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東海の覇者、桶狭間で没落なれど  作者: 楼那
一色家と松平家

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23/28

23話 警告

 三河国額田郡岡崎城 松平久


 永禄四年九月中旬



「探しましたよ、蔵人佐殿」

「姉上?どうしてこのような場所に?」

「それはこちらが言いたい言葉です。部屋に行っても姿が見えず、あちこち探し回ってようやく見つけたのですよ」

「それはそれは。誰ぞ小姓を捕まえてくだされば、すぐさまここに案内してくれたでしょうに」


 岡崎城のとある一室。日もあまり当たらぬ奥まった静かな部屋に元康殿はいました。その隣には正室である瀬名殿、そして岡崎城の奪還を共に果たした酒井左衛門尉忠次、服部半蔵正成もいます。


「して何用で私を探しておられたので?」

「一色様より文が届いたのですが、一通は私宛に、もう一通は蔵人佐殿宛てだったので持ってきたのです」


 私の言葉を聞いた正成が苦い顔をしました。同様に忠次も眉間に皺をよせています。


「姫様、それは前と同じ手段でということでございましょうか」

「そう聞いています」

「…城内に忍びが入り込めぬ対策は進めておりますが、いくらなんでも領内にいる忍びを追い出すことは出来ぬでしょう。半蔵殿、ここは改めて対策を練り直さねばなりませぬな」

「なんとも面倒な。殿、一色様はよほど意地が悪いようでございます」

「知っていたことであろう。いや、半蔵はさほど右門殿と接点が無かったな。しかし私が右門殿の話を時々溢していたゆえに、間違いなくどのような人物であるのかは理解していると思うが」

「それは同じ師を持っていた頃の話でございましょう。今は敵同士でございますゆえ、こういったからかいの類は一歩間違えれば戦でございますぞ」


 正成の言葉を聞いてなお、元康殿はさほど気にしている様子ではありませんでした。これも長い年月によって積み上げられた信頼というものなのでしょうか。


「それで姉上への文にはなんと?」

「家中がようやく落ち着いたので、岡崎に参られるのは米の収穫後頃になるのではないかと」

「さようでございますか。ならばもうあと少しということでございますな。それで私の文は」

「まだ開いていません。ここで内容を確認しますか?それとも自室で一人で確認するのであれば、外の小姓に預けておきますが」


 私がそう言ったのは、明らかに私が来るまで何かを話していたであろう面々であると思ってのこと。話の腰を折ったことは確実でしょうし、割って入った上に長話など瀬名殿も辛いでしょう。

 最近ようやく食事をとるようになり、どうにかやせ細ったからだがそれ以上にならなくなったというのに。こんな日当たりの悪い部屋に連れ込んで悪だくみなど。元康殿はいったい何を考えているのでしょう。


「ここで。二人もおりますゆえ、都合も良い」

「私は出ておきましょうか?家中の一大事をじきに部外者になる私が聞いていては具合が悪いでしょう」

「送り主が右門殿である以上、姉上の耳に入れることで都合が悪いということも無いかと」

「私は部屋におりますので」


 慌てた様子で立ち上がろうとする瀬名殿の腕を咄嗟に掴む元康殿。私を含め、皆がその行動に驚き、「なっ」などという短い声がもれました。

 しかしどうしたことか。掴んだ張本人である元康殿もその手を見て驚いています。


「あ、あの。殿、どうかされましたか?」

「い、いや。瀬名が聞いていて都合の悪い話など無い。我らは夫婦であり、隠し事など何も無いゆえ」

「そ、そんな。皆様の前で恥ずかしゅうございます」

「どうしてだ。恥ずかしいことなど何も言うてはおらぬ」


 弟夫婦のあまりに甘ったるやりとりを見せられる私たちはどのような顔をしていればよいのか。

 フッと二人に目を向けると、忠次も正成もどこか気まずそうに目を逸らしています。こうなると割って入ることが出来るのは私だけでしょう。

 咳払いをしながら、それとなく正成によって譲られた正面に腰を下ろしました。さすがに気が付いたのであろう元康殿は慌てて文を手に取り、そして開いて中を読み始めます。


「ところで姫様は支度など進んでおられますか」

「えぇ。いったいいつ迎えに来ていただけるのかもわかりませんでしたし。突然やってこられてもよいように、支度だけは万全ですよ。それよりもともに一色様のもとに向かう家中の人選はどうなっているのですか?そのことの方が不安ですが」

「それについては万事抜かりなく。ちなみにその者たちにも余計な真似はせず、ひたすらに姫様に仕えるよう言い聞かせておりますので」

「そうですか。左衛門尉の思慮深いところ、まことに頼りになりますね」


 両家の関係から、あまり松平から人は送り込まれない。それは両者の合意によって確認されていることです。ですがそれは同時に私が孤立する恐れがあることを意味しています。

 特に一色様の御母堂様は今川家の直系筋にあたる御方ですから、敵となった松平の女が義娘なるなど不快に思われて当然のこと。

 それゆえに連れて行く侍女は出来るだけ私に寄り添える者を選びました。もしもの時、決して見せられぬ感情を何も言わず受け止めてくれそうな子たちです。

 そんなことを思っていると、正面より大きなため息が聞こえてきました。


「一色様は何と?」

「明確な警告でございますな、これは」

「警告でございますか?それはあまり穏やかな内容ではないようで」

「左衛門尉は知っていたか?此度今川によって断絶させられた飯尾の他に処罰された御家の多くが当家と縁を持ちたがっていたという話を。ちなみに処罰された御家は、ご丁寧に一家一家記してある」

「確認させていただいても?」

「構わぬ」


 受け取った忠次は文の内容を確認します。正成も隣から覗き込むように、元康殿に接近しようとしていた者たちを確認していました。


「こことここは予め飯尾殿より聞いておりましたな。ですが大半は何も聞かされていないところばかりでございます」

「同様に」

「ならば先走った飯尾に上手く乗せられたのであろうな。ただあの状況から援軍も無い曳馬城が耐えられるなどとは思っていなかったが、随分とあっさり終わってしまったものよ。もう少し時間がかかっていれば、曳馬城の落城に間に合わずとも何かしら三河側から突いてやることだって出来たであろう…。いや、冗談でございますよ」

「私は何も言っていませんよ?」


 先日のことを思い出したのか、元康殿は途中で言葉を止めて手を振られた。ですが松平としてはそうすることが最善である。それは私にだって理解が出来ます。

 わざわざ私に言わなければ、今の私がそれをどうこう言うことはありません。もちろん時と場合によりますが。


「ただ鵜殿の件だけは惜しいことをした。上ノ郷城はあまりにも粘り強く、何度城を囲んでも撃退されている。ゆえにこちらに寝返ってくれるのであれば、これほどまでに嬉しい話は無かったのだが」

「まことに。空となった今橋城の奪取も、鵜殿がこちらに従っていれば迅速に動くことが出来たというのに。連中の抵抗が激しすぎてまったく身動きが取れなかったことが、今になってまことに惜しいと思う。どうして藤太郎殿は直接私にその旨を伝えてくれなかったのか。どうして豊前守は早々に私にその旨を伝えてこなかったのか」

「鵜殿家は御家断絶こそ免れたようでございますが」

「小原・鵜殿と三河における有力者や面倒な者たちがいなくなったことを、とりあえずは喜ぶべきであろうな。じきに冬が来るゆえ、春を迎えるまでに家中をもう少しばかりまとめ上げねばならん」

「その前に姫様の輿入れでございますな」

「…その通りよ」


 明らかに忘れていたとでも言いたげな元康殿。

 ですが私は構いません。むしろ早く一色様とお会いしたい。どのような御方であるのか、この目で確かめたいとすら思っています。もちろん不安が無いわけではありませんが、それも含め私の新しい場所です。もうこの岡崎に私の居場所はありませんからね。


「あ、あの。義姉様」

「どうしたのですか、瀬名殿?」

「義姉様は直接一色様と言葉を交わしたことが無いと思うので、色々と不安に思われるやもしれませぬが、同年代の娘たちは一色家に嫁ぐことを夢見る者も多かったのです」

「なっ!?それはまことの話なのか瀬名!?」

「わ、私は殿一筋でございます。ですが元々一色家は非常に裕福な御家ですし、御母堂様が華様ですので後ろ盾となっていただくことさえできれば、もはや家中で怖いものが無くなります。何より一色右門様は、素行に関して非常に悪い噂が広まっていたものの、教養に関しては殿や上総介様よりも期待できるとすら評価されていたのでございます。ですから嫁ぐことさえできれば安泰であると」

「ただ華様は随分と厳しい目で室探しをしておられたようで。御父上が亡くなられ、右門殿が家督を継いだことで自ら選ぶことが出来るようになったので輿入れが実現いたしましたが、もし実権を華様が握られていたと思うと」

「押し付けられなかったと?」


 私の言葉に元康殿はブンブンと首を振ります。


「右門殿は生涯未婚であったやもしれぬという話でございます。それほどまでに華様の基準は高いと噂されておりましたゆえ。あの輿入れ話が表沙汰にならなかったのも、義元公の配慮であったとも言われております。華様のお耳に入れぬための」


 不安にさせないつもりで瀬名殿がこの話を振ってくれたというのに、元康殿のせいで余計に不安になってしまいました。一色様の御母堂様、華様はいったいどのような御方なのでしょうか。

今投稿も最後までお付き合いしていただきありがとうございます。

次回投稿は明日の予定ですので、更新をお待ちくださいm(_ _"m)

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