不器用なあなたへ
どれほどの時間、そうして静かに涙を重ね合っていただろう。
窓のない部屋を満たしていた張り詰めた空気は、いつしか消え去り、そこには互いの体温と、かすかな美しい呼吸の音だけが残されていた。
私の胸に、確かな変化が訪れていた。
この二週間、私が囚われていたこの場所は、間違いなくアレクセイ公爵による強引で理不尽な「誘拐」だった。監禁し、選択を迫り、私の心を奪おうとした彼のやり方は、どこまでも不器用で、歪んでいた。
けれど、彼がその完璧な仮面をかなぐり捨て、子供のように縋りついて流した涙に触れたとき、私は気づかされたのだ。
彼のこの強引な暴挙がなければ、私はあの泥濘から抜け出すことはおろか、自分がレナードの暴力に依存し、それを肯定していたという悍ましい間違いにすら、一生気づけなかっただろう。
皮肉にも、この窓のない静寂の部屋こそが、私を歪な共依存の鎖から引き剥がし、本当の正気へと目覚めさせてくれる場所となったのだ。
もともと、私には「傷ついた人を放っておけない」という、それだけを特化させたような人間性があった。レナードの狂気を受け入れ続けてしまったのも、その資質のせいだったのかもしれない。
けれど今、私のその手は、目の前で静かに涙を流しているもう一人の孤独な男へと、自然に向いていた。
「……アレクセイ」
私はじっと彼を抱きしめたまま、その名をそっと呟いた。
「あなたは、とても不器用な人なのですね」
私の声に、公爵の身体がわずかに震える。
「すべてを手に入れられるほど聡明なのに、人の心の動かし方だけは、何一つ知らなかった。……私を閉じ込めれば、私があなただけを観ると本気で信じていたのですね。そんな風にしか、誰かを求められなかったあなたの孤独を……私は、冷たいと突き放してしまっていた」
私は彼を包む腕に、ほんの少しだけ力を込めた。
それは、かつてレナードを甘やかし、怪物へと変えてしまった盲目的な『許し』ではない。アレクセイという一人の男が抱える、凍えるような渇きを正しく見つめ、その痛みに寄り添おうとする、本当の慈愛だった。
「君を……、君を傷つけるつもりはなかったんだ。ただ、私だけを映すその緑色の瞳が、どうしても欲しかった……」
アレクセイは、私の肩に顔を埋めたまま、掠れた声で愛おしそうに呟く。
彼の背中からは、先ほどまでの激しい震えが消え、どこか安堵したような穏やかさが伝わってきた。
結果として、私たちは歪な形で出会い、歪な形で互いの深い傷を晒し合うことになった。
けれど、この静かな涙のあと、私たちの間には、確かに新しい何かが芽生え始めていた。アレクセイの不器用な愛の鳥籠の中で、私は初めて、自分の意志で彼の孤独に寄り添うことを決めたのだった。




