暗闇の中で
ヴァルトシュタイン公爵邸の最奥で、アレクセイ公爵が剥き出しの孤独を晒していたその頃。
王宮の遥か地下、陽の光も届かない冷酷な石造りの牢獄に、レナードは囚われていた。
「くそっ……! 離せ、エリカ……エリカのところへ行かせろ……!」
捕縛された当初は、獣のように暴れ、鉄格子を殴りつけていたレナードだったが、二週間という時間は、彼の狂気を冷徹な「思考」へと変えさせていた。
じっと暗闇の床に座り込み、彼は錆びついた頭を必死に動かす。
(なぜ、私が国家反逆罪などという大罪に問われている?)
思い返せば、すべてが不自然だった。第一分隊が管理していたはずの機密文書。それが流出したとされる時期、レナードはエリカとのデートや、彼女に贈る貝細工の髪飾りの手配で頭がいっぱいだった。書類に押されていたという子爵家の刻印も、彼の直筆のサインも、本物であるはずがない。
(私のサインを偽造し、一族の刻印を盗み出すか、あるいは完璧な模造品を作れるほどの権力……。狙いは、私か? いや、違う)
レナードの赤色の瞳が、暗闇の中でギラリと妖しく光る。
彼の実家である子爵家は有能な騎士を輩出しているが、国家を揺るがすような政争の中心にいるわけではない。そんな自分を、わざわざ「死罪」にまで追い込むほどの罠を仕掛ける理由。
浮かび上がってくるのは、あの卒業パーティーの夜、エリカを抱きしめる自分を、出窓から冷たく見下ろしていた男の影――最高法官、アレクセイ・フォン・ヴァルトシュタイン公爵。
(あの男だ。あの極夜のような目をした公爵が、裏で糸を引いている……!)
狙いは、自分を社会的に完全に抹殺すること。
そして、自分が「死罪」になったとき、残されたエリカがどうなるか。
「……ああ、そういうことか」
レナードはガタガタと歯の根を鳴らし、自らの髪を掻きむしった。
公爵の本当の狙いは、レナードの命ではない。
レナードという重荷を消し去り、絶望し、無力さに打ちひしがれたエリカを、合法的に、そして「救世主」のような顔をして奪い去ることだ。
(エリカ……君は今、どこにいる? あの男の手に落ちていないか? 私のために、泣いていないか?)
レナードの胸を、狂おしいほどの恐怖と嫉妬が焼き尽くしていく。
もし自分がこのまま処刑されれば、エリカは自分を救えなかったと一生自分を呪い、泥濘の中で生きていくことになる。あるいは、あの公爵の甘い罠に嵌まり、彼の鳥籠に囚われてしまうかもしれない。
「そんなことは……絶対に許さない」
レナードは立ち上がり、鉄格子にゆっくりと近づいた。
二週間、ろくな食事も与えられていないはずなのに、その身体からは、執念だけで練り上げられた凄まじい殺気が放たれている。
「エリカは私の揺りかごだ。私だけのものだ……。あの男に、一瞬でも触れさせるものか……!」
その時、地下牢の暗闇のさらに奥、影の中から、僅かな衣擦れの音が響いた。
公爵が放った『影』の監視の視線。レナードはその気配を正確に捉え、狂気と憎悪に満ちた赤色の瞳で、暗闇を真っ直ぐに睨みつけた。
身の破滅の謎を解き明かした狂犬は、今や檻を食い破り、愛する者を奪還するためだけに、その牙を研ぎ始めていた




