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 翌朝、宿を出て王城に向かう。

 本付きの宿は素晴らしいのだが、いかんせん冒険小説の類いが置いていないのが難点である。まぁ客層からすると当然ではあるが……。


 お陰で王都の民俗に多少詳しくなってしまったのだが、それはそれで面白かったので良しとする。しかし残念ながら披露する機会は無さそうである。


 少し見え方の変わってしまった街角のオブジェを眺めつつ王城を目指す。


 途中で焼きたてのパンを適当に購入して空間収納に保管しつつ歩いた。以前もパンを購入したが、アレを野外の休憩中に提供するのは些か大きかったのだ。


 食卓用の大きなパンを豪快に手で3等分に千切り、部下と分け合って顔を埋めるように食い付いていたヒルダを見て私も反省したのである。もう少し食べやすい大きさにすべきだったな、と。


 あまり大量に買っても迷惑なので色々な形のものを数個ずつ買って保管しておいた。攻略中の休憩時にきっと出番が来るだろう。




 城門に着くと、門番から内側でしばらく待つように言われた。

 立っていると気を使わせそうなので詰所の隣の草地、馬車が通らなそうな場所に椅子を取り出し腰掛けて待つことにする。


 しばらく待つと見送りのイーヴァが来た。

 正確に言うと他国との約束がきちんと履行されるかを見届けに来ただけだったりするわけだが、内容は変わらないのでここでは見送りとして扱おう。


 イーヴァ用に丸椅子を取り出して2人で待っていると、数分ほどで門の外がざわつき始めた。帝王が現れたようだ。


 椅子を空間収納に仕舞っていると、更に数分で人影が通用口から出てきた。

 帝王――ではないな、拳帝だ。


「よう。数日ぶりだな」


「拳帝か。なぜここに?」


「なに、ただの送迎だ。帝王様が帝国までついでに送ってくれるらしい。……余った旅費で飲みに行ってたら急に現れたから焦ったぜ」


 あれから数日経っているのにまだ帰っていなかったところを上司に見つかったらしい。


 それでも悪魔の暗躍を帝国が把握していたという事は何らかの連絡手段があるということになるな。

 そういえば光帝の危機に帝王が間一髪割り込んだこともあった。伝達速度は高いと見るべきだろう。


「何をやっているのだ……。生徒たちはきちんと見届けたのだろうな?」


「それはさすがに最後まで面倒見たぞ。その後だ後」


 私が拳帝と話していると帝王も来たようだ。

 今日は白地に黒の紋様入りのフード付き外套である。意外と衣装持ちさんだな。


「随分と仲良くなったみたいだね。――お待たせしました。帝国にご案内します」


 言ってその場に転移門を作成する。

 一応警戒してみたが、向こう側から帝ランク保持者が雪崩れ込んでくるようなことは無いようだ。


「よろしく頼む。――ではイーヴァ、行ってくる。土産は目に付いたものを適当に買ってこよう」


「はい。ご武運を――あっ。お土産は甘いものでお願いします」


「消え物でいいのか? 了解した」


「――昨日とだいぶ雰囲気が違う……?」


 ああ、そういえば国とは威圧的な関係性を演じていたような気がする。

 だが別に取り繕わなくても良かろう。

 露見するのは遅かれ早かれ程度の問題である。


「ではお先に」


 拳帝は戸惑うことなく転移門を潜っていった。使い慣れている様子だ。

 特に問題なさそうなので、イーヴァに片手を上げて挨拶してから私も転移門を通らせてもらった。




 ◇ ◇ ◇




 転移門を抜けると、そこは殺風景な地下室だった。

 照明の魔法製品により部屋自体は明るいが、窓も無い石壁の圧迫感が凄い。


 帝国の街並みが一望できる美しい風景などを勝手に想定していたので私の中の落差が酷かった。

 私の読む物語などでは新天地といえばまずは雄大な景色が来るものなのだが……現実は厳しい。


 恐らく転移門を侵入口として逆利用されてしまった場合の保険として、転移門はこういう場所にしか開かないようにしているのだろう。

 だがせっかく観光に来たのに――おっと観光に来たわけではなかったな……危ない危ない。


「おい。どういうつもりだ」


 振り返ると拳帝が兵士たちと睨み合っている。

 彼が飲み歩いていたことを怒られているのかと思ったがどうも様子がおかしいな。兵士たちが槍を構えているのは普通ではない。


 私に続いて転移門から出てきた帝王も驚いた様子で兵士に話しかけた。


「――何があったんですか?」


「帝王様……リステリアからの魔物を自由にさせてはならないという指示が出ておりまして……」


 兵士たちも恐縮したような様子だ。

 なるほど、クーデターなどではないらしい。


「おい、その言い草は無いだろう」


「よせ拳帝。警戒しているだけだ。私が大人しくしていれば済む話であろう」


「お前……それでいいのか」


「この世界では『使い魔』という最低限の身分保証があったから久々の反応ではあるがな。元の世界ならばこのくらいが普通だ」


「お前……」


「どうしても無理そうな場合は土産の買い出しを頼んでいいか?」


「……まさか観光気分じゃないだろうな」


「とんでもない。それは最初の数日だけだ」


「お前……」


 気を使って損したと顔に書いてあるぞ。


 私たちの遣り取りを聞いて帝王も落ち着いた様だ。


「――ポンさん。申し訳ないのですが、経緯を確認してきますのでしばらくお待ちください」


 私は頷き、空間収納から椅子を取り出した。


「拳帝。済まないが適当に本を調達してくれないか?」


「お前のそういう所本当に凄いと思うぞ」


「できれば3冊ほど頼む」


「……了解した」


 帝王はその場で転移していき、拳帝は私の要求がエスカレートする前にと顰めっ面で退散していった。


 さて、この地下室には私と5名の兵士たちが残されたわけだが。

 私は椅子に深々と座り、足を組み、頬杖をついて兵士たちを眺める。


 彼らは謂わば決死隊である。帝国の忠臣と言える者達だ。

 魔王級の魔物と対峙せよと命じられた心境はいかほどであろうか……。

 気になるのでちょっと聞いてみよう。


「――勇敢な帝国の兵士たち。お前たちは死ぬことが恐ろしくないのか?」


 前衛の2名がビクゥッと体を震わせる。

 おや、足がガクガクとし始めた。

 このままでは無様に地面に転がってしまうな。

 それは彼らの名誉に関わるので魔力を放出して固定化し体を支えてやる。


「おおお恐ろしいとも! だが、だが。この国を守るためならば仕方な……本望、そう。本望だ!」

「そうとも! あれ、体が動かな……」

「お、俺もだ!」

「やばいやばいやばい」

「無理……無理ィ……」


 体を支えてやるつもりがうっかり全身固定してしまったようで兵士たちがパニックを起こす。

 しまったな。やはり恐ろしかったのか。悪いことをしたようだ……。




 ◇ ◇ ◇




「……なにやってるんだお前ら」


 拳帝が戻ってきた。

 脇に本を3冊抱えているのでその辺りで本当に適当に調達してきたようだ。仕事が早くて助かる。


「いや脅かすつもりは無かったのだが……。今の心境を尋ねたら恐慌状態になってしまってな」


「なんて聞いたんだ?」


「死が怖ろしくないのかと」


「今から死ぬ流れになってるな。可哀想に……あまり苛めてやるな」


 そう言って困った表情になる拳帝。なんだかんだで面倒見のいい男である。


「魔王級に説教してる……」

「拳帝様すげぇ……」


「違うぞ? 俺が凄いのではなくこいつが怖くないだけだ」


「魔王級が怖くないなんて……」

「拳帝様すげぇ……」


「おい話を聞け」


 兵士たちの説得は拳帝にお任せするとして、早速サイドテーブルを取り出して設置。本を受け取ってサイドテーブルに積み、1番上の本を取って開く。


『帝国式拳闘術 初級編』


 ……拳帝は私に何を教えようとしているのだろう?

 いや恐らく何も意図は無い。単に手近にあった本を持ってきただけだな。


 筆者を見ると本人の名前である。拳帝は本を出していたらしい。

 もしや宣伝の一環だったりするのだろうか……。






 基本の構えとその動作理念について読み終わった頃に帝王が転移してきた。


「お待たせしました――ええ……これどういう状況?」


 見ると絶望に咽び泣く男たちを拳帝が励ましているという謎の構図が出来上がっていて首を傾げてしまう。

 話を聞くと、主に全身が拘束されていることが要因のようである。

 そういえば放置して本に集中していたような?


 すぐに拘束を解除してやると、兵士たちは全員その場に崩れ落ちる。すっかり腰を抜かしてしまっているようだ。申し訳ないな。

 ――こういう時は話を変えるに限る。


「それで帝王。経緯の確認は終わったのか?」


「あっ、はい。ポンさんと面識の無い幹部による過剰反応だったようです。説得には応じてもらえましたが、妥協案として監視役を付ける事になりました」


「おいまさかその監視役……」


「拳帝、もちろん君だよ」


「やっぱりか……」


「その代わりサボりの罰が免除になるよ?」


「――快く引き受けよう」


「よろしくね」


 帝王は頷くと兵士たちの方を向いた。


「そういうわけだから、君たちも戻っていいよ。監視役は拳帝に任せてしまって大丈夫だからね」


「はい! そうさせていただきます!」


 兵士たちは這う這うの体で撤退していった。まだまだ元気そうで良かった。


「ではポンさん。部屋を用意させてありますのでご案内します」


 私は頷き、椅子とサイドテーブルを空間収納に片付ける。


「拳帝、この本はしばらく借りていていいだろうか」


「ああ、それは俺の私物だから構わない。――というよりそれは俺が読み返すことは無い本だ。そのまま貰っていい」


「なんと……お前は良い奴だな……!」


「良い奴の判断基準が甘くないか……?」


 ありがたく本も収納し帝王に続く。

 地下室を出ると石畳の廊下があり、少し歩いて階段を上る。


 これは――城ではないな。

 大きい建物ではあるが、城ではなく屋敷と呼ぶべき代物である。


 ただ、規模は学園の校舎くらいあるので屋敷というより宮殿に近い。宮殿と呼ぶには天井が低いので、やはり屋敷に分類しておこう。


 窓からは広大な前庭が見えていたが、高木の類いが植えられておらず塀までよく見通せる珍しい景色である。

 客間が2階にあるようで更に階段を上ると、塀の向こうに広がる街並みが少し見えてきた。


 帝国はどのような国なのだろう――。




 ◇ ◇ ◇




「――ここが客間です。帝国滞在中はこの部屋を拠点として使っていただいて構いません。明後日に皆を集めた打ち合わせがありますのでそれまで自由に過ごしてください」


 案内された部屋は不必要なほどに広い部屋だった。

 入り口の扉が両開きだったといえば伝わるだろうか、明らかに個人が住居とする用の部屋ではない広さである。


「明後日? 俺も行っておきたい所があったんだがあまり時間がないんだな……」


 拳帝が困っている。私の監視任務がある以上、あまり私を放置して長時間出掛けるのは良くないのだろう。


「用事があるなら、逆に私がそれに付き合おう。ついでに土産を買うのに良い店を紹介してくれ」


「んん……それがいいか……。では悪いが付き合ってくれ」


「貴重な援軍を変な店に連れて行かないでね?」


「ははっ! さすがに大丈夫だ。任せろ」


 帝王はフードの向こうからでも分かるくらい不安そうな雰囲気を纏ったまま退がっていった。それなのに行かねばならないという事は急ぎの仕事が溜まっているのだろう。


「では早速行くか。あまりここに長居すると変なのが集まって来そうだしな」


『変なの』とは個性的な帝ランク保持者の事か。

 確かに興味津々で私を見物に来てもおかしくない。

 確かに出掛けてしまった方がトラブルが少なそうだ。




 ――屋敷を出て街中を歩く。

 少し風は強いが側溝を備えた石畳で舗装されているため砂埃が舞うようなことはない。

 点々とある街路樹の樹高はあまり高くなく、よく観察するとここの標高が高いのだと分かった。


「山の上なのだなここは……」


「ああ、空気が薄いだろう? 訓練には最適だ」


 私は呼吸していないので空気の濃淡は分かりかねるのだが、それは別にわざわざ伝えなくてもいいだろう。

 それより拳帝が背負っている大荷物の方が気になる。


「ところでその荷物は何だ?」


「ん? 毛布だ。リステリアに行く前に予約しておいたのが届いてたんでな」


 その大量の毛布を持ってどこに行くのか気になるが、大体想像がつくので黙って付いて行くとしよう。


 数分も歩くと、飾りの少ない大きな施設に到着した。木造の建物の多い中珍しく石造の施設である。


 迷わず敷地内に入っていく拳帝に続くと、中から高齢の女性が出てきた。大量の洗濯物を抱えているが足取りはしっかりしたものだ。


「タニア母さん。約束の毛布持って来たぜ」


「拳帝様……! いつもありがとうね。コレ置いてくるから中で待ってて」


「様はやめてくれよ」


「子どもたちに示しがつかないからダメです」


「ダメか……」


 拳帝は少し寂しそうな顔で笑った後、言われた通り建物内の部屋に入る。恐らく所長室や院長室と呼ばれる類いの部屋である。物は少ない。


 拳帝は大荷物を床に下ろすと、傷んだソファにギシギシと音を立てて座った。私も隣に腰をおろす。


「母親代わりか?」


「そうだ。俺の出身地だな。――驚いたか?」


「いや、特に。……よくある話だ」


 表情を変えずに回答する私を見て、拳帝は少し眉を上げたあと前を見つめた。


「うん……そうだな。よくある話だ……」




 ◇ ◇ ◇




「お前に相談するのもアレだが、分からないことがあってな……」


 アレが何を意味するのか気になるが話を聞こう。私は頷く。


「俺は親が居ない。それでタニア母さん――院長先生に親孝行代わりに恩返しをすると決めていてな。こうして色々持ってきているわけなんだが……」


 拳帝は左手で目の辺りを覆う。


「何を持って来るのが一番良いんだろうかと思ってな……」


「喜ばれてはいるのか?」


「ああ、もちろん礼は言われる。だが、院の方針として裕福であってはならない、みたいなのがあってな」


「そうなのか?」


「ああ、ここは『抜け出すべき逆境』であって、『帰るべき温かい家』であってはならない、という考えらしい。それはまぁ分からないでも無いんだが……金を渡そうとしても断られる始末でな。困ってるってわけだ」


 なるほどな。

 そういう困り方は珍しいが、本人にとっては悩ましい問題である。


「――ならば経済的な面以外で恩返しするしかなかろう」


「どういう意味だ?」


「精神的な支えになってやるのだ。――難しい話ではない。たまに顔を見せ、最近困ったことが無いか話を聞き、いざという時には必ず味方になると約束するだけでいい」


「そのくらいなら元々やっているけどよ……」


「ならばそれで充分だ。文句を言われたことなど無いのだろう?」


「まぁ、そうだな」


「あとは適当に手土産を持って行くだけで良いだろう。問題など最初から無かったのだ」


「そうか、まぁ……そうだな。うん。定期的に菓子でも持って来るか……」


 なぜか少し釈然としない表情で遠い目をする拳帝。

 魔物にまともな事を言われたらそんな反応にもなる。

 私に相談した人は大抵そういう表情になるのだ。






 少し経つと院長がやってきた。


「待たせてごめんなさいね。何枚か先に干してしまわないといけないのがあったのを忘れてたの」


「いや、いいよ。突然来たのは俺の方だ」


「そちらの方は?」


「コレはただの付き添いだ」


「まあ! こんな立派な人をコレだなんて……いけませんよ」


「大丈夫だ。私のことは置き物だとでも思ってくれ」


「ほら、本人もこう言ってるから大丈夫だ」


「まあ! ……ふふっ。良いお友達ができたのね」


「おいおいやめてくれよ……」


 どれだけ長い時が流れようと、可愛い息子の慶事は嬉しいものなのだろう。院長は幸せそうな笑みを浮かべていた。


「ところで、えーとアレだ。最近困っている事とか無いか? 相談に乗るぜ?」


 照れているせいか若干話の変え方が強引である。

 しかし闇雲に見えた話題に、思い当たることがあるのか院長の表情が曇った。


「ん? 何かあるのか? 今さら遠慮するなよ」


「あなたでも無理よ。病気には勝てないでしょう?」


「うっ……。それは……」


 悲しげに告げられた困り事に拳帝の顔が歪む。

 いかに彼が強かろうと、腕っ節だけでは対抗できないこともある。弱点を突かれたようなものなのだ。

 私は空間収納を開くと回復薬を取り出した。


「勝てるぞ。これを使ってみるといい」


 薬を見た拳帝の目がスゥッと不審気に細められる。


「……光ってるな。聞くのが怖いが何だそれは」


「どんな怪我も病気もこれ1本で治る薬だな」


「本当ですか……?」


「タニア母さん。困ったことに、こいつはこういう類いの嘘はつかない。何て物持ってやがる……!」


 私は首を傾げた。


「何か問題あるのか?」


 拳帝は悔しげに目を覆う。


「それは――帝王様が持つべきものだ。これから1番危険に晒され、1番失ってはならない方に。――悔しいがここでは使えない」


「そうなのね……」


「――分かった。では後で帝王にも1本やろう」


『にも?』


 院長と拳帝の声が重なった。

 キョトンと私を見る2人は、血は繋がっていないはずなのによく似た表情である。


「在庫が何本もあるから大丈夫だ。使うといい」


「ええ……」

「何本もはおかしいだろ……」


 2人とも頭を抱えてしまった。

 もっと喜んでいいと思うのだがな。




 ◇ ◇ ◇




 完全回復薬を受け取った院長は、薬を大事そうに抱えながらどこかの部屋へ向かって行った。


「おい、あの薬って高いんじゃないか?」


「……私の手作りだから原価は無料だ」


「そういうことじゃないんだが……」


 あの薬を見せると大体こういう反応になってしまうな。うむ、話を変えよう。


「――それより、子どもが変な病気に罹ったことの方が問題だ。全身に黒い紋様が浮かび出て来るとは尋常ではない。私としては呪いを疑いたい」


「お前な……。まぁ、俺もそう思う。だが呪われる理由が分からん」


「確かに孤児院の子どもを狙う意味は無いな。――ならば可能性は3つ。1つは無作為に選ばれてしまった可能性だ」


「無作為に?」


「うむ。その子が狙われたわけではないということだな。例えばその子を基点として呪いを大量にばら撒くような目的だった場合、基点となるのは誰でもいいというわけだ」


「迷惑な話だな……。他には?」


「2つ目は本命への中継地点として使われた可能性だ。呪いの成功確率は距離も影響するからな。中継地点があると成功しやすい」


「なるほど。最後は?」


「3つ目は呪いの影響下に偶然その子が巻き込まれただけという可能性だ。――しかし話を聞いた限りでは『巻き込まれただけ』というほど軽い症状ではなさそうだったからな。この線は薄いだろう」


「特定は難しいか?」


「誰かを狙ったり、ばら撒く目的だった場合は他に呪われている者が近くに居ることになる。呪われている者が居るかどうかくらいなら調べられるぞ」


「充分だ。頼めるか?」


 私は立ち上がると、四方に順番に探知波を放っていく。

 さすが帝国、豊かで安全なだけあり人口が多い――。

 少々情報量が重いが探知が完了した。


「現時点で他に呪われている者は居ないな。連鎖の類いは断ち切られたと見ていいだろう。逆に目的は分からなくなってしまったがな」


「早いな。だが今はそれでいいだろう。数日以内には分かるはずさ」


 拳帝は呪いの発信源を悪魔だと見ているらしい。

 私も同意する。十中八九帝国への足止め工作だろう。負の感情が高まれば尚良し、といったところか……。






「――本当にありがとうございました。何とお礼を言ったらいいか……」


 そう言って院長は深々と頭を下げる。


「なに、自作の薬がたまたま効いただけだ。気にすることは無い。頭を上げてくれ」


 ではこれから土産物屋巡りをしなければならない、と言って私たちはその場を後にした。完全回復薬を使用した子どもはすぐに元気になったそうで一安心である。


「巡るのか……?」


 歩き出すと拳帝が少し嫌そうに聞いてくる。男性はあまり長々とした買い物が得意ではない者が多い。彼もきっとそういう性分なのだろう。


「普通の土産だけなら1軒でいいのだがな。女王にも何か用意せねば何を言われるか分かったものではない」


「なるほど。普通の所と高い所だな……。了解」


 心当たりがあるのか意外と迷いなく進み始めた。

 私としても、できれば今日の内に仕入れ終えてしまいたいものだ。




 ◇ ◇ ◇




 案内された土産物屋で甘味を購入。

『帝王饅頭』とかいう鍵穴のような形をした焼き菓子にした。

 少し多いかも知れないが40箱も買えば色々な所に配っても困らないだろう。


 フード付きの外套を模しているようだが、それを言い出したら帝ランクの大部分が該当しそうなものである。だが名産品のデザインは大体そういうものなので突っ込んではいけない。


 それより箱に書かれた『帝王』の字を眺めていて気付いたのだが、『帝』という言葉は『最高位』を表すようだ。つまり『上級冒険者のさらに上』を示す言葉らしい。

『王』の方は『王様』ではなく『頂点』や『優勝者』、『王者』の方の意味のようである。


 よって『帝王』というのは『冒険者の最高位たちの中で最も強い者』というような意味になる。今更だがそういう意味だったのか……。


「おい、次に行くぞ。高い店だったな?」


 私は頷き拳帝に続く。

 高い店といっても高い菓子店か何かあるのだろうか。

 ……まぁ何か帝国らしいものであれば別に菓子でなくてもいいのだが。


 それで連れて行かれたのは道具屋である。

 入ってみると色々な魔法製品が並んでいるようだ。なるほど高い。


「魔法製品は帝国の特産品だったりするのか?」


「ああ、土帝の奴が発明に凝っていてな。確か結構有名だったはずだ」


「そうなのか。確かに珍しいものなら女王も喜ぶかも知れんな」


 早速2人で店内を見て回ると、基本的に生活用品のためか女王が喜びそうかと言うと微妙ではないかという製品ばかりであった。


 最新式の洗濯器などはメリルが欲しがりそうだ。――価格を見ると喜ぶと同時に怒られそうな予感がしたので一旦保留とする。


「これはこれは! 拳帝様! 当店に足をお運びいただき光栄です! 本日はどのような物をお求めでしょうか!」


 唐突に店長のような少し良い身なりの細身の男性が揉み手をしながら寄って来た。すり足なのに視界の端から拳帝の目の前まで一瞬である。只者ではない。


「近い、近い。いや俺は付き添いなんだ。リステリアからの客人を案内しているところでな。コイツの要望に応えてやってくれ」


 迷わず私に丸投げしたな。こういうタイプは苦手らしい。

 店員は獲物を狙う狩人の目付きと満面の笑みを同居させるという器用なことをしながら勢いよく私の方を振り向いた。


「お客様はリステリアからお越しでしたか! どのような品をお探しで!?」


「おお、そうだな……。特に決めてはいないが何か珍しいもの――この店でしか扱っていないような限定品があれば見せてくれ」


「はい! もちろんございますとも! ささ、こちらへご案内します!」


 圧が強めの店員に連れて行かれたのは美容製品のコーナーである。拳帝と2人では突入が難しいので避けていたエリアだ。


「こちら! 当店限定1台限り! 『顔面加湿器』でございます!」


 店員が得意気に示したのは、何か細長い物を射出しそうな筒が斜めに付いた台だった。見た感じでは暗殺に使われそうな雰囲気だが……。


「部屋がびしょ濡れになるのではないか?」


「それが大丈夫なんです! こちら水ではなく蒸気が出てくるようになっておりまして、この蒸気をお顔に当てていただくことでお肌に潤いを与えられるという商品になっております!」


 ほう。素人が聞く分には水でも飲んだらどうかと思わないでもないが、コンセプトとしては面白い。

 少なくとも即効性はあるだろう。


「触ってみても?」


「ええ、どうぞ!」


 スイッチを入れて起動させる。

 吹き出す蒸気の量は結構多い。

 噴出口近くの蒸気も火傷するほど熱くはないな。水垂れも無いようだ。

 ――ふむ、悪くない。


「面白い、これを買わせてもらおう」


「即決かよ……」


「ありがとうございます!」




 ◇ ◇ ◇




 女王への土産に加湿器を、また姫への土産に最新式の皮剥き器を購入した。果物を本体に突き刺してスイッチを押すと自動で果物の皮がスルスルと剥ける優れ物だ。どちらもきっと喜ぶだろう。


「王族への贈り物なんだろ? そんなのでいいのか?」


「むしろこういうものが良いのだ。大抵の物は簡単に手に入る人達だからな」


「ああ。珍しい物の方が受けるのか……」


「そういうことだ」


 濃い接客の店員に見送られ店を出る。

 魔法製品を探したい時には真っ先にこの店に来れば素早く解決する可能性が高い。覚えておこう。


「さて、戻るか」


「そういえば転移してきた屋敷は誰の屋敷なのだ?」


「ん? あれは帝王様の屋敷だ。――とはいえ代々『帝王』の座に就いた人に与えられる屋敷だから、現帝王様が建てたわけではないがな」


「ほう。破格の待遇だな」


「そう思うだろ? だが維持管理の費用は帝王様が負担するんだそうでな」


「……けっこう酷い話に聞こえるのだが」


「それがなぁ、代々の帝王様の稼ぎが大き過ぎて問題にならないらしい」


 それはまたスケールの大きい話だな。


「あそこに居たのは帝王の私兵ということか?」


「あいつらは警備員兼冒険者だな。あの屋敷は帝国の冒険者なら住んでいいんだ」


「なんと……。変な奴が入り込んだりしないのか?」


「もちろん妙な真似をすれば追い出されるぞ」


 それは流石にそうか。当然だな。

 帝国について聞きながら屋敷に帰る。


 どうも帝国には冒険者ギルドの本部があるらしい。

 そのため帝ランクが多数居り、その特色から帝国を名乗っているが実際は王国なのだそうな。


 帝王がギルド本部のマスターなのかと思ったら、それもまた別にマスターが居るらしい。ややこしいな……。


 権力構造はどうなっているのかと聞いてみたら意外と単純だった。

 帝王は報酬が高くて使いづらいだけでギルドからの指示で動く存在らしい。

 ただ、かなりの自由裁量権を認められているので、今回のように魔王討伐を企画したりもするのだそうだ。


 なるほど、これは帝国主導でもギルド主導でもなく帝王主催だったわけか。

 まぁ、巻き込まれる他国からしてみればどれが主導でも大して変わらず断りづらい案件ではあるが。




 ――色々と教えてもらいながら帰り着くと、門から屋敷に続く大通りのベンチに待ちくたびれた様子でぐったりと座っている人影が居た。

 赤い外套なので火帝だ。誰かと待ち合わせだろうか。


 私たちの話し声が聞こえたのかフードの暗がりをこちらに向け――ベンチから弾かれたかのように立ち上がると、私に向かって石畳に足裏を叩き付ける様な歩き方で歩み寄ってきた。


「お、おい! 確かポンといったな! ――話があるからちょっと来い」


 火帝も高音と低音が混ざったような声である。

 性別を意識するとついつい高音の方ばかり聞いてしまうが、それだとさすがに可愛らしすぎるのでそちらも変声されているのだろう。


「おい火帝、揉め事は勘弁してくれよ?」


「ち、違う! 話をするだけだ……」


「俺は監視役だからな、俺が近くで見ていてもいいなら好きに話していいぞ」


「ぐぬぅ……。仕方ない……聞かれたくない話だから離れておけよ!」


「分かった分かった……」


 会話を聞く限りいきなり攻撃されるようなことは無さそうだが……何の用事だろうか。




 ◇ ◇ ◇




「ちょ、ちょっとこっちに――」


 拳帝の許可を得た火帝は私の左袖を掴んでぐいぐいと端の方に連れて行く。腕ではないのは火帝の身長があまり高くないからである。


 成人していそうな雰囲気ではあるが私の8割くらいしか身長が無い。戦闘スタイルに似合わずかなり小柄なのだ。


「話というのはだな……お前はわた――俺の治療をしたと聞いている。そ、その際にだな……なんというか……」


 顔の部分を近付けて小声で話し掛けてくる。

 ああ、秘密にしている件だな……。


「性別の話か?」


「はわぁ!? こ、声が大きい! ひ、秘密! 秘密にしてるんだそれは! 頼む、内緒にしておいてくれないか!?」


「いいぞ。公の認識とは違ったようだったからな。秘密にしているのだろうと思って誰にも言っていない」


「ほ、本当か! 助かった……。よし、じゃあそのまま秘密で頼む! よろしくな!」


 火帝は安心したのか全身の力を抜くと、晴れ晴れとしたような動きで颯爽と去っていった。嵐のようだな。


「ほぼ丸聞こえだったんだが」


「秘密にすると約束したのでな。何とも言えない」


「約束してたか? ――というか火帝が女ってのを隠してるのは公然の秘密というやつだな」


「なんだ。皆知っているのか……」


「誰とも一緒に風呂に入らないし、どんなにずぶ濡れになっても人前で着替えないからな。それで『俺は男だ』と事あるごとに公言してたらさすがに察する」


「それは怪しすぎるな」


「……まぁ本人が隠したがってるみたいだからな。皆気付かなかった振りしてやってるわけだ。悪いが話を合わせてやってくれ」


「知らぬは本人ばかりか……。言いふらしたとて何の得になるわけでなし、バラす理由がないな。秘密にしてやるとしよう」


「ああ、揉め事は無しで頼むぜ」




 ――では部屋に戻るかと再び歩き出した時だった。


 小さな風切り音がしたと思った次の瞬間、私の胸元から槍が生えた。

 矢かとも思ったが重たいので槍だな。


「なっ!? 槍帝か!」


 拳帝が慌てて振り向く。

 私も振り向きたいが、私が回転すると一緒に槍が振り回されて危ないので、仕方なく肩越しに背後を見ようと体を捻る。


 いや、抜けばいいのか。

 胸元から出ている穂先のすぐ下辺りを掴んで抜こうとすると、槍全体がフッと消えて軽くなった。これは武器の再召喚で起こる現象だな。確か光帝が同じことをやっていた。


 穴の空いた胸元を修復し振り返ると、15歳くらいの少年が少し焦った様子で槍を構え直しているところであった。

 相対している拳帝はかなり怒っている。


「おい……槍帝。事と次第によっては容赦しないからな……! 揉め事の原因が帝国側にあるなど洒落にならんぞ? 少なくとも監視役の俺のメンツは丸潰れだ……!」


「あ、いや……当てるつもりは無かったんだ」


「体の真ん中貫いておいてそれはないだろ。もっとマシな言い訳しろ」


「うっ……。ほら、剣帝さんや斧帝さんが負けたっていうからさ……。まともに狙っても当たってくれるわけがないと思って……」


「当たったらどうするんだ。もう少し考えろ。 ……そういえばお前なんで無事なんだ?」


 横に普通に立っている私に気付き不審気な表情で振り向く拳帝。

 動揺していたのかも知れないが気付くのが遅くないか?




 ◇ ◇ ◇




「――さて。槍帝といったか。呼び止めるにしては少々行儀が悪いようだが用件を聞こう。何の用だ?」


「それで済ますのか……」


 揉め事は無しでと言っていたのは拳帝であろうに。穏便に済ませられるなら彼の顔を立てて穏便に終わらせてやってもいい。


「よ、用件はお前の実力の確認だ! 栄誉ある魔王討伐に呼ばれるほどの強さがあるのか俺が確かめてやる!」


 なるほどな……。私が信用できないと。


「今見たように槍に刺されたくらいでは何とも無いが、それでは不十分か?」


「……えっ。えーと。ほら、凄く鈍いだけかも知れないだろ! それじゃ強いとはいえない!」


 ふむ。確かに。


「拳帝、どこか手合わせできるところはあるか?」


「まぁ、地下に訓練所があるが。……付き合うのか?」


「明後日までは暇だからな。なに、殺したりはしない」


「……お前実は怒ってないか?」






 ――3人で地下の訓練所に移動する。

 位置的に建物の地下ではなく裏庭の地下のようだ。うっかり大規模な魔法を使ってしまう者も居るからであろう。崩壊でもすれば目も当てられない。


 訓練所には何名か活動している冒険者の姿があったが、帝ランクの登場に騒つき、私たちが中央に進むにつれて端の方に寄って行ってくれた。


「ルールはどうする? 私も槍を使おうか?」


 中央で向かい合った槍帝に問うと、少しムッとした表情で口を開いた。


「舐めないでくれ。あんたの得意分野でいい」


 隣の拳帝が頭痛をこらえるような仕草をした。

 ほう。手加減無しをご所望か。


「了解した。開始の合図は?」


「先手は譲る。好きなタイミングでいいぜ」


 言って槍帝は槍を構えた。


 ――20本の氷の槍を生成、次々と射出する。

 撃ち出した先から生成していき途絶えることなく連続して更に放ち続けた。


「おわあぁぁ! くっ! いやいやおかしいだろぉ!」


 おお。さすが帝ランク保持者、全部捌いている。

 槍で逸らした大量の氷の槍がどんどん地面に刺さっていき樹氷の森のようになっているが、本人には未だ1本も刺さっていない。


「お、おい……殺すなよ……?」


「殺すつもりなどない。この程度の攻撃が帝ランク保持者に当たるわけが無かろう」


「……けっこう根に持ってないか?」


 私はそれには答えず左手を胸の前に構え一度溜めると、続いて横一直線に振り抜く。


「マズい! 槍帝伏せろ!」


 拳帝の警告が間に合い、周囲の空間と全ての氷柱が上下真っ二つに切断される中、槍帝はギリギリ回避に成功した。


 どれほどの切れ味と危険度だったかを氷柱の断面で如実に悟ったのだろう。槍帝の顔が青ざめる。


「うわぁ! こ、降参! 降参!」


「おや。私の強さを確認するのではなかったか? お前の弱さが分かったところで意味は無かろう」


 私は周囲に殺傷力を抑えた魔力球を次々と作成していく。追尾機能を付与した特別製である。

 数を増やす。増やす。増やす――。


「――私の強さが分かるまで当然、続行だ」


 数十にも及ぶ硬い石くらいの威力の魔力球が高速で槍帝へと群がっていった。


「ぎゃあぁぁぁ!」


「やっぱり怒ってた! 分かりづらいんだよお前!」





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