3-1
どうしても区切りが悪く、妙に長くなってしまいました……。
朝、バッグを手に引っ掛けて肩に担ぎ、白衣を羽織るとフェネアンはトレートルを見た。彼もすぐに出かけられるようで、それでもふと、腰にぶら下げている球体に手を伸ばす。
「これは何だ?」
「えと、おじさんが……」
「大事なものか」
「はい」
フェネアンはトレートルのベルトからその球体を外すと、着いているチェーンを輪の形にし、トレートルの首に掛けた。少し長さが足りず、眉を寄せると、自身の私物であるチェーンを足して苦しくないよう調節してやる。
「大事なもんならそんなところにぶら下げておくなよ、ちゃんと持ってろ」
「はい。おじさん、ひつようなものだって言っていました」
球でコロコロと遊びながら言うトレートルに、フェネアンは目を丸くすると彼の首からその球体を取り、顔を近づけて見た。継ぎ目などは見当たらず、丁寧に指で表面をなぞってみても、全く分からない。
「これ自体が、必要だってことか……。オレが預かって置いても平気なもんか」
「はい」
トレートルの答えに、迷うことなくそれを首に掛けた。それからなんとなく寂しい口にガムを放り、トレートルにもガムの容器を向ける。彼が緩々と首を振るのでそれはポケットの中にしまい込み、今度は手を伸ばした。
「そんじゃ、行くぞ」
「はい」
伸ばされた手を、小さな手でキュッと握り。二人は歩き始めた。
特に口を利くこともなく、二人は黙々と歩いていた。フェネアンは時折トレートルに視線を落とし、ちゃんと歩けているかを確認する。
ふと、視線を落としたのとトレートルがヒョイと視線を上げたのが重なり、パチリと目が合ってしまった。それに舌打ち交じりに顔を上げるも、トレートルは視線を動かさない。
「アポートルさん」
「それ止めろ。フェネアンでいい」
「フェネアンさん」
「なんだ」
「どこに行くんですか?」
フェネアンの家を出てしばらく歩いており、建物が並んでいた景色は遠く後ろに流れてしまい、今では小柄な家がポツポツと建っているだけだ。自分たちが進む先にはただの道が広がっているだけで、何の建物の姿もない。
「セントラルに行くには、まず船乗り場で船に乗って大陸を移動、最低でも……三回は船に乗る必要があるか」
「ちゅーおーのコンピュータは、どこにあるんですか?」
「……この惑星の地軸の頂点だ。ガキには難しいかもしれないが、説明しておこうか」
フェネアンはタブレットを取りだし、片手で操作した。トレートルの体をヒョイと抱えあげると肩に座らせ、画面が見えるようしてやる。
「オレ達が生きているのは、宇宙に浮かぶ球体の星の一つだ。それは他のいくつかの惑星と共に恒星を中心にして公転……回っている」
手にするタブレットの中で、フェネアンが説明した通り、恒星を中心に十個の惑星が回り始めた。そしてそれが恒星から距離を置き始め、内側の輪から四つ目の惑星を拡大化する。
「そんでこれが、オレ達が生きている惑星。こいつは公転すると共に、自転もしている。恒星の周りをまわりながら自分自身も回っているんだ。その自転している軸、その頂点にセントラルと中央管理室はある」
と、今度は惑星にまっすぐに線が引かれ、それが傾いた。その地軸の頂点から底辺に向け、惑星の形に添うように矢印が伸びていく。
「頂点は恒星から一番遠い場所だから、熱波はほとんど届かず極寒の地だ。それでもそこにセントラルが築かれた理由が、磁場の流れ。この地軸の頂点から底辺に向けて磁場が流れているから、それを利用して電波を飛ばしている。ま、ここでバンボルの状況その他を管理することが出来るってことだな、一応」
「フェネアンさん、この機械すごいですね! かってに動いてます!」
「すげぇ! このガキ、オレの説明全部無駄にしやがった!」
キラキラと目を輝かせながらタブレットに手を伸ばすトレートルに、フェネアンは盛大に吹き出すとタブレットを押し付けながら彼を地面に降ろした。それから適当に画面を操作し、簡単なパズルゲームを表示するとトレートルはそれに釘づけになる。
「遊んでろ」
「いいんですか? だって、じゅうでん……」
「どうせ今日はホテルに泊まる。そこでいくらでも充電は出来るし、予備バッテリーも持ってきてるから心配すんな」
言いながら飴を口に運ぶフェネアンに、タブレットを握りしめたまま、コトンと首を傾げた。それを見てトレートルの口元に飴を運んでみるもフルフルと首を振り、再び首をかしげている。
「飴、好きなんですか?」
「別に好き好んで舐めてんじゃねぇよ。普段咥えてるもんが咥えられねぇから寂しいわけよ、お口が」
なおも、トレートルはキョトンとしていた。しかし白衣の胸ポケット、そしてベルトにぶら下がる小型のケースに視線を向けると、パッと表情を明るくする。
「おじさんもよく食べてました! たばこですね!」
「たべっ! いや、まぁそうだな! 口に咥えてどんどん減っていくからそう見えるのかもしれないな! うん!」
自信満々に言うトレートルに、今度こそ全力で吹きだすと声を上げて笑い始めた。フェネアンがなぜ笑っているのかわからないのだろう、ますます首を傾げていく。そんなトレートルの頭を軽く叩き、未だ喉の奥でクツクツと笑いながら足を進めた。
「ほら、今日までにはどこか宿泊施設にたどり着きてぇからサッサと行くぞ」
「はい!」
振り返ることなく先を歩き始めたフェネアンに、タブレットを落とさないようきつく抱えながら、トレートルは白衣を追って走った。