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 香辛料に塩や砂糖と植物油、パンや干し肉だけでなくスープの材料に使えそうな根菜類や燻製肉に玉子などを仕入れて回った。傷みそうなものは空間収納の時間を止めておくのを忘れない。


 帝国を出たのがまだ朝だったので特に急ぐことなく回ることができてありがたい。


 あとは昨夜の宴会で高い酒以外を全部出して来たので酒も補充しておこう。あの里の者たちは男女問わず酒豪だったので酒が幾らあっても足りず、追加で取り出す度に歓声が上がりついつい調子に乗って強い酒の入った樽を全部出してしまった。


 ――あれはあれで楽しかったので多めに仕入れておく。またそのうち訪ねることもあるだろう。きっと喜ぶに違いない。


「あれ? お兄さんあの時の人じゃないか?」


 もうすぐ酒屋に着く辺りで声をかけられた。

 酒屋の人かと思ったら違うな。行商人である。


「覚えてねぇかい? ほれ。緑の羽根が目印の行商人、ジョズたぁ俺のことだぜ」


 ああ。トレントダンジョンのあるルウフの街で少し話した行商人の人か。名前は覚えていないが帽子に刺さった緑の羽根は覚えている。


「久しぶりだな。順調そうで何より」


「おう。商売の方はぼちぼちだぜ。――それより兄さん。城に掛かった黒い橋、アレはやっぱり兄さんの仕事かい?」


 ああ……。城は高い位置にあるからあのようなものが追加されたら目立つか。

 彼は私が大黒檀を依頼された事を聞いているのですぐに思い当たったのであろう。少し声を潜めて恐る恐る聞いてきた。


 私は道の端に寄りながら思案する。

 確か仕事熱心な人物だったはずだ。十中八九商売の話だろう。恐らく大黒檀関係の。


 正直あまりメリットを感じないが、なにやら困っているような雰囲気も出している。

 商売人独特の話術の範囲なのかも知れないが、話だけでも聞いてやろうか。


「うむ、無事納品できたというわけだ」


「やっぱりか!? すげぇな兄さん。――えっとだな。ダメ元で聞いてみたいんだけどよ。例の木材って余ってないか? 端材とかでもいいんだけどさ」


 うん? あまり正直に言わない方がいいか?


「……全く無いわけではないが、量によっては協力できないぞ。足りなかった場合の補充は困難だ」


「いやいや! そんな大袈裟な話じゃねぇんだ。ルウフの街の領主様がよ、お城のアレを見て自分とこのダンジョンの産物なのに自分が全然持ってない事にショックを受けたらしくてな。小さい欠片でもいいから募集中らしいんだわ」


 我が家に行けば物干し竿に使われているのだが。

 ううむ……。確かに少し可哀想かも知れない。


 そういう事情ならば少し分けてやってもいいか。

 だが飾る用であれば角材だと美しくなかろうな。


「加工に使えなさそうな枝葉の部分でもいいか?」


「おっ。いいのかい? 多分大丈夫じゃねぇかな。分かんねぇけど」


 私は空間収納から伐採時に斬り落とした枝の先端を引き出し、人の身長ほどの長さの所でカットする。

 家に置いて飾るならこのくらいは必要だろう。


「相場が分からんが、使わない部分だ。金貨1枚でいいぞ」


「俺も相場知らないけど多分それ安すぎるわ。全財産の金貨10枚くらいは出させてくれ」


「おや。私を信じていいのか?」


「どんなに力を入れても小枝ひとつ折れない木材を俺は知らねぇ。さすがに大丈夫だろ」


 既に試していたか。抜け目が無いな。

 聞いてみると運搬は今から馬車を借りる算段らしいので転移門でルウフの冒険者ギルドまで送ってやった。全財産を払ってしまってどうやって馬車を借りる気だったのか……。


 一攫千金に燃える商人を見送り、私は酒屋の前に戻ってきた。

 さて、買う酒の量を予定より増やすとするか。




 ◇ ◇ ◇




 酒の仕入も終えたので家に帰る――前に家の近くの冒険者ギルドに寄った。ランク7になるまで散々世話になったので土産を渡す対象なのである。


「はっ! ポンさん! お疲れ様です!」


 ギルド内に入ると昼前ということもありあまり人が居なかった。受付のツェシカ嬢が私の姿を認めて右手に素早くペーパーナイフを出現させる。

 余程取りやすい所に常備してあるらしい。


「うむ、お疲れ様。――帝国に行っていたのでな、土産を買って来た。今日は手紙は無いぞ」


 募金箱に金貨を1枚投入しつつカウンターへと向かう。ツェシカ嬢は用意したペーパーナイフを私から見えない位置にあるペン立てらしき物へと戻した。


「そういえばこれ以上ランクを上げる予定は無いんでしたね――お土産ですか? お菓子ですか?」


「ご名答。帝王饅頭という焼き菓子らしい。職員で分けてくれ」


「わぁい。ありがとうございます!」


 何人働いているかよく分からないので多めに3箱渡しておけば大丈夫だろう。何やら一瞬で1箱カウンターの下へ消えたような気がしたが、まぁ別に2箱でも足りるであろう。


「帝国に何の用事だったんですか? 帝王様を暗殺ですか?」


「それだとのんびり土産を買う時間が取れなかったであろうな……。もちろん違う。魔王討伐だ」


「魔王討伐ってそんなにのんびりできるイベントでしたっけ……?」


「魔王が居るのは魔界だからな。――あと、魔王を倒したのは帝王だ。私はその補助だな」


 恐らく5日後辺りに国から情報発信があるはずなので、詳しくはそちらで確認してくれと伝えてギルドを後にした。


 転移門を使わずに徒歩で家を目指す。それを面倒に感じない程度には近いのである。


 思い返せば『万が一にも敗北は有り得ない』と言って出てきたものの、もしかするとかなり心配させてしまっているかも知れない。顔を見せて安心させてやらねばな……。


 少し足早になりながら家路を急ぐと、大量の洗濯物が風に揺れる我が家が見えてきた。

 特に目立つ色彩も無い、レンガの外装を持つ無骨な我が家だが、視界に入った瞬間まるで輝いているかのような錯覚を幻視する。


 どうやら私にとって、この家はもはや落ち着ける居場所として特別な存在となってきているようだ。

 いや、家で待っている従業員……仲間たちが居ればこそであろうな。元の世界の家も長年住んだが、これほど魅力的には映らなかったはずだ。


「ただいま――」


「(しぃっ!)」


 扉を開けて帰還を告げると、リビングに居たメリルとアンナに鬼気迫る表情で音量を咎められた。


 お、おう……。すまんな……。

 赤ん坊が起きるとしばらく大変な時間が始まるのであろう。どうやら貴重な休憩時間だったらしい。


 そういえば産まれたばかりだとその周期が短くて大変だと言っていたな。これは気を付けなければ。


 内心もう少し喜んでもらえるかと思っていたので動揺を隠し切れない心境ではあるが、単にそれどころではないくらい彼女らに余裕が無いのだろう。


 増員……いや配置転換か。

 一時的にアリシアをフロッサの特訓係から解任し、家事の手伝いに回した方がいいかも知れない。

 確かついつい肉を焼きがちで料理の方は微妙だという話だが、それ以外は人並みにできたはずだ。




 ◇ ◇ ◇




 なるべく音を立てないよう少し浮いて過ごしていると、昼をだいぶ過ぎた辺りでアリシアとフロッサが帰ってきた。今日の活動を終えたらしい。


 静かに過ごすことを彼女らも既にマスターしているようで静かに扉を開け静かに家に入り私を見て静かに驚いていた。

 隠れ里の人たちより余程コソコソしている。


(ポンさんお帰り! 魔王討伐完了ですか?)


(ああ。つつがなく完了だ。とはいえ数日後に城で祝賀会をやるらしいのでな。それが終わればひと区切りだ)


 自然と小声で会話する能力が磨かれる。

 フロッサは小声で元気よく話すという高度な発声を行なっている。もしかすると隠密の素養があるかも知れない。


(そうなんですね。あっコレお土産ですか?)


(帝国土産だ。帝王饅頭という焼き菓子だな)


(これフード付きコートの形ですね。超ウケる)


(そうだ、フロッサ。後でいくつか鑑定して欲しいものがある)


(フモッ――ングッ。はい、いつでも大丈夫です!)


 さっそく饅頭に食い付いているな。ちょうどおやつの時間で腹が減る頃合いだ、叱られはすまい。




 ――夕食後。

 1階は殺伐とした雰囲気だったので、フロッサには2階の私の部屋に来てもらった。


「わざわざすまんな」


「鑑定スキル自体がポンさんからの頂き物ですから。そこは気にせずどんどん使ってください」


「そう言ってもらえると助かる。――では早速だが、この3つを頼みたい」


 私はそう言って空間収納から3つの品物を取り出し床に――置くと大きな音が立ちそうだったので宙に浮かせた。


「剣と宝石と宝箱、ですか。見てみますね。――『天啓の魔眼』!」


 スキル名に魔眼と付いているが別に目が光ったりはしないようだ。ちなみにスキル発動は『鑑定』の発声でも構わないのだが、私と2人の時は『天啓の魔眼』と正式名称で発動を行なっているようだ。

 恐らくそちらの方が格好いいからであろう。


「まずは剣からいきます。『殺魔の剣 ――柊――』『殺魔の剣。悪魔に特別な効果を持つ。この剣に傷付けられた悪魔は1撃で大幅に弱体化する。神剣。破壊不能』」


 おや。思ったより良い剣のようである。


「『なんで魔王に使わなかったのか意味分かんないですけどー』っていうコメントが付いてますね。……使わなかったんですか?」


「そういえば使わなかったな」


「ええ……? では次は隣の宝箱いきます。『宝箱(大)』『宝箱(大)。ダンジョンに出現する宝箱の中で最高級。内部空間が拡張されており大型倉庫並の容量がある。中に何をどれほど入れても重量が増加しない。術式は底面に施されている』『ダンジョン内備品の持ち出しはなるべくご遠慮ください』だそうです」


 これは備品だったのか……。まぁ良かろう。

 では底面にあるという術式を解析した後に水帝へ渡そうか。実は調べたいと言ってまだ引き渡していないのである。


「じゃあ最後に宝石いきます。『鬼姫・安珠の鬼石』『鬼姫・安珠の鬼石。鬼族の姫である安珠(アンジュ)の魂が結晶化したもの。完全回復薬に浸け込んだ状態で生物の遺体に接触させ、大量の魔力を注ぎ続けることで復活させることができる』『一族全員分集めてから復活させた方が喜ぶと思うよー』とのことです。どこで手に入れてきたんですかコレ」


「悪魔の四天王が封印していたものだ。復活の方法が私の鑑定では分からなくてな」


「魔眼さんも言ってますが、復活を急ぐと独りぼっちになるみたいなので、ここは急がない方が良いと思います」


 魔眼さん……?

 謎のコメントの主は魔眼さんと命名されたようだ。


 まぁ確かに独りだけ復活させてもらっても嬉しくないかも知れない。復活したら今度は復興せねばならないからだ。どう考えても人手が足りない。


 一族の人数が分からないので全員は難しいかも知れないが、ある程度集まるまで保留とする。




 ◇ ◇ ◇




 次の日は学園の方にお土産を配りに行くことにする。

 ついでにいい加減学園長からの依頼の内容を聞かねば。

 エイラと教頭先生のところに寄って帝王饅頭を積んできた後、学園長の部屋を訪ねた。


「はーい。居ますよーどうぞー」


 学園長室をノックすると中からカトー氏の呑気な声が聞こえてきた。

 今日も学園長は絶好調の様子。


「――失礼する。帝国土産を買ってきたのでお裾分けだ」


「数日振りだね。帝国に行ってきたんだ? 悪魔退治かい?」


 さすがは一緒に四天王と対峙した仲である。エイラが狙われている懸念は話したはずなので私の行動は容易に想像できたようだ。

 カトー氏はソファに座っていたのでローテーブルに土産の箱を置き、向かいのソファに私も腰かけた。


「魔王討伐だな。帝王たちと組んで行ってきた」


「相変わらず軽く言うねぇ。旅行じゃないんだからさ」


 発言の軽さに関しては彼に言われたくないものである。


「もちろん討伐の方は完了している。それで例の依頼にそろそろ着手しようかと思ってな。話を聞きにきたというわけだ」


「おお、ついにこの時がきたかぁ……。ああでも依頼といっても雲を掴むような話なんだよねぇ……」


 どういうことだろう。空を飛べばいいのだろうか。


「――この間さ。『人為的にダンジョンを作る方法はあるのか』って質問してきたじゃない?」


 ふむ。確か野外演習に向かう馬車の中でそんな話をした記憶がある。

 悪魔がダンジョンを発生させることができるかも、という話だったはずだ。


「実は僕もダンジョンを作ろうと思っていてね――」


「む? そんな事が可能なのか?」


「噂によるとね。――ただし、継続的に魔力供給が必要だし、そもそも作成に特別なアイテムが必要らしいんだ」


「場所はもしや学園内か? 中央の塔に魔力を集めている理由がそれか」


「さすが。よく分かったね。教材に使えないかなと思ってさ」


 こうしてたまに教育者らしい事を言い出すから困る。

 相変わらず掴みどころのない男だ。


「危険度を調節できるならば良い案かも知れないな」


「反対はしないんだ?」


「危険だった場合は破壊すれば良いだけだからな」


「容赦ないね!?」


「主人の安全は当然最優先だ。――それより『特別なアイテム』の目星は付けてあるのか?」


「そうそう。頼みたいのはそこなんだよ。人工的にダンジョンを作ることができる『特別なアイテム』――それは――」


 そう言ってカトー氏は大きく間を溜める。

 んー……嫌な予感がするな。


「ジャジャン! よく分かっていません!」


「帰っていいか?」


「わぁぁ待って待って!」


 思わず腰を浮かせた私を慌ててカトー氏は制止する。


「場所! 場所は分かってるんだよ。一応前例があってね。ほら、上級冒険者を目指してもらったじゃない!?」


 ああ。そういえば上級冒険者でないと入れない場所に行って欲しいという話だったな。

 仕方なく再び腰を下ろす。


「ふう……危ない危ない。それでね、君に行ってもらいたい都市があるんだ」


「――都市?」


 カトー氏は楽しそうにニヤリと笑うと指を1本立てた。


「うん。『ダンジョン都市国家デュラム』――そこに人工ダンジョンの作り方の秘密があるらしい!」


 なるほど。指の数は特に意味は無いようだ。




 ◇ ◇ ◇




 次の日は図書館へ行き、『ダンジョン都市国家デュラム』について調べることにした。もちろん図書館に行きたかっただけ、などではない。


 いつものように司書に目で挨拶し本を探す。

 この場合は地図や資料の集まっている辺りであろうと当たりを付け探してみた。


 ううむ……それらしい題名は見当たらないな。

 国家の安全上、地図が公表されていないというのもよくある話なので仕方ないか……。


 本棚である柱の根元に居る整頓係の男性に訊いてみると「それでしたら『セモリナ大森林』を調べるとついでに登場するはずです」とのこと。

 そういう名前の大森林があり、強い魔獣が多数生息している有名な危険地帯なのだそうな。


 情報に感謝し再度探す。

 ちなみに私はこういう作業が嫌いではない。

 1つ1つヒントを得ながら正解に辿り着くのも1種の冒険である。


 探してみると『聖地セモリナの秘密』という本があった。閲覧スペースに行き落ち着いて開く。

 今日は朝から1日中図書館に籠ると決めている日なので慌てて借りる必要が無いのだ。毎日こうだといいのだが。


 さて、こういう秘密の暴露系のタイトルの本はたいてい謎を列挙して何も解決せずに終わるのが王道なのだが、この本はどうだろうか。




 ――結論から言うと予想通り、特に秘密の暴露は無かった。


 しかし謎とされている部分に関しては不必要な情報まで含め仔細に書かれていたので、意外と知りたい事が色々分かった良い本であった。

 できればダンジョンの作り方も書いてあると助かったのだが、さすがにそれは高望みだったようである。


 セモリナ大森林は危険地帯だという話だったが、この本では『聖地と呼ぶべきだ』と述べられている。

 ――というのも、ダンジョンが次々と生まれては消えていく特殊な地域性を持っているそうなのだ。


 大森林の中央に強固な城壁を備えた大都市を抱えているようなのだが、その大都市自体がダンジョンの1階層目に当たるという謂わば『大都市エリア』になっているらしい。1ヶ所しか無い街門からしか出入りが出来ず、雨が降っても不可視の屋根が雨を防いでくれるのだそうな。確か魔王城がそんな感じであった。


 その大都市を親とし、さながら子供が産まれるかのように頻繁に、大都市の周辺には小さなダンジョンが発生するのだという。

 それらを狩るべく世界中から優秀な冒険者が集まる不思議な都市が『ダンジョン都市国家デュラム』というわけらしい。


 こんなにも不思議や奇跡が集まる場所なのだから、ここはもはや聖地と呼ぶべきだという大筋で話が進んでいく。

 大都市型ダンジョンの方も私の想定より大規模なダンジョンらしく、予想で100階層もあるそうだ。


 当然未踏破で、最高到達記録は51階層らしい。

 キリがいい50階層で終わりだと信じて頑張っていた者たちが51階層を見て心が折れたかのような数字だな……可哀想に。


 まぁ、私の目的はダンジョンの踏破でも破壊でもない。子ダンジョンが生まれるメカニズムの解明と再現といった辺りだろうか。

 まずはとりあえず現地に行って子ダンジョンをいくつか破壊してみるところから始めてみよう。


 ――その現地はどこにあるのだろう。

『◯◯国の南に広がる』というような書き方をされても私には伝わらないのである。

 今日は時間もあることであるし、別の本も調べてみよう。




 ◇ ◇ ◇




 次の日は家でのんびり読書である。

 借りてきた本で引き続き予備知識の検索作業をしているので別に遊んでいるわけではない。念のため。


 大体は昨日調べた内容との重複ばかりなのだが、面白い情報もある。

 例えばこの世界で使用されている貨幣はダンジョン産出のものであるとか。


 確かにこの国と帝国で同じ金が使用できたのは違和感を覚えるべきだったな。

 ダンジョン都市では産出しないようだが、どこか産出する場所があるらしい。


 そして色々調べていて困ったことに気付いてしまった。

 もしもダンジョン作成に必要なアイテムが魔獣を倒した際にしか手に入らない場合、私はそれを入手することができないのだ。

 恐らく入手できなかったことにすら気付けない。


 きっと特別な階層や特別な魔獣など、一般的でない場面で入手できるアイテムに違いないだろう。

 そうでなければこの世界には自作の商用ダンジョンが溢れているはずなのだ。

 よって入手できる状況で居るのが望ましい。


 ううむ……。困ったな……。

 アリシアとフロッサを連れて行くか?

 しかし今家は人手が充実しているとは言い難い。

 アリシアを残して家事のフォローに回し、フロッサを連れて都市に向かって大丈夫だろうか。


 ふむ、2人が帰ってきたら相談してみよう。






 ――夕方、皆が揃ったので話をしてみた。


「迷宮都市ですか!? い、行ってみたい……!」


 ダンジョン都市国家だな。勝手に呼び方を変えないでほしい。

 フロッサ本人は乗り気のようだが他の者は微妙そうな表情だ。


「ポン様のことだからフロッサちゃんをしっかり守ってくれるとは思いますが……」


「痛い思いをするかも知れないのですよね……治せるのは分かっていますが大丈夫かしら……」


 メリルとアンナはフロッサの心の方を心配しているようである。痛い体験をしすぎて臆病な性格になりかねないと懸念しているのだ。


「魔獣の素材を狙うんですかニャ? フロッサに止めを刺させる必要がありますニャー」


 ああ、それも何か考えねばならんな。

 まだ子どもの彼女では明らかに攻撃力が足りない。

 やはり早計だろうか――。


「私は行きたい! 怪我はするかも知れないけどポンさんが治してくれるし、怪我すること自体は冒険者登録した時にちゃんと覚悟したから大丈夫!」


 フロッサは家族の説得を開始した。

 さすがに魔王討伐の見学は諦めたがダンジョン都市の冒険は諦めきれないようだ。

 勢いよく私の方を見る。


「ポンさん! 私が魔獣に止めを刺せるようなスキルの獲得に協力してもらえませんか!?」


「スキル――遠距離攻撃できるような、か?」


「はい。今はポンさんの庇護下に居ますが数年後には独立しなければなりません。生活を支えるにしても、家族を守るにしても、冒険者として軸になるようなスキルが欲しいと前々から思っていました。それを獲得しに行く良い機会だと思うんです」


 なるほどな……。

 庇護される側の焦りというものもあるか……。

 確かに将来への不安もあるだろうな。

 ここで得意技を獲得して数年も技を磨けば不安も払拭され自信もつくであろう。


「スキルオーブを狙って獲得するのは難しいので確約はできないが、目的のためにも協力は惜しまないつもりだ」


「やった!」


「――条件があります」


 アンナが割り込む。

 母親として心配が拭えないのだろう。

 喜んで両手を挙げたフロッサは何を言われるのかと硬直している。


「2日――いえ、3日に1度は帰ってきて顔を見せること。ポンさんなら出来ますよね?」


「もちろんだ。転移門を出せばすぐだな」


 ふむ。そのスケジュールで動くならば図書館通いと無理なく並行できる。悪くない計画だ。


 斯くして、フロッサの同行が許された。

 せっかくなので強くなってもらおう。




 ◇ ◇ ◇




 登城すると前もって宣言した日になった。

 いつもの図書館とはしばし別れ、今日と明日は王城の蔵書との新たな出会いの日なのだ。

 天気は快晴。まるで私と書庫の邂逅を祝福しているかのよう。


「――こんなにウッキウキで歩いてるポンさん初めて見た……」


 城内を歩く私の後ろからげんなりした声が聞こえてくる。

 今日から我が家が新体制に移行したため早速私に連れ回されているフロッサである。


 イーヴァに確認したところ「一緒の部屋で良ければ連れて来ていいですよ」と快諾。ベッドも食事も元々私の分まで用意される予定だったのでそれを回してくださいとのことだった。


 警備面で問題が無いか心配だったが、フロッサが危険人物でないなら問題ないし、ポンさんは危険人物なんか連れて来ないでしょうと言われた。確かに。


 フロッサ本人は王城の食事に興味があったようで特に抵抗はないようだ。相変わらず肝が据わっている。エイラに見習わせたいくらいだ。


「む――そんな変な歩き方だったか?」


「うーん。気持ち歩幅が小さくて速いかなぁ」


 ……確かに少し気が急いていたかも知れん。

 フロッサの歩幅に合わせていたことにしておいた。






 部屋のある第4層から第2層まで歩き、王城の書庫にたどり着いた。案内してくれたメイドの人に礼を言って扉を開ける。

 おお……扉が大きいので期待していたがこれは想像以上だな。


 広大な四角い部屋に高い天井、入ってすぐは閲覧スペースになっており大きいテーブルと椅子が並んでいる。そこと司書のためのエリアを除くと、あとは全部天井まで届くような背の高い本棚が見渡す限り部屋を埋め尽くしていた。

 上の方の本を取るための梯子があちらこちらにあるのが面白い。


 これはこれは……全部読むのは一苦労だぞと内心喜んでいると、恐らく司書であろう人が近寄ってくる。


「あなたが話の有ったポンさんですか? 初めまして、私は書庫の主任を拝命しておりますラムザと申します。以後お見知りおきを」


「丁寧にありがとう。聞いているとは思うが女王から利用の許可はもらっている。度々訪れる予定なのでよろしく頼む。――利用のルールを確認しても?」


「ええ。もちろんです」


 細身の金髪で心なしか王族に近い顔立ちをしているように思える男性は、優しく微笑むと椅子へと案内してくれた。


 管理のため持ち出しと返却はカウンターを経由すること、城内への持ち出しは構わないが城外への持ち出しは禁止などルールを教えてくれる。

 フロッサは利用の許可を得ていないが、私が同伴している時なら構わないそうだ。


「懐が広いな……」


「いえいえ、ポンさんにはこの国を救っていただきましたので特別です」


 そういえばこれはダンジョン3件同時発生の時の報酬だったな。

 存亡の危機だった事もありかなり優遇してくれているようだ。

 ふむ、頑張った甲斐があったな。


「――ではご自由に閲覧ください。質問などあればお気軽にお尋ねいただいて構いません」


「ありがとう。助かる」


 ではではと立ち上がり知識の探索の旅へと足を向けた。

 ……色々ありすぎて困ってしまうな。

 嬉しい悲鳴とはこのことか。




 ◇ ◇ ◇




 ――楽しい時間が過ぎ去るのは早いものだ。

 昨日の昼頃に苦行の無限着せ替えがあったとはいえ、それ以外は非常に充実した読書の時間であった。


 楽しい2日間を過ごした後の今日は祝賀会である。


 王城の料理を食べて「マヨネーズが存在していた」とよく分からない落ち込み方をしていたフロッサもついでに子ども用のドレスを着させられていた。祝賀会は立食形式ということもあり参加させてもらえるらしい。


 護衛兼エスコートにヒルダの部下が1人付いてくれて、指示に従いつつ適当に雰囲気と食事を楽しめばそれでいいとのこと。


 さすがに寛容すぎないか心配になったのだが、上流階級の挨拶回りの対象にならない子どもだからこそ許される待遇だそうだ。大人だと「この人は誰なんだ」となりがちで面倒なことになるので部屋で待機コースになるところであったらしい。


 さて、私の方は朝から昨日決めた衣装に着替えさせられ部屋で待機中である。


 服装に興味が無いので良く分からないのだが、あちらこちらが硬く尖っていたりヒラヒラしていたりする大仰な衣装を着せられた。フロッサ曰く「職業が特定できないけどとにかく強そうな感じ」に仕上がっているらしい。この衣装を作成した人は何をイメージしながら作成したのか逆に気になる評価である。






 ――昼前くらいに係の者が呼びに来た。

 引率されて向かうと例の大黒檀の橋のところに連れて行かれる。

 城下から見やすい位置ではあるが高さもあるので下から見えるかどうかは謎だ。


 先に女王が橋の上に歩み出ると、橋の4箇所に勢い良く旗が立つ。

 下から微かに歓声が聞こえて来たのであの旗が女王登場の合図なのだろう。

 私も進み出ていいとのことだったので女王の斜め後ろの位置まで進んだ。


「我が臣民たちよ。集まってくれて礼を言う」


 そんな所から話しても聞こえないだろうと思ったら手に何か持っている。

 少し遅れて街の方から女王の声が響いてくるので闘技場の時も使っていた声が大きくなる魔法道具のようだ。あの時初めて使ったような言動をしていたはずだが早くも正式採用したようである。


「告知はしていたが再度ここで宣言する。我が国は帝国との共同作戦を行ない、魔王の討伐に成功した!」


 ここまではっきりと聞こえるほどの大歓声。

 やはり魔王の討伐ともなると皆嬉しいようだ。

 特に最近はダンジョンの発生率が異常に高く不安が高まっていたようであるし、それが解消されたとなると格別なのであろう。


「作戦に従事し、帝王と協力して魔王を討伐した者を紹介しよう。――ポンよ、前へ」


 確か端まで歩み出て手を振るのだったな。

 ……言われた通り実施したが恐らく下からはよく見えていないであろう。

 いや、観衆からすると仔細に見えるかどうかはあまり関係ないようだ。歓声の音量はあまり下がらなかった。


「――そこで本日は祝賀を行なう。城門前にて皆にも無料の振る舞いを用意してあるので本日は存分に楽しむように」


 今度は音程が高めの歓声が響いた。

 帝王から巻き上げられた金は、あのように惜しまず現物支給で振る舞われる模様。彼の無念も浮かばれることであろう……。


 一般へのお披露目は以上とのこと。

 次の会場である第3層の大広間へと移動を開始した。




 ◇ ◇ ◇




 ――ああ、書庫に戻りたい。


 大広間にて祝賀会が始まったのだが、最初の女王の挨拶と私の――先ほどよりも詳細な――紹介が終わった後は各々立食と交流を楽しめという流れであった。


 しかし私の自由行動は認められておらず、地位の高そうな知らない人が次々と無限に挨拶に来る時間が続いているのだ。これは疲れる。疲労を知らないはずの私が気疲れするのだからこれは途轍もない難敵であると言えよう。


「――これ。嫌そうな顔をするでない」


 女王が扇の陰から注意してきた。

 いつものシンプルなデザインの扇子ではなく、弧を描く部分に大量の白い羽毛が付いている高価そうな扇だ。


 そうは言われてもあまり見ず知らずの他人から無条件に褒めそやされた経験が無いので対応に困るのである。魔物である私に皆笑顔で友好的に接してきて困惑しきりなのだ。


 それでも何とか挨拶を無難にこなしていると、見知った顔が現れた。

 リーゼロッテの実家で宰相を務めているシャナクである。

 と、いうことは隣の金髪の男性がリーゼロッテの父親であろう。


 イメージしていたよりも細身の男性である。もっと筋肉の塊みたいな感じだと勝手に思っていた。


「ポンさんお久しぶりです。ご活躍されているようで何より」


 シャナクが微笑みかけてくる。相変わらず紙を近付けたら切れてしまいそうな底の知れない笑顔である。多分怒ってはいない。


「主を紹介させてください。こちらカール=クルーガー辺境伯です。ポンさんにはリーゼロッテお嬢様のお父上と申し上げた方が分かりやすいでしょうか」


「いつも娘が世話になっているようだな。此度の快挙、実に羨まし――」

「お屋形様」

「――見事である。今度娘の里帰りの際にでもゆっくり話を聞かせて欲しい」


 なるほど。どちらかと言うと魔王討伐に一緒に行きたかった方の人なのか。

 そういえば娘の方もダンジョンに行きたそうな顔をしていた。よく似た親子だな。


「リーゼロッテ嬢は仲良しグループのリーダーのような存在だ。恐らく世話になっているのは私の主人の方だろう。これからも仲良くしてやって欲しい」


 そう言いながら固く握手を交わす。少々戦闘に興味を持ちすぎている傾向はある娘だが、主人の大切な友人である。その家族とはこれから先も何かと顔を合わせる機会があるだろう。ここで顔見知りになれて良かった。


 その後しばらくしてフェリシアの父親にも会えた。更にしばらく後には王都東ギルドのマスターであるディアン氏にも会えた。

 やはり知り合いに祝ってもらえるのは嬉しいものである。


「そなたは何というか――知り合いに甘いのう?」


 呆れた様子で目を細めた女王が扇の陰から言う。

 そんなにあからさまに態度が違っただろうか。

 私が首を傾げていると女王が苦しそうに眉を顰めた。


「実は余が重い病に苦しんでいると言ったら?」


「それはいかん。完全回復薬を使うといい」


 私が空間収納から取り出した回復薬を受け取った女王は、しかし使用せず溜め息を吐いた。


「それ見よ。嘘じゃ。知り合いが困っていたとてあまり軽々に助けてはならぬ……。いつか騙される日が来るであろうよ」


 例えば今のようにだろうか。

 いや嘘なら回復薬を返してほしいのだが……まぁ、たくさんあるので別にいいが。

 女王なら悪どく適切に有効利用するだろう。


 しかし顔見知りが苦しんでいたならば、放置するのを私は是としない。これは自己満足というか、気持ちの問題なのだ。それに――。


「大丈夫だ。――いかに騙されたとて、本当の意味で私に損害を与えるのは難しい。物も金銭も、私には本来必要ないものだからな……」


「これ。褒賞を与えようかという時に何を言うか」


 ああ。そういえばそうだったな。

 これは申し訳ない。




 ◇ ◇ ◇




 祝賀会が終わり、3日に1度顔を見せるという約束だったので一旦家に帰る。

 せっかくの晴れ姿だったからというのもある。

 期待通り、ドレス姿の娘を見てアンナは目を白黒していた。


「多分もう着る機会無いだろうからしっかり見ておいてね!」


 そう言ってフロッサは母の前でくるくると回る。

 最上級の鑑定スキルを持っていると暴露すれば恐らく毎年着られると思うが、それは国に囲いこまれることを意味する。それが幸せかどうかは人それぞれなので無理に勧めようとは思わない。

 だが、最後の手段としては覚えておいてほしいものだ。


「慌ただしくて済まないが、服を返さないといけないのでな」


「はい。わざわざありがとうございます。良いものが見られました」


「じゃあまた3日後に帰ってくるから。行ってきます!」


 繋ぎっぱなしだった転移門を通って王城へと戻る。

 では服を返すために衣装部屋を目指そう。


「フロッサの方は祝賀会を楽しめたのか?」


「うーん。どう楽しめばいいのか分からなかったからひたすら食べてたかな。一緒に居た騎士さんはすっごい婚活頑張ってたけど」


 なんだそれは。

 まぁ護衛任務の方もしっかりやっていたなら別に同時進行で何をしていても別に構わないが……。

 女王の横で微動だにしていなかったヒルダを見習ってほしいものである。


「それで、迷宮都市にはいつ行くの?」


 ダンジョン都市国家デュラムだな。間違えないようにしてほしい。


「明日には城を出るが、まずは買い物からだ。今まで必要なかった道具類を買い揃える必要がある」


「お鍋とか?」


「うむ。そしてテントや毛布等もだな。褒賞金が出たので少し良いものを買いに行こう」


 褒賞は結局金銭であった。領地や爵位はどうかと訊かれたが、国内に魔物領が誕生するがいいのかと返したら考え直したようだ。それはさすがに領民が可哀想である。


「――ポンさんの空間収納ってさ。収める物の大きさに制限はある?」


「む? 検証した事は無いが制限は無いと思うぞ」


 格納した1番大きな物は何だろう。鉄球かワイバーンかその辺りであろうか。あ、いや。大黒檀だな。


「こう、板で土台を作って、その上にテントを張って、マットレスも敷いて、全部丸ごと格納できないかな? 取り出すだけで寝る準備完了する感じの」


「ああ、そのくらいなら問題ないだろう」


「やった! じゃあ初日はそれを作るところからだね。キャンプみたいで楽しみ」


 色々と考えつくものだな。きっと前世にそういう形態の宿泊施設があったのであろう。

 とはいえダンジョン内で寝泊まりする羽目にならない限りは出番が来ない代物だ。基本的には宿屋に戻るようにしようとは思っている。


 あとは、そうだな――。私の選んだ食材では上手く料理が出来るとは限らないので、本人にも食材を選ばせてみようか。

 ついでに重要な食材とは何なのか教えてもらおう。


 色々と打ち合わせしている内に衣装部屋へと到着した。この服はそのまま棚に戻すのではなく1度洗濯を挟むそうだが、管理記録のため衣装部屋に返却する必要があるのである。


 さっさと着替えを済ませて、今日のところは部屋で書庫の本の続きといこう。





――――――――――――

第四話『魔王討伐編』 完

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