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翌朝、目を閉じたまま体を捻り、手探りで眼鏡を探していると掌の上に求めていたものが置かれた。眼鏡をかけると目を開き、あくびを漏らしながら、自分を覗き込む陰に手を上げる。
「よう、起きてたか」
「はい、おはようございます。……フェネアンさん、床で寝たんですか?」
トレートルは首を傾げながら、頭もとにチョコンと座っていた。フェネアンは体を起こすと頭を掻き、ボーっとした表情で胸元に手を運ぶ。
すると再び、自分が求めたものが目の前に差し出され、思わず苦笑した。
「あー……、いや、今日はいいや……」
「ボク、先にロビーに行っていますね!」
煙草とライターをフェネアンの手に置くと、トレートルはニッコリと笑みを浮かべて部屋のドアに向かって行った。精一杯背伸びをしてドアノブを捻るとすぐに外へ出ていき、フェネアンはそれに更に苦い笑みを浮かべると遠慮なく煙草を口に咥える。
「ガキのくせに、変な気を遣いやがる……」
ため息を一つもらし、朝の貴重な一服を満喫するのだった。
「ご利用ありがとうございました」
部屋の鍵を返すと、昨晩の受付嬢がペコリと頭を下げた。フェネアンは指の腹で頬を掻くとホテルの出口に向かおうとし、しばらく悩みながらも振り返る。
「嬢ちゃんも、さっさと研究所に連れてってもらえよ。……あんまバンボルとしゃべって、感染しないようにな」
「! ……ありがとうございます」
受付嬢は再び深々と頭を下げ、フェネアンは手をヒラヒラと動かしながら外へ向かった。
ホテルを後にしてしばらく歩いていると、遠くに何かの騒ぎが見え、フェネアンは心の底から面倒くさそうな顔をした。トレートルは白衣をキュッと握り、不安そうに顔を見上げる。
「ありゃあ、ここの管轄の、オイレ研究所の所長じゃねぇか……? うちのクソじゃなかっただけまだマシだが、緊急会議は終わって帰ってきたみたいだな」
「フェネアンさん、あのおじさん。……何か怒鳴ってますよ」
「えぇい、一体誰の指示だか知らないが勝手なことをするな! オレの命令に従っていればいいんだ、ここら一体をまとめている研究所の所長だぞ。ほら、サッサとウイルスに感染したバンボルを渡せ、即刻廃棄だ!」
「おう、指示したのはここのオレだよ、この能無し」
悪意に満ち満ちた口調に、怒鳴り散らしていた男性はカッと頬を紅潮させると勢いよく振り返った。バンボルを奪われないよう、必死に握り締めていた人々も振り返り、歩いて来る男性を見上げる。
「何だ、貴様は」
「ファルケ研究所プログラマー、フェネアン・アポートル。……研究所職員ならファミリーネームぐらい、聞いたことあるんじゃねえの?」
ニヤニヤと口元に笑みを浮かべ、だらしなく羽織った白衣のポケットに両手を突っ込み、トレートルは背後に庇いながらフェネアンはオイル研究所の所長に顔をグイと近づけた。長身の彼が腰を折り曲げるように顔を近づけたことに、所長はわずかに怯むと後ずさる。
「……アポートル……! バンボル技術を飛躍させた、かの有名なエトリック・アポートル研究者兼技術士!」
「ご名答」
喉の奥で笑いながら体を起こし、煙草を咥えると余裕たっぷりに火をつけた。所長は眉間に深い皺を作りながらフェネアンを見上げ、まとわりつく煙を手で払う。
「各研究所にはオレから、そうするように指示を出したんだよ。……ウイルス感染バンボルを全廃棄して、そのあとまた企画から初めて作んのは誰だと思ってんだ、オレ達職員だろうが。な? 所長さんよ」
吐き出す煙は、所長の顔面にぶつけるように。眼光は獣のごとく、所長だけでなく人々もフェネアンのそばから離れていった。それに彼はますます歪んだ笑みを浮かべ、煙草の灰を地面に落とす。
「てめぇは椅子にのうのうと腰かけて職員に命じていればいいわけだ、廃棄も新たなバンボルの制作も膨大な数になるってーのは目に見えてんのに。なあ、なあ!」
吼えると所長は肩を跳ね、それでも負けまいとフェネアンを睨みつけるように見上げ続けた。その目に、フェネアンは一歩近づくと、地面を思い切り蹴り上げる。砂埃が一帯に舞い、所長が腕で顔を覆うと同時に胸倉を片手でつかみ上げた。体は軽々と地面を離れ、突然の浮遊感に情けない声を上げるとフェネアンの腕を両手でつかむ。
「……いいか。そのまんまオレの指示を通せ、こちとらセントラルに乗り込もうとしてんだ、ちょっとやそっとの犯罪なんざ怖くねえ。……ぶっ殺されてぇか」
ヒ、と短く息を呑む音が耳に届いた。その声にフェネアンは手を離し、所長が地面に落ちるのも構わずその人ごみに背を向けて歩き出す。
「フェネアンさん」
「構うな構うな。……ほら、今日は歩き通してメーヴェまで行くぞ。疲れたら言え」
白衣をはためかせながら歩いて行くフェネアンの後ろを、トレートルは人々を振り返りながら歩いた。
その目に、畏怖の色を見つけながら。




