表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/26

囚われの鳥

公爵の冷たい唇が私の手の甲に触れた瞬間、全身に鳥肌が立った。

選ぶことなど、できなかった。

私の身を彼に捧げるということは、レナードを裏切るということ。私が他の男のものになったと知れば、ただでさえ壊れやすい彼の心は、今度こそ完全に狂ってしまうに違いない。

「……嫌、です……。私は、レナードの婚約者です……! 彼を裏切るような真似は……」

私は震える声で絞り出し、公爵の胸を弱々しく押し返そうとした。

けれど、アレクセイ公爵は微動だにしなかった。それどころか、押し返そうとした私の両手首を、優しく、けれど絶対に逃がさない鉄の力で掴み、ベッドの上に縫い止めたのだ。

「裏切り? 心外だな、エリカ。私は君に、彼を救うための『聖女』になれと言っているんだよ」

公爵は困ったように眉を下げ、まるで聞き分けのない子供をあやすような声音で囁いた。

「君が私を拒めば、彼は数日中に公開処刑される。君の実家も、反逆者を匿った罪で取り潰しだ。……君がそのちっぽけなみさおとやらにこだわったせいで、大好きな人たちが全員死ぬ。それこそが、本当の『裏切り』ではないのかな?」

「あっ……、あ、ああ……」

言葉が出なかった。

公爵の紡ぐ言葉は、あまりにも理路整然とした絶望だった。

「泣かないでおくれ。私は君を傷つけたいわけじゃない。むしろ逆さ。あんな狂犬の顔色を窺い、怯え、手首にあざを作られる日々から、君を解放してあげたいだけなんだ」

公爵の長い指が、レナードに掴まれて青くなった私の手首をそっと愛おしそうに撫でる。

「私の妻になれば、誰も君を怯えさせない。この美しい部屋で、何不自由なく、ただ愛されていればいい。君の望む平穏のすべてを、私が与えよう。……その代わりに、あの男のことはすべて忘れなさい」

「忘れるなんて……そんなこと、できるわけが……!」

「できるさ。人間は、見えないものは忘れていく生き物だからね」

公爵はそう言って、私の耳元に顔を近づけた。

「――仕込みはすべて終わっている。君がここで『はい』と頷くだけで、明日の朝には彼が釈放される。……さあ、どうする? 私の愛しい白鳥。君のその綺麗な緑色の目で、私に救いを求めなさい」

窓のない部屋。時間の止まった金色の檻の中で、私は究極の選択を迫られていた。

レナードを救うためには、彼の愛した私を殺し、公爵の操り人形になるしかない。

私は絶望に身を震わせながら、涙の向こうに浮かぶ、あの優しくも狂おしいレナードの赤色の瞳を、必死に思い浮かべていた――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ