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道を歩いている最中、何度か車が止まり「乗せてやろうか」と声を掛けられ、その度に拒絶を繰り返しながらも二人はホテルにたどり着いた。歩きつかれたのだろう眠っているトレートルを背中に背負い、フェネアンは研究所の職員カードを受付で提示する。
「ここは、こいつが使えるか」
「はい、お部屋は……」
「一人部屋で良い、どうせオレとこのガキだけだ。……喫煙は?」
「灰皿をお部屋に備え付けてあります。ではお一人部屋で……お食事はいかがいたしますか?」
「いらね。……ここから一番近い船乗り場はどこになる?」
「少々お待ちください」
ずり落ちそうになるトレートルの体を片手で支えつつも、フェネアンは職員カードをバッグの中にしまい、受付嬢の返事を待った。彼女は軽快に指を動かし、コンピュータを操作していく。
「……最も近い船乗り場は、ここから三つ隣にある街のメーヴェ船乗り場になります」
「メーヴェ? 内陸部じゃねぇか、どこで船に……あぁ! 例の潜水船が完成したのか」
受付嬢がニッコリと微笑み、うなずいた。それからフェネアンに部屋の鍵を渡し、頭を下げる。
「それでは、ごゆっくり」
「サンキュ」
フェネアンはその鍵をポケットに突っ込み、エレベーターへ向かうのだった。
トレートルをベッドに寝かせ、自分は煙草を口にして部屋のテラスから外に身を乗り出した。丸一日吸えていなかっただけなのに妙に恋しく、変に美味しく感じるそれに体からは力が抜けていく。
「……どこもかしこも、ウイルスに冒されたバンボルだらけだ」
ここまでの道中、人々が連れ歩くバンボルの多くが、必須条件第一、または第三のプログラムが破損していた。とりあえず応急処置としてプログラムを修復し、近くの研究所に行くこと、そしてバンボル同士で会話をさせないことを伝え歩いていたため、今日歩く予定だった距離には達せていない。トレートルは人々やバンボルとすれ違うたびに自分の白衣の陰に隠れ、どこか怯えているように見えた。それでもここまで文句一つ漏らさずに自力で歩いてきたことには感心するし、もっと早く抱えてやればよかったとも思う。
一本を吸い終えると間髪入れずにもう一本口に咥え、迷いなく火をつけた。いくら自覚しているほどのヘビースモーカーでも、子供の前で吸う気にはならない。ならば彼が眠っている間に、外で、こうして吸うほかなかった。
「さぁて、メーヴェの潜水船……隣の大陸までどれくらいかかるのか、そもそも職員カードが使えるのか……」
ふと、ポケットに突っ込んでいたタブレットが震え、フェネアンは画面を見た。それから電話を受け、煙草を噴かす。
「よう、シャル。そっちの調子はどうだ」
「ボチボチだな。郊外の連中も来るし、数も多いし。そっちは今どこだ?」
「歩いた時間約十時間、距離にして六十キロ……ってところか」
「ってことは、四つ隣の……っておい! 車で行ったら一時間程度じゃねぇか、だから車を使えと!」
「うるっせぇよ。言っただろ、いくら積まれても鉄くずだけには乗らねぇって。石頭は帰って来たのか」
問うと、彼はどこか言い渋った。どうやら所長はまだ研究所に戻ってきてはいないらしく、深く煙草の煙を吸うとゆっくり吐き出す。
「ま、どうせ時間かけてセントラルに行くんだ。鉢合わせにはならねぇだろ」
「さすがにな……。じゃあそろそろ切るぞ、いったん仮眠を取ったら、また作業に戻ろうと思ってさ」
「寝とけ寝とけ。無茶したっていいことはねぇ、それよかガッツリ寝て朝昼に作業した方がいい。なに、時間はまだゆっくりある」
と、フェネアンは薄く目を閉じた。三本目の煙草に手を伸ばそうとしてため息をつき、腕を手すりに戻すと、何気なく夜空を見上げる。
「オレもそろそろ寝る、切るぜ」
「あぁ。……頑張れよ」
「バカ野郎。てめぇらみたいなひ弱な奴らと一緒にすんな」
そう言って笑うと通話を切り、部屋の中に入った。ベッドでスヤスヤと眠っているトレートルに視線を向けると、白衣を脱ぎ捨て、床の上に余っている毛布を広げる。
そしてその毛布の上に横たわり、部屋の明かりを消すと、眼鏡を白衣の上に放り投げ目を閉じた。




