タイトル未定2026/05/20 06:43
講義を終えて、製図室で出題されたばかりの課題のデザインの話し合いをしていた、流花と渚。
そして、流花と渚の男性の友人の佐野と田中。
外は日が暮れていた。
四人は大きな設計図を広げ、課題のデザインを話し合いながら描いていた。
「流花ちゃんと田中のおかげで、デザインがほぼ決まったよ」
佐野が、嬉しそうに言うと流花が言った。
「佐野君だって、設計図に的確にデザインしていたよ。なぎちゃんは、アドバイスしてくれたし」
それぞれ称え合い、穏やかな雰囲気が漂っていた。
何気なく携帯の時計を見た佐野が、声を上げた。
「うわぁ、もう八時回っている」
「キリが良いから、今日はこの辺で終わろうか」
流花の提案に、渚も言った。
「そうね。次は、材料集めか。明日何を集めるか意見を出し合おう」
「じゃ、詳しいことは明日決めようぜ」
佐野が言うと、流花と渚と田中の三人は頷き、それぞれ机の上に広げた設計図を片付け、製図室を掃除した。
大学のキャンパスを出ると、自然に前方を渚と佐野が歩いた。
彼氏彼女の関係の渚と佐野は、楽しく盛り上がっていた。
後方を歩く、流花と田中。
流花は同年代の女子みたいに大きくはしゃぐタイプではなく、田中は元々無口だから、後ろを歩いていた流花と田中は、言葉少なげに歩いていた。
前方を歩いていた佐野が突然立ち止まり、流花と田中も立ち止まった。
身体ごと振り向いた佐野は、驚きの声と共に大きな声を上げた。
「流花ちゃん、なぎちゃんが言っていた例のマスターと付き合っているんだって?」
流花は大きく目を見開いたまま、動けなくなっていた。
「もぉ〜隠すことないじゃん!」
笑いながら言った佐野は、再び歩き出した。
「マスターと付き合っているんだ?いつから?」
歩きながら田中が、流花に聞いてきた。
「大学一年の途中から」
「一年の途中から?本当は、もっと前から付き合っていたんじゃ」
「一年の途中から、ちゃんと付き合うようになった」
流花がそう答えた後、渚と佐野が振り返り、渚が流花と田中に言った。
「流花ちゃん、田中君また明日」
「うん、またね」
流花が言うと、佐野も軽く手を上げ「じゃっ」と言った。
渚は佐野の手を取り、歩き出した。
遠ざかる渚と佐野を見つめていた田中は言った。
「流花ちゃん、送るよ」
そう言った田中は、流花の手を取った。
流花は反射的に、田中の手を振り払った。
流花は自分がやった行為に驚いて、田中を見つめた。
「マスター以外の男には、触れられたくない……てか?」
「そう言うわけじゃ……」
「だよな」
流花は静かに、息をついた。
「せめて、俺と二人きりの時は、友達以上の関係でいたいんだけど」
「田中君……何を言っているの?」
「本当に、マスターとつきあっている?振り回されているだけじゃないのか?」
「田中君、いいかげんにして!」
初めて見せる流花の気迫に、田中は驚き素直に謝った。
「ごめん」
流花は静かに、にっこり微笑んで言った。
「またね」
そう言った流花は、街灯がきらびやかな繁華街の中を駆け出した。
流花は繁華街を抜け、薄暗い路地に入って行った。
細い路地を歩き、その中にあるうっかりしたら通り過ぎそうなラーメン屋の前に流花は立った。
店の前に立った流花は嬉しそうにニッコリ笑うと、店の中に入って行った。
遅い時間のせいか店内は、男性客が一人いただけだった。
店の近所に住んでいるのか、着の身着のままの姿だった。
アルコールが入っているのか、ほろ酔い気分で赤ら顔だった。
流花は定位置の、調理場がよく見える隅のカウンター席に座った。
路地にあるラーメン屋。
このラーメン屋は、若菜に誘われて初めて来店した。
小さな店だが、ラーメン以外にもメニューが豊富で味も美味しくリーズナブルだった。
流花はすっかり気に入ってしまい、密かに月一に通う常連客になっていた。
店主と顔なじみになり、流花は店主に会えるのを楽しみにしていた。
店主も流花のことを、気に入っていた。
ラーメン屋の店主。
年齢は不明だが、五十代以上と流花は見ていた。
小柄で頭は禿げ上がり、下腹が出て何処にでもいそうな中年男性だった。
しかし、大きな目をしていつもニコニコして、自ら「男性も女性もイケる」と自称していた。
本当の名前かどうかわからないが「もえ」と名乗り、常に「オネエ言葉」で会話をする。
店主のもえも、流花のことをすっかり気に入っていた。
「流花ちゃん、いらっしゃい」
調理場でもえが、嬉しそうに言った。
流花が何も言わなくても、もえはチャーハンと餃子を作り始めた。
流花は、セルフサービスのおしぼりとお水を取りに行った。
「チャーハンと餃子」
流花が気に入ったメニューで、流花が来店をすると、もえはチャーハンと餃子を提供していた。
やがて、チャーハンと餃子が流花の目の前に置かれた。
「いただきます!」
思い切り両手を合わせて流花が言い、レンゲを手にしてチャーハンを食べだした。
流花は、歓喜の声を上げた。
「……いつもと、変わらない味。美味しい!」
パラパラ飯と固くなりすぎていない卵のチャーハンが、流花をすっかり虜にしていた。
餃子はカリッとした皮に、肉々しい肉から油がジュワッと流れ、口いっぱいに、生姜の香りが広がった。
流花は「これ、これ、これ〜」と言うように、目をつぶって何度も頷いた。
カウンターの中で、店主は満面の笑みを浮かべた。
「本当に、いい食べっぷりねぇ。作り甲斐があるわぁ」
「やだなぁ。私、大食いみたいじゃない」
「違うわよ!流花ちゃんの食べっぷりに、癒されているのよ」
「そうぉ?私、普通に食べているだけ、だけど」
流花の言葉に、もえは声を上げて笑った。
「流花ちゃんったら、ホント自覚がない子ね」
もえの言葉は流花に届かず、流花は不思議そうな顔をした。
店内にいた男性客が、会計を済ませほろ酔い気分で帰って行った。
もえは調理場にあった椅子に腰掛け、カウンターに頬杖をついた。
「彼氏、バイト先のマスターだっけ?」
流花は恥ずかしそうに、小さく頷いた。
「彼氏は、流花ちゃんの自覚のなさに惚れたのかしら」
「さぁ……考えたことがないから、わからない」
「流花ちゃんらしい。まだ、二人で出かけていないの?」
「学校が、忙しくて」
「それがきっかけで、流花ちゃん達はケンカをすることはないでしょうけど」
……そう言えば、ケンカなんてしたことがなかった。
流花が思いを巡らせていると、もえが言った。
「いつになったら、彼氏をここに連れてきてくれるの?」
流花は何も言わず、笑顔でもえを見ていた。
「アタシがゲイだからって、流花ちゃんの彼氏を、盗ったりしないわよ!」
流花は、声を上げて笑った。




