激情
暗く冷湿な地下牢の奥底で、レナードはその手紙を受け取った。
アレクセイ公爵の部下から手渡された上質な白紋織の便箋。そこに並ぶのは、紛れもない、愛しいエリカの凛とした文字だった。
だが、それを読み進めるうちに、レナードの身体は激しく震えだした。赤色の瞳に、どす黒い怒りと絶望が急速に満ちていく。
「……話し合い、だと……?」
手紙を握りしめる指が、みしり、と音を立てる。
「新しい気づき? 私たちが互いを傷つけ合っていた……? ふざけるな、何が話し合いだ……! エリカ、お前、あの公爵に何をされた……!」
レナードの脳裏に、あの窓のない贅を尽くした部屋で、エリカを優雅に囲っているアレクセイの姿が浮かぶ。
あの冷徹で完璧な男に、甘い言葉でほだされたのか。それとも――。
「抱かれでもして、心変わりをしたのか……!?」
カッと頭に血が上り、心臓が引き裂かれそうなほどの嫉妬と悲しみが押し寄せる。あれほど自分を「世界のすべて」として抱きしめ、自分の無様さごと受け入れてくれた揺りかご。それが、別の男の手によって塗り替えられ、自分を拒絶しようとしている。
「結局……お前も俺を捨てるのか。あの男のほうが、綺麗で、豊かで、完璧だからか……!」
怒りと悲痛な叫びが、牢獄の壁に虚しく響く。レナードは手紙をくしゃくしゃに引き裂き、狂ったように床に叩きつけた。彼の心は、エリカへの狂おしいほどの執着と、彼女を奪った公爵への殺意で完全に破綻しかけていた。
◇
それから数日後。
信じられない沙汰が下った。
「事実確認が不十分であったため、国家反逆罪の容疑を全面的に取り下げる」
アレクセイ公爵の圧倒的な権限によって、レナードは無罪放免となったのだ。そればかりか、ヴァルトシュタイン公爵家から、不当な拘束に対する「謝罪」として、一般の貴族が一生かかっても手に入らないほどの多額の賠償金が支払われた。
鉄格子の外へ連れ出され、眩しい太陽の光のなかに放り出されたレナードは、手渡された莫大な額の金貨の袋と、実家への支援の手続きが書かれた書類を、血の混じった瞳で見つめていた。
「釈放だと……? 賠償金……?」
レナードは自嘲気味に、低く笑い声を漏らした。その笑いは、すぐに激しい憎悪へと変わる。
彼にとって、この大金はただの謝罪などではなかった。
『これだけの金と、実家の安泰をくれてやる。だから、エリカは私が買い取った。二度と近づくな』
――最高法官であるアレクセイから突きつけられた、そういう傲慢なメッセージにしか思えなかった。
「金で……エリカを買い取ったつもりか……。俺を金で黙らせて、エリカを自分のものにしたのか……!」
握りしめた拳から、爪が手のひらに食い込み、血が滲み出る。
公爵への激しい憎悪と、自分を置いていこうとするエリカへの絶望。莫大な富を手にしながら、レナードの心は、完全な飢餓と狂気の闇へと叩き落とされていた。




