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タイトル未定2026/05/20 06:38

「ただいまぁ」

 元気よくマンションの玄関のドアを開け、大門が学校から帰って来た。

 麻生大門あそうだいもん

 小学校一年生になるのを機に、麻生家の養子になった。

 大門は、現在小学校三年生。

 身長も少しずつ伸び、クラスでも後ろの方だった。

 最近では、遠方から同じマンションに越してきて、大門と同じクラスになった游太ゆうたと親しくなり、一緒にいる時間が増えていた。

 大門も游太も同じくらいの身長で、二人とも穏やかな性格だった。

 外で一緒に遊んでいると「双子」と、よく間違わられた。

 ランドセルを背負ったまま大門は洗面台で手を洗い、リビングに行った。

「お帰りなさい」

 キッチンで、夕飯の下ごしらえをしていたまちこが言った。

 まちこは、マスターが生まれる前から麻生家の家政婦として、働いていた。

 マスターが実家を出て、マンションで暮らすようになってからは、マスターの実家とマスターが住むマンションを行き来している。

「まちこ」の名前から「おまちさん」と、呼ばれていた。

 大門はランドセルから昼間学校で使ったお箸セットとコップを出した。

 台所で夕飯の下ごしらえをしていたまちこの側に行き、お箸セットとコップをまちこに手渡した。

「お願いします」

「はい」

 大門から手渡されたまちこは、お箸セットを洗い出した。

 大門は洗面台に行き、給食袋を洗濯カゴの中にに入れた。

 小学生らしくない行為だが、元々の大門の性格と、大門が幼い頃からまちこがずっとしつけてきた賜物だった。

 リビングのテーブルに戻った大門は、ランドセルから宿題のプリントや書き取り帳を出し、宿題をやりだした。


 三十分程で宿題が終わり、明日の学校の支度をした。

 夕飯の下ごしらえをしていたまちこは、大門の側に来た。

「今日も、游太君と遊ぶの?」

「うん、公園で遊ぶんだ」

 宿題を終えてから遊ぶ。

 いつものルーティンだった。

「クッキー焼いたから、游太君と食べて」

 まちこは二つの袋に入ったクッキーを大門に手渡し、大門はクッキーを受け取った。

「ありがとうございます。行ってきま〜す」

「行ってらっしゃい。夕方のチャイムが鳴ったら、帰ってくるんですよ」

「は〜い」

 大門は、元気よく玄関に向かって走り出した。


 マンションの目の前の公園が、大門と游太の遊び場だった。

 大門と游太は、家から持ってきたお菓子を食べだした。

「おまちさんが作ったクッキー美味しいね」

 大門からもらったクッキーを、游太は笑顔で食べた。

「おまちさんが作ったご飯も美味しいよ」

 お菓子に夢中になっていた大門と游太は、無言のまま食べ続けた。

 お菓子を食べ終えると、游太が聞いてきた。

「お母さん、ご飯作ってくれないの?」

「お母さん?」

「いつも、おまちさんがいるよね。お母さんいないの?」

 ……お母さん。

 薄々気がついていた。

 自分には、お母さんがいないと言うことを。

 少し言いにくそうに、游太が言った。

「大門君、お父さんのことお父さんって、呼ばないよね」

「うん。游太君は、お父さんって呼んでいるの?」

「お父さんって、呼ぶよぉ」

 笑いながら、游太は続けた。

「大門君のお父さんって、背が高くてやさしくて、かっこいいね。大門君が、お父さんって呼ばないのも、かっこいい!」

「かっこいい?」

「かっこいいよ!」

 お菓子を食べ終えた游太はブランコの方へ走って行き、大門もブランコの方へ走って行った。

 少し遅れて大門がブランコに乗ると、競うように大門と游太はブランコをこいだ。

 ブランコをこぎ続けた後は、滑り台で滑ったり、夕方の時報のチャイムが鳴るまで大門と游太は、公園で遊んだ。


 游太と別れた大門はマンションに戻り、洗面台で手を洗った。

 リビングに戻ると、洗濯物を取り込んだまちこがいた。

「お帰りなさい」

「おまちさん、ただいま」

「私は、帰りますね。又明日来ます」

「おまちさん、ありがとう」

 まちこはリビングを出て、玄関に向かった。

 大門も一緒に歩き、まちこを見送る。

 玄関で靴を履いているまちこに、大門が言った。

「游太君が、クッキー美味しいって、言っていたよ」

「あらぁ、嬉しいわぁ。次は、何を作ろうかしら」

 まちこは喜びの声を上げ、マンションを出て行った。


 一人になった大門は、リビングでぼんやりテレビを見ていた。

 三十分程テレビを見ていると「ただいま」と言うマスターの声が聞こえ、しばらくするとマスターがリビングに入ってきた。

「お帰りなさい」

 テレビを観ていた大門は、振り返って言った。

 この日は昼間マスターが仕事をする実家の診療所が、午後休診の為いつもより帰りが早かった。

 寝室に行って着替えを済ませたマスターは、昼間まちこが下ごしらえをした材料を冷蔵庫から出して料理を作り始めた。

 料理を作っていると、テレビを見ていた大門はテレビを消すと、マスターに近づいてきた。

「ご飯何?」

「親子丼です。大門、お箸をテーブルに出してください」

「は〜い」

 大門はテーブルに、お箸を出した。

 既に野菜がカットされていたので、後は調理をするだけだった。

 ご飯は既に、炊き上がっていた。

 親子丼と味噌汁が出来上がり、マスターはテーブル席に親子丼と味噌汁を並べた。

 マスターと大門はテーブルを挟んで向かい合って座った。

「いただきます」

 ご飯の上に乗っていた、卵を食べた大門が言った。

「卵、とろっとして美味しい」

「良かったです」

 大門の言葉に、マスターは嬉しそうに言った。

「まだあるから、おかわりして下さい」

「うん」

 夕飯は、静かな時間が流れた。


 夕飯が終わると、マスターはジャージに着替えた。

 タオルを首にかけると、大門も同じようにタオルを首にかけた。

「大門行きますか?」

「うん!」

 玄関に行ってスニーカーを履くと、マスターと大門は夜のジョギングに出かけた。

 大門が小学生になったのを機に、マスターは夜のジョギングをするようになった。

 当時大門は小学一年生だった為、まちこがマンションで寝泊まりをしていた。

 大門が三年生になると、「七海と一緒にジョギングしたい」と言い出し、一緒にジョギングをするようになった。

 そうなると今までマンションに寝泊まりをしていたまちこは、夕飯の下ごしらえをした後マスターの実家に帰るようになった。

 ジョギングを終え、マンションに戻り、順番に風呂に入った。

 風呂から出た大門は、冷蔵庫からミネラルウォーターを出して飲んでいた。

 飲み終えた大門は、リビングのソファーに座り込んだ。

 やがてマスターも大門と同じように、冷蔵庫からミネラルウォーターを出して飲んだ。

 キッチンでマスターがミネラルをウォーターを飲んでいると、ソファーに座ったまま大門がキッチンのほうを振り返りマスターに言った。

「七海のこと、お父さんって、呼ばなくても良いの?」

 ハッとなったマスターは、大門の方を向いて表情を崩さずいつものようにやさしく言った。

「突然、どうしたんですか?」

「游太君がお父さんって、呼ばないんだって言った」

 マスターは口元に手をやり、しばらく考えていたが、逆に大門に聞いてきた。

「大門、ボクのことをお父さんって呼べますか?」

「えっ、七海のことを?」

 そう言った大門は、黙り込んでしまった。

「無理しなくて良いですよ。ボク達は、お互い呼び捨てで呼び合おうって決めたんだから」

「そうなの?」

「大門、覚えていないんですか?」

「うっ……うん」

「誰が何と言おうと、ボク達はボク達です」

「うん!」

「明日も、学校がありますよ。ボクも、もう寝ます」

「は〜い。七海、おやすみなさい」

「おやすみ」

 大門がソファーから降りてリビングを出ていくと、七海はキッチンを離れそれまで大門が座っていたソファーに腰を下ろした。

 両足を上げてソファーの上で体育座りをするように座り、膝の上で両腕を組むと、その上に顎を乗せた。

「お互い呼び捨てで呼び合おう」と、二人で決めたことを大門は覚えていなかった。

 ……大門。幼い時の辛い記憶は、忘れたままでいい。

 血の繋がりはないけれど、ボクは大門の父親です。


 リビングを出た大門は、自分の部屋のベッドの中にいた。

 広くはない部屋だが、大門の私物は全てリビングにあり、ベッドしか置かれていないので、部屋は広く感じる。

 布団に入った大門は、一つだけマスターに聞けなかったことがあった。

 ……七海。大門のお母さんって、何処にいるの?

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