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交渉

どれほどの間、そうして膝を抱えていたのだろう。

終わりのない静寂に精神が擦り切れ、恐怖と無力感で息もうまく吸えなくなっていた、その時だった。

カチャリ、と静かに扉の鍵が開く音がした。

そのわずかな響きに、私は弾かれたように顔を上げた。

ゆっくりと開いた扉の向こうから現れたのは、淡い光を背負ったアレクセイ公爵だった。彼は、闇のなかに迷い込んだ私を見つけ出すかのように、極夜の海のような瞳を優しく細めて歩み寄ってくる。

「――酷く顔色が悪いね、エリカ。可哀想に、こんなに震えて」

公爵はベッドの端に腰掛け、私の冷え切った両手をそっと大きな掌で包み込んだ。

驚くほど温かいその体温が、凍りついていた私の身体にじわじわと染み渡っていく。何の音もしない、誰も来ないあの地獄のような時間の中で、ようやく触れることのできる「他者の存在」に、私は本能的な安堵を覚えていた。

「閣下……! レナードは、レナードは無事なのですか……!? お願いです、教えてください……!」

私は縋りつくように、彼の外套の袖を握り締めた。

「ああ、安心していい。彼はまだ生きているよ。我が家の『影』を動かして、地下牢での待遇も、命の保証も、すべて私の方で手を回しておいた。……すべては、君との約束を守るためだ」

「……っ、本当、ですか……! よかった……!」

その言葉を聞いた瞬間、張り詰めていた緊張が解け、目から大粒の涙が溢れ出した。

無事だった。レナードはまだ生きている。暗闇の中で、彼が絶望して死んでしまうのではないかという恐怖から、ようやく解放されたのだ。

「ありがとうございます……、本当に、ありがとうございます……」

何度も頭を垂れて涙を流す私を、アレクセイ公爵は拒むことなく、むしろ愛おしそうに、その長い指先で私の涙を優しく拭った。その触れ方は、傷つきやすい小鳥をあやすかのように酷く丁寧で、紳士的だった。

「礼を言うのはまだ早いよ、エリカ。先ほども言った通り、これは『交渉』なのだから」

公爵の低く、心地よい声が、窓のない部屋に甘く響く。

「国家反逆罪の容疑を完全に晴らし、彼をあの冷たい地下牢から釈放する。さらに、連座されるはずの君の家族、男爵家もすべて無傷で守る。……最高法官である私にはそれが可能だが、そのためには、相応の『理由』が必要になる」

「理由、ですか……?」

涙に濡れた目で彼を見上げると、公爵は私の髪にそっと触れ、あの日、レナードが贈ってくれた貝細工の髪飾りに指を這わせた。

「そう、理由だ。私には、縁もゆかりもない他人の、それも反逆の罪を着せられた男を命がけで救う義理はない。だが……もし彼が、私の『最愛の婚約者の、かつての知人』だというのなら、話は別だ」

公爵の言葉の意味が、すぐには理解できなかった。

最愛の、婚約者。

「……それは、一体……」

「簡単なことだよ、エリカ。君がレナードとの婚約を破棄し、私の妻になる。君が私のものになれば、私は公爵家の全権をもって、君の愛する家族と、君の可哀想な元婚約者の命を救うと約束しよう」

完璧な微笑みを浮かべるアレクセイ公爵。

その瞳は、どこまでも優しく、私を包み込むような慈愛に満ちているように見えた。

けれど、彼の言っていることは、私とレナードの未来を根こそぎ奪い去る、恐ろしい宣告だった。

「そんな……っ、私は、レナードの、彼の揺りかごに……!」

「彼の揺りかご? ふふ、エリカ。今の君に、何ができるというんだい?」

公爵は、私の言葉を優しく、だけど残酷に遮った。

「君があの男をどれだけ愛していても、今の君には、彼に温かい食事を出すことも、地下牢の鉄格子を外してあげることもできない。君のその小さな手では、彼を死罪から救うことは絶対に不可能なんだよ。……彼を救えるのは、この世で私だけだ」

「あ……」

私の無力さを、公爵の言葉が的確に突き刺していく。

そうなのだ。私がこの部屋でいくら泣き叫ぼうとも、レナードを救う力は、私には一滴もない。

「選ぶといい、エリカ。私にその身を捧げて、彼も、君の家族も、すべてを救うか。それとも、私の手を拒絶して、彼が処刑台へ昇るのをこの部屋でじっと待ち続けるか」

アレクセイ公爵は、私の右手を口元へ運び、手の甲にそっと深い口づけを落とした。

その極夜の海のような瞳が、妖しく、美しく、絶望に震える私を見つめていた

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