密林に再突入し更にしばらく歩くと、ついに里の入口が見えてきた。
樹々を傘に隠れているのか木造の簡素な家が建ち並ぶ、全体的にあまり高い建物が無さそうな里である。
歩み寄る私達を見つけた歩哨役らしき村人が慌てて里の奥へと走って行った。
ん? 里の人なら村人では無いな。里人か?
語呂が悪いので村人と呼称する。
……それにしても『お前たちは誰だ』的なやり取りが一切無いのは変な感覚である。まぁ、フード付き外套の集団を見ただけで正体が9割方分かってしまうからであろうな。
「――予定より1日早く来てしまったから大慌てだね。彼らには悪いことをしてしまったよ……」
申し訳なさそうな口調になる帝王を光帝がフォローする。
「大丈夫です帝王様。彼らは私たちの運んでくる物資を楽しみにしています。それが早く届いただけの話ですよ」
「――そう思ってくれるといいね」
そのまま特に抵抗などもなく里に進入。家々からは時折視線を感じるが、どの視線もすぐに離れて行った。帝王が居るなら警戒に値しないと判断したのであろう。
帝王は目的地があるのか里の中を迷わず進む。宿屋があるとも思えないので長の家だろうか。もしくは生活支援物資を持ってきたらしいので集積場に向かっているか。
数分も歩くと、他より若干立派な家が建っているのが見えてきた。倉庫を備えているようなので正解は両方だったらしい。
上から家が丸見えになるのを防ぐためなのか、土地を切り拓かずにそのまま家を建てている珍しい造りの家である。まるで家の屋根を突き破って大木が生えているかのような外観だ。
どんな部屋割りになっているのか気になる。
私たちが到達する前に家から男性が出てきた。
歩哨に立っていた者より身なりがいいのできっとあれが長だろう。
「帝王様! 案内もせず申し訳ありません。おいでは明日と思っておりましたが……」
「――ヒデモリ殿、すみません。少し事情が変わってしまいまして……」
「なるほど、深い訳がありそうですな。――中で伺いましょう。外で話す内容ではなさそうだ」
「ありがとうございます」
事情の深さを察した長の好意により家に上がらせてもらう。この辺りには雨季があるのか床下が異常に高いので文字通り『上がった』かたちだ。
案内されて応接室へ。
予想はしていたがテーブルと椅子は無く、床に敷いた小さなマットに直接座るスタイルである。リーゼロッテの実家に近い。
上座下座の概念があるらしく長と帝王が譲り合って少し揉めていたが、上座の方に長が座る事でなんとか落ち着く。
個人で来たならどこに座っても大して変わらないが、集団で来ているなら1人だけ別の場所に座るのは落ち着かない、と何とか説得に成功していた。
「では、状況について説明します――」
帝王から里の長に説明が始まった。
◇ ◇ ◇
ひと通り帝王が事情の説明を終えると、里の長は呻くように声を絞り出した。
「――なんと悪魔どもが……。委細承知しました。早速儀式の準備をさせます」
彼は立ち上がると人を呼び、聞き慣れない言語で指示を出し始める。
語感からすると現代語風に崩された古い言葉のように聞こえる。
恰幅のいい体型や渋い低音と相まって重々しい響きだ。
「――急かしてしまって申し訳ありません」
「なんのなんの。帝王様にはお世話になっておりますゆえ、当然です」
「――それに、大事な儀式の解析をさせて欲しいというお願いも受け入れてくださって本当に助かります」
それを聞いた里の長は腕を組み、深々と鼻から息を吐いた。
「ふうむ……帝王様は何か勘違いをされておられるようですな」
「――?」
「門を守るは我らが使命。そして守るべきは門であって儀式ではありませぬ。……むしろ解析の結果、門を守りやすくなるかも知れない提案ならば受け入れない手はないのです」
そこで長は歯を見せてニカッと笑う。
「それに、儀式が失われた技術である以上、補修も改修もできない状況ですからな。実は前々から調査と技術の復活をしなければと思っていたところなのですよ」
なるほど、むしろ断る理由が無かったわけか。
自分たちの使命と定めた物事について真摯に向き合っているその姿勢は尊敬に値する。
だが変化を柔軟に受け入れられるのは凄いことだ。
どういう成り立ちでこの里が出来上がったのかは分からないが、長年培ってきたものに手を入れるのは恐怖すら感じるであろうに。
「では早速儀式の場所にご案内いたしましょうぞ」
――里の長に連れられ5分ほど歩いて向かった先には大岩があった。
少し高くなった岩場の上に積み上げられるように大岩が乗っかっている。
あまりに不自然なのでよく見ると、内側に降りていく階段がついているな。これは……。
「ご覧の通り、あれは廃ダンジョンです。ダンジョンは出現場所を選ばぬゆえ、下手な場所に儀式場を作ってしまうとダンジョンの出現により潰されてしまいかねないですからな」
ダンジョン跡の内部にはダンジョンは出現しないわけだな。それは知らなかったが、直感的にそうだろうとは思う。空間の歪みの中を更に歪ませられるかどうか、という話だからだ。
それを利用して恒久的に維持可能な儀式場を確保したわけか。考えたな。
入口岩の中に入ると、中は真っ暗かと思っていたら意外と明るい。松明ではなく照明の魔法道具を使っていることに少し驚いたが、あれらはきっと帝王の提供であろう。
ここに入る機会自体が少ないだろうことを考えると維持コストの心配も余計なお世話か。
元は石造迷宮型のダンジョンだったようで、廃ダンジョンとは思えないほどに内部は整然としている。
もちろんあちこち欠けていたりはするが、清掃されているのか破片が散らばっていたりはしない。
照明に誘導されるように進むことしばし。
目的の部屋に到達したようだ。
見回すと元はボス部屋だったのであろう、広々とした部屋である。
しかし元から在ったとは思えない異質なデザインの巨大な構造物が部屋の中央にあるので、実際の広さよりも狭く感じるな。
中央にあるのは、石製の舞台――いや、上から見たら正方形になるので闘技場と呼ぶべきか。
ただし、馬の蹄を巨大化させたようなものが上面に突き刺さっているので全体的には印璽のような形になっている。
――きっとあれが『門』なのだろう。
◇ ◇ ◇
儀式の準備は男女に分かれて行なっているようだ。
女性はこの大部屋の全体的な清掃を、男性は何か重たい液体を運んできては石舞台の穴に注いでいた。
匂いからするとこれは――。
「酒――ですか?」
帝王の疑問に里の長は大きく頷いた。
そして少し悲しそうに微笑む。
「はい。途中に芋の畑がありましたでしょう? それを発酵させ、蒸留して透明にしたものです。我々は焼酎と呼んでおります」
「臨時の魔力伝達物質として使用しているのか」
「その通りです。――あの石舞台には内側に穴が仕込まれておりましてな。それを焼酎で満たすのです。……本当は自分たちで飲んでしまいたいのですが、こればっかりは我慢ですな!」
そう言って長は豪快に笑う。
気持ちは分かるぞと拳帝がうんうん頷いているが、女性陣からじぃっと見られているのでそろそろ止めた方がいいぞ……。あれは多分冷めた目線だ。
ちなみに女性陣とは光帝、水帝、火帝の3名である。火帝はもう少し男性寄りの挙動をした方がいいと思う。
「さて、すぐにでも始めたいですが実は準備にもう1時間ほど掛かりますからな。家に戻って休みましょう。帝王様はついでに倉庫に来ていただいてもよろしいですか?」
頷く帝王の横で私は小さく挙手する。
「すまないが私はここに残って調査を開始しようと思う」
「よろしいのですか? では壊さないよう慎重にお願い致します」
「もちろんだ。承知した」
「案内と補助に娘のカナエを付けましょう。どの程度触れていいかはカナエに都度聞いてください。おい、カナエ! ちょっと来てくれ」
長の娘ということで長の女性版のような姿を想像したが、やって来たのは小柄な娘であった。似てない。
長は娘に私を紹介し仕事内容を伝えると、帝王たちを連れて戻って行った。疲れたのか拳帝もあちらと一緒である。
「それではポン様。どこから見せましょう?」
「順番に石舞台から行こう。あと『様』は付けなくて構わない。私は特に偉くないのでな……」
「そうなんですね。ではポンさんとお呼びします」
カナエを連れて石舞台に近付く。
「これは触れても構わないか?」
「大丈夫ですが触れると力を吸われますのでご注意ください。気絶するほどではないのですが、ずっと触れたままですと危なくなるかも知れません」
魔力生命体としてはあまり触りたくないな……。
だが一般人が触れても平気ならば問題なかろう。
覚悟を決めて触ると、確かにじわじわと魔力が吸われていくのが分かる。
――これは術式によるものではなく石の材質によるものだな。魔力の伝導率を上げることで、浸透圧により水が移動するかのように魔力を移動させる構造になっているようだ。
魔力の移動先である石舞台内部がどうなっているのか探知波を放ってみたが、探知波が吸われてしまったのか返ってこない。探知失敗である。
「何か分かりました?」
「探査の魔術が吸われてしまったな。ある程度吸わせて臨界状態にしないと内部構造の探査は難しそうだ」
「臨界状態……。それはたぶん儀式の第1段階そのものですね。男衆の作業を急がせましょう」
私は少し考えると頭を振った。
「いや……現時点でも大急ぎでやってくれているはずだ。それは止めておこう」
石舞台の土台への調査は後回しにし、次は巨大な馬蹄形、『門』と呼ばれているアーチの調査へと移ることにしよう。
◇ ◇ ◇
後付けで設置されている階段を上って石舞台の上へ。
私の場合、履いている靴も私の体の一部なので足の裏からじわじわ魔力が抜かれているのだが微量なので今は無視する。
――ふと思いついたので空間収納から魔力石を1個取り出して石舞台の上に置いてみた。
予想通りスゥッと色が抜けていき、透明になったところで消滅する。
ふむ……恐らく代用は可能だな。
「消えた……!? 今のは何ですか?」
「魔獣の体内から取れる魔力石――魔力の塊だな。儀式の第1段階の代用として使える可能性が高い」
「魔獣……数を揃えるのが難しいかも知れないですね……」
「心配しなくても帝王に言えば幾らでも積んでくれる」
「あっ。そうですね……!」
帝王の空間収納になかった場合は私の在庫を出そう。あまり需要が無いので死蔵しがちなのが魔力石である。別に惜しくはない。
「そういえば蒸留酒と言っていたが他の酒ではダメなのか?」
酒類が魔力の伝導を高めるのは事実だ。
別に水でもいいのだが、酒の方が効果が高い。
特殊な使い方として飲酒することで身体強化魔術の効果を高めて闘う人も居るが、判断力は低下するので総合的にはどうなのだろう?
「他の酒でも構わないのですが、蒸留の方が必須という言い伝えです。酒粕で穴が詰まるらしく……」
思ったより物理的な理由だった。
だが変に信仰的な理由を出されるよりは納得である。
「ちなみに芋を選択したのは?」
「育てやすく美味しいからです」
もしかするとここの者たちは意外と使命を楽しんでいるのかも知れないな……。
楽しみにしていた酒を大量に消費させてしまってなんだか申し訳ないような気持ちになってきた。
会話している内に『門』へと到着。許可を得て触れてみる。
――こちらは魔力を吸収する構造にはなっていないようだ。魔力を供給される側なのだろう。
同じ施設で結界の解除と展開の両方を行なうのならば、切り替えスイッチのようなものがあるはずだ。
それが『門』に組み込まれているのではないかと睨んでいたのだが、見た目では分からないな……。
「儀式の手順に『門』の操作のようなものがあるだろうか?」
「あります。結界の展開はこちらの左の柱を、解除は右の柱を触って行います」
許可を得て探知波を放つと、探知の波に合わせて柱を光の輪が走る。ああ……これは顕著だな。柱に仕込まれた回路が魔力に反応しているのだ。
今度は様子見ではなく真面目に探知波を放つ。
柱に仕込まれた回路を一気に読み取ると、この設備の全貌が見えてきた。
これに仕込まれている術式は1つだけだったのだ。
2本の柱がアーチを描き上で繋がっていることを利用して作成した、反転術式型の空間干渉装置である。作成者は天才だな。
惜しむらくは素材が石しか無かったことと、魔力の供給速度が期待できる環境になかったことだ。
それを補うために装置は巨大化し、石舞台という魔力貯留装置を付属せねばならなかったのだろう。
「えっ⁉︎」
突如、足元がぼんやりと薄く発光を始めた。
カナエは信じられないものを見たような反応だ。
「この現象に心当たりは?」
「……これは儀式の第1段階完了の合図です」
周囲の者たちも騒めいている。そういえば足元から抜かれていた魔力の流出が止まっているな。
つまり臨界状態に突入したらしい――。
もしや調査に時間をかけすぎたか?
それで抜かれ放題だった私の魔力で儀式の第1段階が完了してしまったようだ。
逆算すると帝王1人分くらいのものだが……。
いや、充分に大量か。せっかく解析したのだが……。




