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――転移門から出ると住み慣れた我が家が見えた。
庇護している母娘と獣人たちに乗っ取られ気味とはいえ、静かな立地が気に入っている家だ。
情報量の少ない落ち着く時間帯はやはり必要である。
本があればなお良し。
――あれから女王たちに相談した結果、準備できる事は特に無いという結論になった。
帝ランク保持者たちと魔王討伐の旅に出るのならば果物の在庫でも増やしておいたらどうか? くらいの意見しか出なかったのだ。
ついでに黄緑色のブドウが美味しかったので行ったら取ってきて欲しいとのこと。絶対ついでではなくそちらが本命であろう。
とはいえ私も特に思い付かないので回復薬でも増やしておこうかとも思ったがやめた。
作成するのが楽しくなってしまった時期があったので、実は中級と下級の在庫が結構な量あるのだ。これ以上増やすのは少々……。
仕方ないので帝国からの依頼を待とうという話になり、今日のところは帰ることにしたのだ。
ちなみに王都救援の報酬は王城の書庫の利用許可と、それだけでは足りないとのことでピンク色の真珠が下賜された。
どう見ても先日の依頼で私が提出した将軍の私物だった真珠である。
酷いマッチポンプだったので事情を聞くと、どうも将軍の家の家宝に当たる貴重な逸品だったそうで、女王としても持て余す品だったようだ。
……確かに見せびらかして将軍の目に入ったら大変な事になるな。『別物だ』という言い訳は苦しい。
そもそも家宝が軍艦にあるとはどういう事だ……。
ともあれ換金するのも気が引けるのでしばらくは空間収納の奥で出番を待っていてもらおう。
――おや。家の様子が変だな。
薄暗い時間帯であるのに家に明かりが灯っていないなど珍しい。アンナもメリルも家に居ないという事になる。
何かあったのだろうか?
すぐに4人の迷子札の位置を探る。
――どうやら町に居るようだ。座標としては産院の辺りである。
何の連絡も来ていないので定期検診だろうか?
ううむ……念のため迎えに行ってみよう。
飛行の魔術で宙に浮き、低速で5分ほど。
産院の前に降下して木製の扉を開けると、待合室にフロッサとアリシアの姿が見えた。
「こんな時間まで外出とは珍しいな」
「ポンさん! 今夜までお仕事じゃなかった?」
「予定が早まって帰ってきたのだ。何かあったのか?」
私を見るなり目を輝かせる2人。
不安そうな表情だったのでこれはまさか……。
「お昼にお母さんの陣痛が始まっちゃって。みんなで荷車に布団敷いて大騒ぎでここに運んだの。でもまだ生まれてないところ。待ちです」
そのまさかだった。おお……これは大変だ。
「落ち着いてポンさん。お医者様に任せれば大丈夫だよきっと。――それよりポンさんには謝らないといけないです」
「む? 心当たりは無いが何だ?」
「預けてくれてた光る薬。別の人に使ってしまいました。ごめんなさい」
「別の人というのは妊婦か?」
「うん。隣のベッドの人。お産の出血量がヤバかったみたいで死にかけてて。お母さんが『使ってあげなさい』って言うし私も見捨てられなくて……」
「謝らなくていい。効果が高すぎるのであまりどんどん使えとも言えないが、命を救った事自体は悪いことではない。ただ、口止めはしておいた方がいいだろうな」
私は空間収納から完全回復薬を1本取り出す。
「先ほども言ったがこれは効果が高すぎる。下手をすれば産んだ赤ん坊が腹の中に戻りかねない修復力がある。使うならお産が完全に終わってからにするように。――持って行ってやれ」
「こわっ。でもありがとう! 行ってくる!」
受け取ったフロッサは嬉しそうに奥へ向かった。
この世界には回復薬があるので出産の危険は比較的低いと言える。
しかし上級回復薬でも失った血は補えないので完全に安全とも言えないようだ。
隣のベッドの人は幸運だったな。
◇ ◇ ◇
残されたアリシアが囁いてくる。
「ポン様、あっさり許してましたけどアレ高い薬ですよね。幾らくらいする薬なんですか?」
聞かない方が幸せで居られると思うが……。
どうしても気になるなら教えてやろう。
「あくまで参考価格だが、女王はアレを貴族に金貨100枚で売っているらしい」
「ヒェ……アタシたち5組分じゃないですか」
そういえばお前たちは2人セットで金貨20枚だったな。
「貴族向けの価格だから真に受けないように。恐らく希少性で上乗せ、優先してやるからと言って上乗せ、足元を見て上乗せと、かなり乗ってるはずだ」
「いやぁ……それらを差っ引いてもまだまだ高いですよぉ……。良かったんですか?」
「実際は私の手作りなので無料みたいなものだからな。それに使用の判断は任せると言った以上、責めるわけにもいかん」
「そういうとこ曲げないですよねポン様って。お陰で助かりますけど。――では口止めはアタシの方でやっておきます。恩を仇で返されてはたまりませんし」
「済まんな。だが手荒な真似はするなよ」
「分かってますニャー」
最後に変な演技のスイッチを入れながらアリシアも奥の部屋に行ってしまった。
彼女のことだ。明るく説得してくれるだろう。
――しばらくすると2人が戻ってきた。
しかし素人には待つことしかできない。
もしかしたら頑張れば私も力になれるかも知れないが、それは本当に最後の手段としたい。
私も何でも力技で解決できるとは思っていない。
特に赤ん坊を取り扱う力加減を間違えたりしたら目も当てられない。考えただけで恐ろしい。
もちろん私以外には救えないような状況ならば全力を尽くすが、ただの出しゃばりで事故を起こすなど論外である。
やはり医者に任せよう……。
――更に待つこと数時間。
赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。
うとうとしていたフロッサがガバッと起きる。
「産まれた……!」
こっちを見るので頷いてやる。
奥の方は慌ただしくしているが殺伐とはしていないのでアンナに危険は無いだろう。呼ばれるのを待っていればいいはずだ。
しばらくは後処置で忙しいであろう。慌ててはいけない。
皆でソワソワしながら待つことしばし。
少し疲れた様子のメリルが呼びに来た。
アンナを隣でずっと励ましていたらしい。
「お待たせしました。母子共に落ち着いたので面会してもいいそうですよ」
「お母さん大丈夫そう?」
「ええ。疲れ切っていますので安静にする必要は有るそうですが、問題ありません」
「長時間大変だったな」
「これでも安産だったそうですよ」
「なんと……出産とは大変だな」
エイラが出産するとなったらどうなることやら。
まだ何の予定も立っていないが先が思いやられる。
「では行きましょう。静かにして下さいね」
皆で頷いてメリルについていく。
既に病室に移動しているようで処置室などではなく普通の部屋であった。
「アンナさん。皆さんを呼んできました」
メリルが扉をノックし、少し開けて頭を突っ込み室内の様子を確かめる。
大丈夫そうだったのか皆にも入るよう促した。
「うわぁ……赤ちゃんだ……!」
さっそくフロッサが赤ん坊の入った籠を覗き込んでいる。布で幾重にも固く巻かれているがこれは大丈夫なのだろうか。
「おめでとうアンナ。お疲れ様だったな。ああ、起き上がらなくていい。今は休め」
「ポンさん……。本当にありがとうございます。あなたに出会えていなければ今頃どうなっていたか」
「――あの冒険者ギルドに通っていれば遅かれ早かれ保護していたはず。やはりこの地を目指したお前の決断が招き寄せた結果だ。胸を張るといい」
2人でいえいえ、いやいや、とやっていたらメリルに叱られた。喋るのにも体力を使うそうで。それは申し訳ない。
◇ ◇ ◇
心配だったのでアンナに治癒魔術を施す。
浸透させた魔力が伝えてくるのは異常だらけではあったが、産後の肉体が平時と違うのは当たり前である。致命的なものは無さそうだったので無理に矯正せず外傷と筋組織の修復だけに留めた。
「お母さん。名前はもう決めたの?」
「そうね……明日ゆっくり考えようかしら」
男の子か女の子かも分からなかったのだから決めているはずもないか。今日はそれどころでは無かったであろうし。ちなみに男の子らしい。
「では安心したところでそろそろ帰りましょう。アンナさんを休ませてあげないとですよ」
メリルに促されたので帰ることになった。
体力が厳しい際はコレを飲めと下級回復薬を3本ほど置くと呆れられてしまったが後悔はしていない。
完全回復薬ではなかったのだから常識の範囲内だと信じている。
産院は基本的に夜も当番が居るそうで安心だ。
逆に付き添いのお泊まりは不可らしい。
確かに、夜中に素人にウロウロされても邪魔でしか無いのであろうな……。
「夕食は大丈夫か? 家に食材があればいいが」
明後日の夕方の退院が既に決まっているとのことだったので、産院への支払いを済ませて外に出る。
もうすっかり夜なので買い出しに行くのは難しいかも知れない。
「――家にパンがありますので酒場でシチューか何か売ってもらいましょう。ポン様付き合って下さい。アリシアは荷車にフロッサちゃんを載せて先に帰ってくれる? はいコレ鍵」
メリル采配が唸る。
特に異論は無かったようでアリシアは布団が敷いてある特製荷車にフロッサをポイッと載せると、ではお先にと帰って行った。
私が付き合う理由は何かというとシチューを入れる容器が欲しかったようだ。確かに持っているわけが無かったので鉄製の鍋を作成して無事皆の夕食を用意することができた。
帰り着いたらメリルが持たせてある非常用の資金を返そうとしてきたので、そのまま持たせたままにさせた。非常時とは出産だけとは限らないのだ。
いい機会なので夕食の場を借りてこれからの予定を話しておこう。
「ムグムグ――ではポン様はしばらく留守にするってことですかニャ?」
「そうだ。帝国からのお誘いが来次第、魔王討伐というわけだな」
「世界最強の人たちと組んで魔王討伐かぁ……。絶対面白そうなんだけど見物だけって無理ですよね?」
うむ。フロッサならそう言うと思っていたぞ。
「ダメです。アンナさんが心労で倒れますよ」
私が断る前にメリルが釘を刺す。
フロッサも分かってはいたようで大人しく受け入れていた。
「それにしても大丈夫なのですか? 帝国の補助があるとはいえ相手はポン様と同格です。確実に勝てる保証など……」
「むう。そこは私を信じて欲しい。――説明するのは難しいのだが、私は耐久力に特化したような生態をしていてな。私を滅ぼすのはほぼ不可能だ。その反面、攻撃能力に関しては今一つなので持久戦になる可能性もあるが、持久戦なら負けは無い」
「ポンさんの攻撃能力が今一つって……基準がどこにあったらそんな自己評価になるの?」
「私よりも帝王の方が攻撃能力は高いぞ」
「それ世界最強の人ですよ?」
「とにかく。負ける心配は無いんですね?」
メリルが少々怖い顔をしているので「万が一にも有り得ない」と回答し矛を収めてもらった。
悪魔の能力は未知数だが大丈夫であろう。
◇ ◇ ◇
翌日は皆を引き連れて王都に買い物である。
もちろん赤ん坊用のあれこれを揃えるためだ。
本当は主役のアンナも連れて来たかったのだがさすがにまだ動けない様子。
おむつだけは縫い貯めてあるのでそれ以外をお願いしますとのことだ。
「――ところで何を買えば良いのか……」
「はい。まとめてあります! ざっくり言うと服と布団とベッドです!」
赤ちゃん用品大臣なるものに就任したらしいフロッサが元気よく回答してくれた。
職務内容が大臣ではなく実働部隊なような気もするがそこはどうでもいいので突っ込まない。
「とにかく交換と洗濯が果てしなく必要ですので、数を揃えるのが大事です!」
それは大変そうだな。物干し竿も増やしておくか……。
「では古着屋から回りましょう。あとは店員さんの伝手を頼れば何とかなるかと」
建設的な意見がメリルから出たので、ではそうするかと出発。古着屋はアリシアが知っていた。先日の行動範囲に入っていたらしい。
古着屋はイメージよりもかなり大型店舗だった。私の想定より市場規模が大きいようだ。
なるほど。町ではなく王都に行きたいというのはこの店に来たかったわけだな。
「あっ。赤ちゃんって軽いからさ、布団じゃなくて厚手のタオルとかでもいいかも! 私向こう見てくる!」
「ええとコレとコレと……コレも要るでしょう。あとコレも……あっコレも」
「しまったニャア……隣に串焼きの屋台が出てるなんて反則ニャア……お腹すいてくるニャア……」
若干1名集中力を欠いているようだが、私の押す客用カートは順調に埋まって行っている。男の子用の服、しかも成長を見越して様々なサイズを数着ずつ選んでいるようだ。やるなメリル。
フロッサに呼ばれて大きなタオルを何枚もカートに積み、ついでに他の者の服も何着かずつ増やしておく。
カートに山積みで会計したが銀貨数枚程度にしかならなかった。古着屋はすごいな。
店員に訊いて赤ん坊用のベッドを売っていそうな家具屋に向かう。
着いて話を聞いてみると大きな籠に厚手の布を敷く方が一般的らしいが、それだと踏みそうで私が怖いので、幼児用の小さいベッドを購入。
先ほど買った大量のタオルなどを整頓する用の洋服棚も必要だったのでそれも家具屋で購入した。
「お客様――魔法製品に興味はございませんか?」
「む? そうだな……。これから洗濯の回数が増えると言っていたな。その辺りで良い品はあるか?」
価格を気にせず即決で買いすぎたようで、店員が目を輝かせながら魔法製品を勧めてきた。
「もちろんございます! ご自宅の近くに井戸はございますか?」
「いや、井戸は遠いな」
「それでしたらこちらです――こちらの製品は魔法で水を作り出すことができるのです」
「ほう……! それはいいな。魔力石の交換頻度はどのくらいだ?」
「個人差はございますでしょうが、一般家庭ですとだいたい30日くらいでございます」
「メリル。あると便利だと思うがどうだ?」
「個人的には凄く欲しいですがよろしいのですか?」
「いい機会だ。買っておこう」
「ありがとうございます!」
他にもお湯を出す魔法製品と、食材を冷蔵保管する魔法製品があったので買っておいた。
洗濯してくれる魔法製品もあったのだが、中で回転するだけだったのでメリルからは不評であった。これなら桶に入れて踏んだ方がいいとのこと。
これであの家がだいぶ住みやすくなるな。
◇ ◇ ◇
昼食を王都で購入して帰宅。
皆に空間収納から取り出した昼食を渡し、私はアンナたちの部屋に入ってベッドを設置、洋服棚を設置、ベッドの上に買ってきたタオルや服を種類別に積んでいった。
そして昼食を終えたメリルに細かい片付けを託す。
こういうものは最後までやらず、普段作業する者に収納場所の最終決定権を投げた方が後々二度手間にならずに済むと私は知っているのである……。
同様の理由で魔法製品の設置は後回しにすべきなので、先に洗濯場となっている家の横に向かう。
普段草の上に桶を置いて洗濯しているようなので整地を開始。かといって土のままだと洗濯物が汚れてしまいそうなので広い範囲を平たい岩場へと再構成した。これで作業しやすいだろう。
洗濯物が増えるという話だったので物干し台と物干し竿を大黒檀の端材で作っていると、片付けを終えて来たメリルに不思議そうな顔をされてしまった。
洗濯物が増えすぎると物干し竿が折れたりするので頑丈な素材がいいだろうと説明したのだが理解は得られなかった。コンセプトは間違っていないはずなのだが……。
次に買ってきた魔法製品を洗濯場に設置しようとしたのだが止められてしまう。一目で分かるような高価な品を外に置きっぱなしにするのには反対だそうだ。それは確かに。
先に冷蔵の魔法製品を調理場に設置し、水とお湯を出す魔法製品は浴場に設置されることになった。
行ってみると浴場は意外と広い。魔法製品が設置できそうな場所もあったので、建てられた頃から水はここから調達する前提だったのかも知れない。
これは気づかなかったな。
結局多少の距離は水を運搬しないと洗濯できないわけだが、メリルが喜んでいるので大幅な改善には成功したらしい。
最後に予備の魔力石を指示された収納庫の箱に大量に投入して作業完了である。
「これから大変な時期になるな。任せてしまってすまない」
恐らく一番頑張らないといけないメリルに謝ると、彼女はにっこりと微笑む。
「いえいえ。そのために雇われたのですから当たり前です。――それに私としても良い経験になりますのでお気になさらず」
聞くと助産のノウハウや人間の医療の常識、子育ての常識などをアンナと一緒に勉強していたそうだ。
故郷への手土産にするらしい。逞しいな。
――翌日の夕方、アンナが退院して帰ってきた。
アリシアとフロッサが迎えに行き、帰り着くなりお祝いのパーティである。
楽団もドレスも無いが、いつもより少し豪華な夕食と思い付き程度の飾り付けのある気持ちの込もったパーティであった。
私は食事をしないので眺めているだけではあったがたまにはこういうのも悪くない。
とはいえアンナは赤ん坊の世話で早々に部屋に行ってしまった。産まれたばかりの時期は特に短い周期で世話をせねばならないようで大変なのだそうな。
もしかして寝る暇も無いのではないか?
メリルを雇って正解だったな……。
――帝国からの協力要請があったとイーヴァから呼び出しがあったのは、そんな夜を過ごした次の朝の話であった。
◇ ◇ ◇
何日留守にするか分からないのでメリルに生活費を多めに渡しておき外出する。足りなくなるようなことがあってはいけない。
家の外で転移門を作成しイーヴァの近くに出ると、いつもの小会議室であった。
毎回思うが専用の部屋などは無いのだろうか。もしや狭い部屋の方が落ち着くのか?
「――待たせたな。帝国から協力要請が来たと聞いたが……」
例の如く入口側の席に勝手に座りながら話を振る。
今回も女王が自ら教えてくれるようだ。
「ほんの数分程度待った内に入らぬ。貰ったこれは本当に便利だのう……。さて、本題であるが。――例の件だが帝王が自ら依頼に来おったぞ」
「本人が? ああ――長距離転移できるのが帝王だけなのであろうな……」
「恐らく。そして帝国もあまりのんびり構えるつもりは無いのであろうよ」
急がないならば陸路で遣いの者を送ればいいわけだからな。
国のトップでなければ単なる経費削減の可能性もあるが、この場合は考慮しなくていいだろう。
「それで、先方は何と? 予想通り『魔王討伐に力を貸せ』という内容か?」
「――それがのう。少々予想外の部分があってな」
珍しく不快そうな様子。帝王に変なことを言われたのだろうか。
「一緒に悪魔の王を倒しに行って欲しい、という内容ではないのか?」
「大筋ではそれで合っておる。しかし『魔王の討伐は帝国で行なうので、貴国の使い魔には露払いを頼みたい』と言い放ちおった」
おお……それは女王としては面白くなかろう。
お手伝い程度しか仕事が無いなら別に戦力を提供しなくてもいいと考えるのが普通である。帝王は交渉が下手なのだろうか。
「……もしかすると損害の大部分は帝国が引き受ける、という帝王なりの気の使い方だったのではないか?」
「我が国が損害を受けるわけがなかろう。提供するのはそなたの身一つのみであるぞ?」
それは喜んでいいのか悲しんでいいのか反応に困るな……いや、きっと私を信頼してくれた上での発言に違いない。そう思っておこう。
「――それで、帝王には何と回答したのだ?」
「『本人の意向を確認して返答する』としておる。先方はそなたが積極的に討伐したいことを知らぬ。むしろ先日の国難に際し、そなたの協力を得るために貴重な宝物を手放す羽目になったことになっておるな。まぁこれは本当のことであるが」
その宝物は確か私が将軍から貰ってきたやつだな。
言い方ひとつで私に莫大なコストが掛かっているかの様に聞こえるから不思議である。
つまり『我が国としてもポンを自由に使えるわけではない。使いたかったらコストを支払え』と伝えたわけだ。
「あまり要求しすぎて案内を失っても困る。ほどほどにしておいてくれ……」
ここでやっと女王は楽しそうな表情を見せた。
「そう思うであろ? ところが先方はどうしてもそなたの助力が欲しいらしいのだ」
「んん? 露払い程度の話ではないのか?」
「余もそう思うたのだがの。――どうも『帝王の力を魔王戦まで温存したい』という意味であったらしい」
「露払いとは――まさか魔王以外全部か……!」
なんと。そういう意味での発言ならば女王以上……女王と同じくらいの無茶振りである。
私が誰かにそんな依頼をする姿が全く想像できないくらいには埒外な頼みだ。
「他にも帝ランク保持者が多数参加するようであるからな。其奴らとの共闘という形にはなる」
ああ、なんだ驚いた。他にも居るのか。
では女王の無茶振りの方が上だな。
それにしても帝ランク保持者たちだけでは魔王の取り巻きの露払いを完遂できない、と帝王は見ているのか。
もしくは完遂できたとて多数の犠牲が出ると見ているのか……。
どうしても私を借りたいということはそういうことであろう。
そこで帝王の温存に失敗すると魔王に勝てなくなってしまうと危惧しているわけだ。
別に私としては露払いどころかそのまま魔王戦も共闘してしまって構わないのだがな。
◇ ◇ ◇
「では念のため確認であるが、帝国の要請を受けてよいな? 報酬は帝王の手持ちから適当に巻き上げようぞ」
「ああ、頼む。私の要請で面倒をかけるわけだからな。その報酬はそちらで接収してしまって構わない」
「うむ。どのみち魔王討伐の暁には別で褒賞だの祝賀だので出費が予想されるからのう。その費用に充てられるようしっかり請求せねばな」
……本気で損害無しで乗り切ろうとしているな。
とても優秀な為政者だとは思うが少し帝王が可哀想になってきた。
「それではイーヴァ。帝王を呼んで参れ。場所はここで構わん」
「承知しました」
おっと。帝王が滞在しているのか。
――それもそうか。急ぎの返事待ちの状態ならば私と違い簡単に呼び出してもらえる場所に居なければならないわけだ。
「ポンよ。そなたはこちら側――いや、横の壁際に移動せよ。そこに帝王を座らせるのでな」
確かにこのまま私がここに居たら帝王が入って来た後どこに座ればいいか迷う羽目になるな。それは可哀想だ。
私は頷いて立ち上がり壁際に移動する。
念のためだが時間停止の迎撃発動型魔術と空間干渉への対策を裏から施しておいた。
この場面で女王の命を狙うほど意味不明な人物ではないとは思うが一応。
「――――帝王様をお連れしました」
イーヴァが戻ってきた。
帝王『陛下』ではないのだな。
公式の場面で様付けということは、『帝王』という言葉自体が翻訳ミスである可能性が出てきた。
極端な話、帝国自体が帝ランクが多数所属しているだけの民主国家でも全然おかしな話ではない。
帝王は以前対峙した際に着ていた銀色のフード付き外套ではなく、紺色の複雑な紋様が縁取られている白地のフード付き外套を着ていた。
戦闘用ではなく他所行きのお洒落服だろうか。
フードを目深に被っている時点でもう全部台無しなので、今更お洒落に気を配られても反応に困る。
おっと女王が睨んでいるので真面目にやろう。
「――お待たせしました。良いお返事はいただけますでしょうか」
イーヴァに椅子を引かれ腰掛けた帝王が声を出す。
こちらは相変わらず高い声と低い声が同時に聞こえるような不思議な音声である。フードに変声機能があるのかと思っていたが違うのかも知れない。
「ふっ……せっかちよのう。――要請を受けるかどうかは金額が決まらぬゆえ保留中である」
「えっ? それはどういう――」
「ポンよ。そなたの主人が属する国を危険に晒してまで助力に行くのだ。例えば金貨100枚程であれば引き受けるに値するかの?」
女王が扇子で顔を隠しながら私に問う。
つまり横から見ている私からは表情が丸見えなのだが――物凄く悪い顔をしていながらも口元は緩んでいた。
なるほど。ここは連携が大事なのだな?
……ふむ。確か祝賀会をやるとか言っていたな。
金貨100枚では予算として微妙ではなかろうか。
「面白い冗談だ――。この身や、主人の安全がその程度の価値しか無いとでも言うのか」
女王はビクッと身を縮こまらせる振りをして左手を扇子の陰に引き込む。
……親指が立っているな。合格点らしい。
姫とイーヴァは緊張したように奥歯を噛み締めているが、あれは恐らく笑わない努力だ。
素でびっくりしているのは帝王とヒルダくらいである。
「す、すまぬ。余の失言であった……。そ、そうであるな。金貨千枚は下らぬ価値があろうよ!」
立てた親指がクイックイッと細かく上げられている。もう少し頑張るらしい。
「金貨千枚……? その程度の金で私を好きにできると本当に思っているのか。最低でもその倍は無ければ話にならん」
「そんな……! 我が国の財政ではそんな大金を捻出することなど到底できぬ……! くっ。だが帝国の意向も無視できぬ……」
おい、あまり露骨に誘導すると茶番がバレるぞ……。
私も内心冷や冷やしているが、ここで帝王をチラッと見てしまうとそれこそバレそうなので眉間に皺を寄せ頑張って女王を睨む。
「――お待ちください。その報酬は帝国が肩代りしましょう。ですので、何卒お力添えを」
よし。作戦成功だ。
◇ ◇ ◇
「――では準備もあるでしょうし、明日の朝に迎えに参ります」
金貨2千枚を空間収納から気軽に一括先払いし帝王は帰って行った。これはもう少し値上げできたな。
帝王の気配が完全に消えた頃、息を止めていたのか姫の溜め息が部屋に響いた。
「……はぁ。苦しかった……。もう! お母様! やりすぎです!」
「ほっほっほ。止めなんだ癖によう言いよる」
「ポンさんが陛下の話に乗っかった時に吹き出すのを我慢するの大変でした……」
「ああー。あれ演技だったのか」
ヒルダは私を何だと思っているのか。
「それにしても帝王は金持ちであったな。私は正直吹っ掛けすぎではないかと思っていたが、むしろまだまだ余裕そうな様子で驚いたぞ」
「うむ。帝国は富が集中する場所であるからのう」
「そうなのか?」
「はい。帝国は領土こそ小さいですが『管理されたダンジョン』の数が飛び抜けて多い国なのです。そこから産出される無限の資源を途切れることなく輸出していますので、各国からお金が集まるというわけです」
ほう。さすが姫だけに隣国事情には詳しいな。
そしてイーヴァの方は普段の雑用のせいか国内事情の方が得意分野の様子。
「我が国も恩恵を受けていますね。季節も天候も無視して安定した品質の豊富な食材が入って来るというのはやはり大きいです」
「うむ。帝国産は基本的に何でも美味いな」
ヒルダは事情通の様な顔をして頷いているが、実はそこまで詳しくなさそうな気配がする。
なんというか、情報量が少ない。
「それは行くのが楽しみだな。いい土産が色々と買えそうだ。――では明日は朝に城門に集合すればいいのだったな? それまで暇なので果物でも取って来るとしよう」
「そうか。では例の緑のブドウを取れるだけ取って来ておくれ。保存したいので手数をかけるが宝物庫の方に入れてくれぬか?」
それは思っていたよりだいぶ作業量が多いな。
「そんなに気に入ったのか?」
「それもあるが、祝賀を開くなら美味いものを振る舞おうと思うてのう。どうせなら自国内で調達できる特別美味いものが良かろう? ――何、資金はここにあるからの。代金はきちんと払う」
まぁ、そういう理由なら頑張ろうか。
自分が帰国後の祝賀会の準備を自分で行なうようで変な感覚だが断る理由としては薄い。
女王としても美味いものの入手と経費削減を並行して行なっているだけであろう。私以外に頼むとどう考えても高額依頼になってしまうからな……。
「承知した。夕方までには納品しよう」
言って歩き出そうとする私にイーヴァが声を掛けてきた。
「ポンさん。次からは呼び出されていない状況でも私の近くに直接出ていただいて大丈夫です。大丈夫ではなかった場合は転移門を視認次第、指輪にその旨話し掛けますので、その場合はお手数ですが指定した秒数後に再度開き直していただけますか? 毎度城門から入るのは大変ですよね?」
「いいのか? いや色々と問題がありそうだ……。まずは試験運用しよう。転移門を光らせて展開するので、それに気付いたら可否を指輪で指示してくれ。その確認を経てからの登場の方が良かろう」
「光らせられるんですね。ではそれでお願いします。光っていればさすがに気付くと思いますし」
「イーヴァに全く気付いてもらえない場合は……その時にまた対策を考えよう」
「ふふっ。多分大丈夫です。寝てたらごめんなさい」
「……なるべく夜は避けるようにする」
ありがたい申し出である。
毎度門番に繋いでもらうのも悪いなと思ってはいたのだが、警備面を考えるとあまり我儘を言うわけにもいかないので甘受していたのだ。
これで少し行き来が便利になるな。
◇ ◇ ◇
転移門を通り『樹魔の楽園』にやってきた。
まだ昼前なので時間に余裕がある。帝ランク保持者たちも人間なので甘いものは好きであろう。
ここでしっかり賄賂――ではなかった、関係性を円滑にするための素敵な贈り物を集めておこう。
実際問題、連携が取れる程度には仲良くなっておいた方がいい。
帝ランク保持者たちが皆、拳帝のように付き合いやすい性格をしていると良いのだが……。
闇帝辺りには凄く嫌われていそうな予感がするな。大黒檀の実をあげたら態度が軟化したりはしないだろうか。黒いから喜びそうな気がする。
――名案は会えたら試すとして早速ダンジョン内へ。
先日と同じく転移門を駆使して3層の最奥、4層へと続く階段岩まで一気に移動した。この岩を包むように緑のブドウが生っているのである。
こんな奥まで来る者など居るわけがないので片っ端から収穫して空間収納に投入する。これに関しては場所が分かりやすいので助かる。
その上岩の周りには樹が無いので擬似的な安全地帯になっているのが大きい。作業に集中できるというものだ。
遠慮なく全てのブドウを収穫して4層へ。
次はバナナを採りにいく。
バナナの在庫は山ほどあるがいつかは無くなる。
せっかく来たのだから収穫していこう。
3層のバナナの場所は覚えていないので4層の方がまだ記憶に新しいのである。確かあちらの方向だったはず――。
無事に発見したので周囲のトレントを片付け今回も総取りでバナナを収穫する。
前回も総取りしたというのに復活するとは、ダンジョンとは不思議である。帝国にはこんな調子で資源回収できるダンジョンが多数あるらしいな……。
何やら自然発生以外の要因を勘繰りたくなる話だが悪魔と親密であるわけもないであろうし、悪魔がそんな事に協力するとも思えない。現時点では推測するだけ無駄だな。
さて、まだ昼になった辺りの時刻で余裕もあるしもう少し探索してみよう。
――黄金文旦を採ってみたり桃やリンゴを採ってみたりしていると瓜を発見した。瓜もあるのか……。
果樹しか無いイメージであったが、よく考えてみたらブドウも樹と言うと何処からか異論が飛んで来そうな植生をしている。この分だと探せばメロンなどもありそうだ。
ともあれ瓜は回復薬の溶媒としてよく使う。
しかもここの瓜には虫食いが無いので高品質である。
無視どころか確保しておきたいくらいなので可能な限り収穫しておいた。
樹の上だけでなく地面にも気を付けて探していると本当にメロンを発見。
分類としては野菜だった気はするが別に果樹しか存在してはいけないルールがあるわけではないので、そこは気にしない事にする。
周囲のトレントをサッと斬り倒し足元のメロンを拾い上げた。普通は棚を作ったりして品質を高めるものなのだが、地這いの割にとても綺麗だ。今更ではあるがダンジョンとは不思議な場所である。
冊子の簡易地図にメロンの場所を丸付けしておこう。
これは空からでは見付けづらいからな……。
更に探索を進めると、緑のブドウを追加で発見できた。階段岩のものだけでは少し足りない気がしていたのでありがたい。場所をメモして全部収穫させてもらった。
時刻も恐らくもうすぐ夕方になろうかという辺りになってきたので切り上げることにする。
まだ今日は納品する作業もあるからな、暗くなるまで遊ぶわけにもいくまい。
◇ ◇ ◇
早速打ち合わせ通りイーヴァの近くに転移門を設置し光らせてみた。
『――ポンさん。大丈夫です。どうぞ』
大丈夫らしいので転移門の発光を止めて通過した。
見回すと見慣れない部屋である。王城内か?
「お疲れ様です。ここは私の執務室です。――厳密に言うと隊長の執務室だったりしますが、隊長は使わないのでこの部屋は『イーヴァの部屋』で通じます」
それでいいのかヒルダよ……。
「ところで試験運用はどうであった? 光に無理なく気付けるようなら成功なのだが」
訊かれたイーヴァは少し言いにくそうにし始めた。何か不備があっただろうか。
「えっと……光には気付けるんですが光がちょっと強かったです。そのまま天に召されるのかと思いました」
どうやら加減を間違えたようだ。謝罪して改善を約束した。
「――果物の納品でしたよね? 案内します」
案内されて執務室を出ると、ここは第4層らしい。
王族の住まう区画に部屋を持てるとは良い待遇と呼ぶべきか、はたまた悲惨な待遇と呼ぶべきか迷うところである。
これでは女王から気軽に呼び出されてしまう――と考えたところで自分もそうだったことを思い出したのでこれ以上考えるのをやめた。
うむ。毎日階段を上るのが大変そうだな。
執務室から少し移動し宝物庫へ。
金庫のような巨大な扉を開けてみると中には何も入っていない。さては果物のために空けたな。
2人で何房あるか数えながら宝物庫内に緑のブドウを納品していく。8割くらい出したところで制止がかかった。
「――200っと。ポンさん。目標の数に到達したのですがもしかしてまだまだあります?」
「いや、あと数十くらいなものだな。残りは時間を止めて保管しておいてやろうか?」
「そんなこともできるんですね……。不都合無ければお願いしたいです。またそのうち頼まれると思いますし」
「特に問題ない。帝国で少し減るかも知れないが、全部無くなるほどではないだろう――そうだ。新しくメロンを見付けたのだが要るか?」
「あそこメロンも採れるんですね? 何気に新発見かも知れません。報告のためにも何個か買い取らせてください」
「ああ、10個もあればいいか?」
「個人的に欲しいのでもう1個お願いします」
「了解した」
宝物庫の棚にメロンを10個並べて1個は手渡す。
最後に宝物庫を出て、扉を閉めることで時間停止させれば作業完了である。
代金は部屋に置いてあるとのことなので、部屋に戻って代金を受け取った。納品数が多いとはいえ金貨が何十枚も出てくるとは、ダンジョンの恩恵もなかなか馬鹿にできない。
恩恵を多数受けているという帝国が栄えるわけだ……。
ではまた明日と挨拶をして転移門から城を出る。
城門から出たら逆に警備の者を混乱させてしまうので転移門を使用するのがこの場合正解だ。
さて、適当に宿でも取ろうか。
朝まで暇ではあるが家は今頃子育てという戦いの最盛期であろう、私が居ると気を使わせるかも知れない。帰るよりは帰らない方が今は彼らにとって気楽のはずだ。
居たところで子育ての役には立たないことであるし……。
探してみると、高級宿のロビーには本が置いてあるところもあるようだ。知的なインテリアとして設置されているわけだが、もちろん宿泊客は自由に読めるそうだ。
私の宿選びの水準が上がった瞬間であった。




