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東海の覇者、桶狭間で没落なれど  作者: 楼那
一色家と松平家

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27/28

27話 三河国上陸

 三河国幡豆郡吉良吉田湊 一色政孝


 永禄四年十月下旬



 吉良吉田湊は三河国幡豆郡にある港の一つである。近くには今川家の本筋にあたる吉良家の城があり、場所で言うと周囲は比較的松平家色、あるいは今川家からの独立色が強い地でもある。

 そんな地に上陸した俺たちは、元康が迎えとして寄越した忠次と合流して岡崎城へと向かっていた。

 すでに庄兵衛らの船団は三河を出立しており、帰りに日を合わせて再び三河に船を入れてくれるらしい。ゆえにしばらくは自前の護衛たちと、元康が寄越した護衛だけの旅路となる。


「しかしこの辺りも随分と落ち着いているのだな」

「左京大夫様は早くより殿と行動を共にすると決められましたので。騒動もほとんどなく、この地は比較的平和でございます」

「吉良、な。そういえばあの男もまた今川を裏切ったのだったな」


 まぁわかっていたことではある。それに吉良家は結構今川家も含めてゴタゴタした過去があるからな。混乱期に離れようとするのはなんとなく想像できた話だ。

 だが予想外だったのが名門吉良家という名を掲げつつも、元康の上に立とうとはしなかったこと。忠次の話を聞く限り、あくまでも対等な同盟者のようなポジションで接し続けているという話だ。

 東西吉良家の当主である吉良左京大夫義昭。この男にもまたあまり良い印象を抱いてはいない。なにかにつけて氏真様を見下すような発言・行動をとっていたゆえに。

 とはいえ義昭も義昭で思うところがあったのだろう。今川家は元々吉良家の流れをくむだけの一族であったわけだからな。頼りないと思ってしまう男が自分よりも上に立っているということに我慢が出来なかったのかもしれない。


「ですが未だ上ノ郷城や今橋城は健在でございますゆえ。この地もいつまで安寧を保っていられるか」

「たしかにそれはそうだ。いずれ今川家中が安定すれば、この地も戦場になるやもしれぬでな」

「その通りでございます。そしてその話もまた現実味を帯び始めました。遠江での戦はあまりに手際のよいものであり、まるで誰かに仕組まれていたかのような結末を迎えました。こうも今川家にとって都合の良い展開ともなりますと、我らとしては頭を抱えるばかりでございます」

「俺は何もしていないがな」


 手綱を引き、ゆっくりと矢作川の川辺を上流に向かって登っていく。馬を用意してくれていたゆえ、この移動も随分と楽だ。


「またまた。御謙遜であられますか」

「初陣だったのだぞ。あげた功を見せびらかしたくなるものであろう、普通は」

「殿は一色様が普通ではあられぬゆえに姫様を託そうとしておられるのでございます。それに一色様の御自身に向けられる評価と、殿が一色様に向けられる評価は随分とかけ離れているようで」

「そこまで蔵人佐は俺を高く評価してくれているのか。初耳であるし、嬉しき話でもある。義理とはいえ兄弟になる間柄であるゆえにな。遠慮なく言葉を交わせる関係を築いていきたいものよ」

「まことに」


 そのようなことにならぬことくらい俺だってわかる。当然忠次だって理解しているだろう。

 俺と元康はもはや相容れぬ場所に立っているのだ。この婚姻だって互いの利益が一致した、所謂ザ・政略結婚というものでしかない。

 俺も今日この日まで久殿の顔も知らぬ。声も知らぬし、好きなものや嫌いなもの、趣味すらもほとんど聞かされていない。

 ただ俺にとって松平の血は都合がよかった。元康にとって事実上敵国である一色家は都合がよかった。ゆえに成っただけの婚姻だ。これから先はまともに元康と関係を築いていくことなどないはずだ。もしその機会があったとするならば、それはおそらくどちらかが滅びるその時だろうと思う。


「そういえば俺と蔵人佐の間を行き来するのは左衛門尉ばかりだな?他の家臣らは元気でやっているのか?たとえば、石川の一族なんぞは瀬名様の駿河脱出に貢献したはずだが」

「日向守殿が現在西の旗頭として各地奔走しておられます。主に水野家と殿との間ではございますが」


 思った以上にあっさり内情をばらした。

 しかし忠次にしまったというような感情は一切ないように思える。俺が疑問に思ったことが筒抜けであったのか、どこか意地悪な笑みを浮かべて言葉を続けた。


「一色様に隠し事は出来ませぬ。当家家中、随分と好き勝手やられてしまいましたので」

「どうせ明らかになるのだから話してしまっても問題なということか」

「全て殿の判断でございます」

「まぁ蔵人佐の承認が出ているのであれば何も問題は無いがな」


 しかし石川日向守と言えば、たしか元康の従兄弟にあたる人物だったはず。名は…。あぁ、そうだ。石川日向守家成だ。母親の姉がこの男の実母だったような気がする。


「威勢の良い近習もいただろう?その者もまた今川館にいたはずだが」

「石川の一族となると、おそらくそれは伯耆守殿のことでございましょうか。今も殿のお傍にて、色々と殿のお役に立っておられますな。戦があれば率先して殿をお守りし、平時であれば雑務から重要な御役目まで、多数のことを殿より任せられております」


 伯耆守というのがおそらく石川数正のこと。いずれは石川宗家の当主となるのだろうが、今はまだ元康の傍に仕えているだけらしい。とはいえ目の前にいる酒井忠次と、その石川数正は松平家中でもかなり厄介な部類に分けられる。これから先、両家による馴れ合いが一切なくなるというのであれば、此度の旅路の中で何かしら弱みを握って帰りたいところではある。

 しかし二人とも三河では城持ち領主であるゆえ、滞在中にどれだけ直接顔を合わせることが出来るのか。まぁ数正が元康の近習をしているのであれば、滞在中に関わり合うこともあるだろう。敵地のど真ん中であるゆえ迂闊なことはできないが、ちょっとくらい揺さぶりをかけてみてもよいかもしれないな。危なくなれば昌友の弟であり、此度の護衛を纏める昌秋がなんとかしてくれるであろうし。


「一色様の方は如何でございますか?お変わりありませぬか」

「変わりはあったぞ。まずは家中の、特に駿河衆からの反感というか、腹立たしい視線が日に日に増えている。露骨ではなくなったが、陰湿にはなったな」

「相変わらずなのでございますね。あの方々も」

「それと松平との婚姻を成すにあたり、監視もつけられた。怪しい行動をとった瞬間に、すぐ御屋形様に報せが飛ぶようにな」

「それはそれは。今川様もさぞ心苦しい思いをされていることでございましょう」

「そうあってほしいものだがな」


 さすがに敵地に今川の人間を、それも一色外部の人間を連れてくることは火種になりかねないと正綱殿は置いて来ている。

 非常に難しい判断ではあったが、正綱殿も理解の上での留守番だ。元康再度としても、三河内部の情報が洩れることは避けたいと考えるであろうし、俺としてもそういった疑念を抱かれたくはない。

 そんな時だった。前方より馬に乗った一団が姿を見せ、そして俺達の前で下馬すると忠次へと駆け寄った。何かを耳打ちするような仕草をすると、忠次が珍しく目を剥いて驚いていた。


「何かあったのか?」

「…いえ。それよりもここまでの長旅でお疲れではございませんか。東条城の城下にある宿場町にて宿を用意しております。そこで一休みしていただければ」


 明らかに何かを隠しているそぶりではあった。だがここは敵国であり、ここまで露骨に何かを隠すということは、先ほどのようにペラペラとは喋ってくれないだろう。ゆえに仕方なく話になることにした。

 ただし忠次が言ったように、この先にあるのは東条吉良家の本拠地である東条城とその城下町だ。宿に入るにしても、十分な注意が必要である。

 元康の意思に反して吉良義昭が行動を起こしてくるやもしれぬからな。


「殿、如何なされますか」

「俺は岡崎までの詳しい道を知らぬ。ここは左衛門尉の言葉に従うしかないだろうな。ただし左兵衛、しかと安全の確保だけは頼むぞ」

「はっ」

「…我々も念のため、周囲の警戒はさせていただきますので」

「あぁ…。よろしく頼む」


 しかし明らかに異常事態があちら側に起きた様子である。いったいこのような日に何が起きたというのだろうか。

今投稿も最後までお付き合いしていただきありがとうございます。

次回投稿は明日の予定ですので、更新をお待ちくださいm(_ _"m)

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