檻と…
再び連れ戻された部屋で、私はベッドの上に縛り付けられていた。
両手首を絹の紐で天蓋の支柱に固定され、寝返りを打つことすらままならない。暴力を振るわれたわけではない。けれど、完全に自由を奪われたこの状態は、どんな暴力よりも私の心を恐怖で支配した。
「なぜだ、エリカ」
公爵はベッドの傍らに立ち、縛られた私の手首を冷たい指でなぞった。
「私は君に衣食住を与え、最高級の部屋を用意した。あの狂犬のように、力任せに君を傷つけるような真似もしなかった。それなのに、なぜ私の元から逃げようとする?」
私は恐怖に震えながらも、彼の目を真っ直ぐに見つめて言い放った。
「……レナードは、私を、必要としてくれています……! 彼は私がいなければ、泣いて、壊れてしまう……! だけど、あなたには、私なんていなくても……!」
その言葉を聞いた瞬間、公爵の瞳が大きく揺れた。
彼は、すべてを持っている男だった。地位も、権力も、美貌も、財産も。
だが、誰も彼そのものを無条件で愛してなどくれない。皆、公爵という記号にひれ伏しているだけだ。
彼が本当に欲しかったのは、レナードが受けていた、あの底なしの、命を賭した『心からの愛』。エリカという唯一無二の揺りかごだったのだ。
「……私には不要、だと?」
アレクセイ公爵は低く呟き、縛られている私の頬を、壊れ物を触るようにそっと撫でた。その手は、怒りに燃えているはずなのに、酷く寂しげに震えている。
「ならば、どうすれば君の心は私に向く? どうすれば、その極上の愛を私に注いでくれるんだ?」
公爵の瞳に、歪んだ、だけど純粋な執着の炎が灯る。
「あの男のように、私が君の前で泣けばいいのか? それとも、君を脅し、絶望のどん底に突き落とせば、私に縋ってくれるのか……? 面白い。これから色々と言い試してみよう。君のその瑞々しい緑色の目が、私だけのものになるその日まで」
自由を奪われた私の前で、公爵は狂気と切なさを孕んだ微笑みを浮かべ、じわじわと私の心を侵食するための『実験』を始めようとしていた。




