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兵士たちに導かれ、団家がたどり着いたのは、冒険者ギルドの巨大な建物の影にひっそりと佇む二階建ての石造りだった。

かつては何かのお店だったのだろう。古びた木の看板が風に揺れ、ギィギィと物悲しい音を立てている。


「ここだ。長らく空き家だが、建物自体は頑丈だぞ。何より、天使殿の健やかな成長には、これくらいの広さが必要だろう」


そう言って鼻息を荒くする兵士の横で、ヒロトは建物の外壁にそっと手を触れた。


「(万物創造・鑑定……)」


脳裏に設計図のような光の線が走る。

築八十年。土台はしっかりしているが、配管はボロボロ、屋根裏には得体の知れない小動物が住み着いている。普通ならリフォームに数ヶ月はかかる物件だ。


「よし。まこ、とっくん、ちょっと下がってて」


ヒロトが右手の紋章を輝かせ、壁に両手を突き立てた。


「——『リノベーション・フルコース』!」


ドォォォォン! という低い地鳴りとともに、家全体が生き物のように脈動した。

埃が舞い、腐った木材が瞬時に艶やかな新しいオーク材へと置換され、割れた窓ガラスが水晶のような透明度を取り戻していく。

一分と経たぬうちに、そこには「新築」と言われても遜色ない、温かみのある北欧風のカフェ兼雑貨屋が姿を現した。


「パパ、すごいっ!! とってもいい感じじゃない!」

「ばぶ、ばーぶ!!」


まこが統太を抱き直して歓声を上げる。

兵士たちは「これは一体……何がどうなった……」と呆気にとられていた。


「さて、まずは片付け……の前に、腹ごしらえだな」


ヒロトは店の奥に設けたキッチンへ向かった。

そこには、ヒロトのスキルで再現された、見た目は石造りだが機能は最新式のシステムキッチンが、鎮座している。

ピクニックの残りのバスケットから取り出したのは、少し潰れた卵サンドと、魔法瓶に入ったままのほうじ茶。


「異世界での最初のご飯が、代◯木公園で作ったサンドイッチっていうのも、うちららしいわね」


まこが笑いながら統太に離乳食を与え、三人はカウンターで肩を並べた。

窓の外には、異世界の夕刻が迫っている。紫色の空に、二つの月が昇り始めていた。


---


翌朝。

団家の「異世界支店」は、予想外の形で最初のお客を迎えることになった。


「おい……ここ、昨日までボロ屋だったはずだろ」


ギルドから出てきたばかりの、大きな戦斧を背負ったドワーフの男が、ピカピカの扉の前で足を止めた。

看板には、ヒロトが彫り上げた『DAN FAMILY SHOP』の文字。


「いらっしゃいませ! 準備中だけど、お茶くらいなら出せるわよ!」


扉を勢いよく開けたのは、エプロン姿のまこだ。

大雑把な彼女は、相手が筋骨隆々のドワーフだろうが、恐ろしい獣人だろうが関係ない。

その太陽のような笑顔に、ドワーフのバルカスは気圧された。


「……あ、ああ。喉が渇いてたんだ。適当に頼む」


バルカスが恐る恐る店内に入ると、そこには不思議な空間が広がっていた。

木の香りが心地よく、カウンターの隅では一歳の赤ん坊が、空飛ぶ木のおもちゃ(ヒロト自作)を追いかけて「きゃっきゃ」と笑っている。


「はい、お待たせ! 特製、黄金のハーブティーよ」


まこが差し出したのは、先ほど裏庭で見つけた「赤い光を放つ花」を乾燥させ、ヒロトがスキルの微調整で毒性を抜いて風味を極限まで高めたものだった。


「……っ!? なんだこれは……」


一口飲んだバルカスの目が、見開かれた。

喉を通り抜ける爽やかな刺激。

それと同時に、長年の戦いで蓄積していた肩の重みが、霧が晴れるように消えていく。


「おい、これ……回復薬ポーションの比じゃねえぞ! 体力が底から湧いてきやがる!」


「あら、ただの道端の花よ? パパがちょっと手を加えただけ」


まこがケラケラと笑う。

実は、ヒロトが裏庭で採取したその花は、この世界では「龍の息吹草」と呼ばれる超希少な霊薬の原種だった。


通常、加工には高度な錬金術が必要だが、ヒロトの【万物創造】は「概念」さえ理解すれば、素人でも最高級の品質へ昇華させてしまうのだ。


「これだ……俺が求めていたのは、これだ! 頼む、この茶葉を売ってくれ! これがあれば、奥地の『黒い森』の調査も耐えられる!」


バルカスは金貨をテーブルに叩きつけた。それが、団家の異世界での初売り上げとなった。


「おめぇさん、なんでも屋ってことは、本当になんでも作れるのか?」


バルカスが神妙な顔つきでヒロトに訪ねた。


「 えーっと、はい、多分……?」


ヒロトは今日異世界に来たばかりだ。

自分が何をどれくらい、どの程度作れるのか定かではないため、曖昧な返事しか出来なかった。


「そうか……。ダメ元でも構わん!作ってもらいたいものがあるんだ!!」


バルカスが目を輝かせながらヒロトの両手を強く握り、懇願し始めた。


バルカスの話を聞いたヒロトは、なんとなく理解し、考える。


「お気に召す物が出来るか分かりませんが、とりあえずやってみます!!」


「パパ、頑張って!」

「ばーぶ!」


まこと統太が後ろで見守りながら応援する。


「【万物創造!!】」


あたりがぱーーっと光り輝き、ヒロトが作ったものが顔を出し始めた。


『ポータブル・全自動焚き火台』


ヒロトがカウンターに出したのは、掌サイズの鉄の箱。魔石を一つ放り込めば、煙を出さずに一晩中安定した火力を保ち、上部で調理もできる優れものだ。


「これだよこれ! 湿った森での野営は地獄だからな。これがあれば暖に困る事もない、冷めたメシを食わなくても済む!」


バルカスは興奮しながら、ヒロトが作った『ポータブル・全自動焚き火台』試し始めた。


「欲しいものと合ってたでしょうか?」


バルカスの様子から間違っては無かったと思いつつ、ヒロトはとりあえず尋ねてみる。


「おめぇさん、すごいな…。想像してたものよりずっと優れてるぜ」


「それは良かった!今後ともぜひご利用下さい!」


「おう!そうさせてもらうぜ!…して、これは金貨何枚だ?」


バルカスにそう聞かれてヒロトは悩んだ。

異世界の相場がまだ何も分からないからだ。

ヒロトが悩んでいると、まこが統太を抱えながらバルカスに近づいた。


「この代金は要らないよー。ただ代金の変わりと言ってはなんだけど、一つ頼み事をしてもいいかしら?」


「 おう!なんでも言ってくれ!」


ヒロトは突然のことで、まこが何を頼むのか不思議な思いで聞いていた。


「私たちのお店の事を、バルカスさんの知り合いの冒険者にも伝えて欲しいの」


まこはヒロトの方を向き、ウィンクした。

ヒロトはまこの考えを瞬時に悟った。


商売はお客が来て成立する。

どんなに良い品を作っても、買ってくれる人がいないと意味がないのだ。


自分たちはこの世界に来たばかりだから、品作りに励みながらも、客引きもしなければならない。

そしてゆくゆくは、常連をいっぱい持つことで安定も確保したい。


まこはバルカスを通じて、客引きと宣伝をしようとした。


「そんなこと、お安い御用だぜ!品質の良さについてもしっかり宣伝しておくから安心してくれ!」


「ありがとうございます!今後ともご贔屓に」

「ばぶ、ばーぶ!」


まこと統太が営業スマイルたっぷりで、バルカスさんを見送った。



ヒロトが【万物創造】で生み出した特製のオーブンからは、香ばしいパンの匂いが漂い、まこが淹れるハーブティーの湯気が、キラキラと輝いている。


「よし!これなら異世界でも、なんとか暮らしていけるかもね!パパ、とっくん、よろしくね」


「ばーぶ!」

「おう!」


特等席であるカウンターのベビーチェアに座った統太が、元気よく返事をする。

---


閉店後、この世界で需要がありそうな品をヒロトは考えた。

ギルドの隣ということは、冒険者が多く集まる場。

そこでヒロトは「絶対に刃こぼれしない短剣」という武器を試しに作ってみる。

まこ冒険者が道中サクッと食べられるように「異世界風アレンジおにぎり」を発案した。

そして統太は「存在そのものによる癒やし」効果を狙う。

いわゆる看板娘ならぬ看板息子だ。


しかし、平和な日常に影が差す。


「パパ……ちょっと、これ見て」


まこが深刻な顔でヒロトを呼んだ。

彼女が指さしたのは、店の奥、一階の突き当たりにある重厚な鉄の扉だ。

リノベーションの際、ヒロトのスキルをもってしても「中が読み取れない」として手付かずにしていた地下室への入り口。


「開かずの地下室」の扉から、細かな光の粒子が漏れ出していたのだ。


「……ん? とっくん?」


まこがふと見ると、統太がベビーチェアから消えていた。

慌てて奥へ走ると、そこには、閉まっていたはずの地下室の扉の前で、お尻を振ってハイハイする陽太の姿があった。


「だめよとっくん、そこはパパが……って、ええっ!?」


扉が、開いている。

ヒロトのチート能力でもびくともしなかった鉄の扉が、統太が触れただけで、まるで歓迎するように解錠されていた。


地下へと続く階段を降りると、そこには冷たい石壁に囲まった広大な空間が広がっていた。そしてその中心で、一輪の「光る蕾」が、今にも枯れそうに項垂れている。


「……これ、精霊の苗床?」


ヒロトも異変に気づき、駆けつけた。

その時、蕾の周りから、小さな羽の生えた光の粒——「下級精霊」たちが、悲鳴のような羽音を立てて溢れ出した。

どうやら、迷宮の奥から漏れ出した「濁ったオーラ」に当てられ、精霊たちが衰弱しているようだった。


「パパ、なんとかできない!?」


「やってみるが、精霊は生き物だ。無機物を作るのとは勝手が……!」


ヒロトが手をかざすが、精霊たちは怯えて散ってしまう。

その時だった。


「あー、うー!」


統太が、両手を広げて精霊たちに呼びかけた。

【愛されし者の加護】が発動する。

統太の体から、春の陽だまりのような温かな波動が広がった。


すると、どうだろう。

狂ったように飛び回っていた精霊たちが、吸い寄せられるように統太の周りに集まってきたのだ。

統太の頭に止まり、肩に寄り添い、小さな手の中で丸くなる。


「きゃはっ!」


統太が笑いながら、弱った精霊の一柱をそっと撫でた。

その瞬間、統太の純粋な生命力が精霊に流れ込み、精霊の色がくすんだ灰色から、鮮やかな黄金色へと変わった。


『……ああ、清らかなオーラよ……』


人の言葉ではない。

だが、直接脳内に響くような澄んだ声。

中心の蕾が花開き、中から幼き少女の姿をした「光の精霊女王」が現れた。

彼女は統太の額に優しくキスをすると、ヒロトとまこに向かって深く一礼した。


『この地のくさびが、幼き救世主によって浄化されました。団家の方々……あなた方の営むこの店は、今より精霊たちの加護を授かりましょう』


その日からヒロトの打つ剣には精霊の加護が宿り「属性攻撃」が付与されるようになった。

まこの淹れる茶には精霊の光が混じり、飲んだ者の病を治す「エリクサー」へと進化した。


精霊たちと遊び、笑う統太の周りには、自然と最高品質の素材や珍しい果実が集まってくる。


「パパ、これ見て! 精霊さんたちが持ってきたこの果物、すごく甘いの!」


「……おいおい、これは伝説の『世界樹の実』じゃないか? これでジャムを作ったら、金貨何枚になるんだ……」


その時、光の精霊女王は、ヒロトにだけ静かに告げた。


『地下の奥深く、迷宮の最深部に「元の世界」へ通じる歪みがあります。しかし、そこには精霊さえも近づけない「虚無」が潜んでいる……。あの幼き光の力がなければ、辿り着くことは叶わないでしょう』


ヒロトは、精霊とキャッキャッと遊ぶ統太を見つめた。

ただのピクニックのはずだった。

それが今や、家族で世界を救う旅路の入り口に立っている。


「……まこ。うちの看板息子、ちょっと世界を救うには早すぎると思わないか?」


「何言ってるの、パパ。とっくんなら大丈夫よ。だって、私たちの息子だもん」


まこは笑ってヒロトを励ました。


「さあ、迷宮探索向けて『特製お弁当』の仕込みをしなきゃ!」


「……ああ、そうだな。家族三人、どこへ行くのも一緒だ」


ヒロトは【万物創造】を発動させた。

次に作るのは、剣でも盾でもない。

精霊の加護を纏い、あらゆる衝撃から統太を守り、なおかつ最高の寝心地を約束する——「最強の、空飛ぶ全自動ベビーカー」だ。


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