家族と騎士
やがて馬車が我が家――男爵邸へ到着し、レナードのエスコートで玄関をくぐる。
灯りの下に進み出た私たちを見て、出迎えた父と母、そして兄が息を呑んだ。
「エリカ……! そのドレスの汚れは、一体どうしたんだ!?」
兄が声を荒らげる。
私の美しい桃色の夜会服の裾は泥で汚れ、めくれば裏庭で擦りむいた生々しい傷が覗いていた。
家族の視線が一斉にレナードへ向かう。
家族は、レナードの私に対する「執着」の強さを知っている。だからこそ、この惨状を見て、彼がまた何かしたのだと直感したのだ。兄の目が、あからさまな不快感に細められる。
しかし、レナードは逃げも隠れもしなかった。
彼はその場に美しく跪き、男爵である父の前に頭を垂れた。騎士としてのプライドを捨て、誠心誠意の姿勢を示す。
「男爵、並びに皆様。すべて私の不徳の致すところです。エリカを不安にさせ、私の未熟さゆえに、彼女の大切なドレスを汚し、傷を負わせてしまいました。弁明の余地もありません。どのようなお叱りも受ける覚悟です」
真摯で、少しの誤魔化しもない謝罪。
顔も良く、普段は真面目で非の打ち所がないレナードが、ここまで必死に頭を下げているのだ。家族も、これ以上彼を激しく責め立てる言葉を失ってしまう。
「お父様、お兄様、レナードを責めないで」
私はレナードの隣に寄り添い、家族に向けて優しく微笑みかけた。
「私がパーティーで少し不注意な行動をして、レナードを驚かせてしまったの。これは事故のようなものよ。私はもう、レナードを許しているわ。だから、お願い」
「……エリカ、お前がそう言うなら……」
父は苦渋に満ちた表情で、深くため息をついた。
いつものことなのだ。レナードが暴走し、エリカを傷つける。しかしレナードは即座に激しく反省し、エリカもそれをどこまでも許してしまう。当人同士が深い愛のなかで完結しているため、外野である家族は、それ以上口を挟むことができなくなってしまう。
「エリカ、本当にありがとう……」
立ち上がったレナードは、家族の目の前であることも忘れて、私の頬にそっと口づけをした。その瞳には、私への狂おしいほどの感謝と愛が揺れている。
この時の私たちは、まだ知らなかった。
私たちが紡ぐ、この「完璧で歪んだ調和」を。
家族さえも踏み込めない、二人だけの泥沼の聖域を。
王宮のさらに上層、誰も手が届かない高みから、冷酷な獣のような瞳で見下ろし、すべてを壊そうと爪を研いでいる男の存在を――。




