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東海の覇者、桶狭間で没落なれど  作者: 楼那
遠州忩劇

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21/28

21話 戦勝報告

 駿河国安倍郡今川館 一色政孝


 永禄四年九月上旬


「皆、よく無事に戻ってくれた。丹波守、先日の決定通り今後は曳馬城にて今川の領地、領民を守ってほしい」

「必ずやお守りいたします」


 元信殿を先頭に、此度従軍した者たちが揃って氏真様を正面に見ている。一方で駿河衆や一部の重臣方はいつも通り両脇から戦勝報告の場を見守っておられた。


「藤助、そなたの活躍ぶりもすさまじいものであったと聞いておる。どうにか報いたいと思っておるのだが、今橋の城と領地などでどうであろうか?そなたには鵜殿の分家の設立を認めるゆえ、兄である藤太郎を支えてやって欲しいのだが」


 総大将としての活躍が認められた元信殿が、今川にとって現状における最大の要所とも言える曳馬城に入る。これは決定事項であったとはいえ、此度の働きぶりに見合ったものである。

 同様に鵜殿家の働きぶりも、話を聞く分にはすさまじいものであった。俺も栄衆からの報告が無ければ、今橋の城と領地を賜った上での分家設立は何も問題ないものだと感じたであろう。

 ちなみにこの今橋という地も三河にある。どちらかと言えば吉田城と言ったほうが馴染みがあるだろうか。

 この城の城主であった小原肥前守鎮実殿もまた鵜殿家同様に、桶狭間以降も長らく松平方やそれに便乗した勢力からの攻勢を凌いでくれていた人物である。

 しかし先日発生した遠江の騒動を聞き、挟撃を恐れてられたようである。なんとも最悪というべきか、城を捨てて身を隠してしまったのだ。

 どうしてすぐさま身を隠したのかと言えば、この今橋城には元々松平の分家や三河の有力な者たちから多くの人質を取っていたのだが、元康の独立騒動に与した者たちの人質を一人残らず処刑している。そのことから強く分家の人間から恨まれており、万が一にでも捕らえられればどのような最期を迎えるか分からない。ゆえに城を捨てた後に完全に消息を絶ったというわけだ。

 おそらくは息を殺しながら氏真様の元に戻ってこようとしているとは思うが、まさかの事態であったゆえに栄衆ですら足取りを追うことが出来なかった。


「…おそれながら、その褒美を頂くことは出来ませぬ」

「なっ!?どうしてなのか、藤助よ」

「私は城や領地、分家の設立よりも望んでいるものがあるゆえでございます」


 そう言って氏忠殿は深く頭を下げた。床に額をこすりつけ、驚く氏真様をよそに「どうか耳を傾けていただきたいのです」と叫ぶ。

 その様子を見て、元信殿も口を開いた。


「御屋形様、曳馬城攻めの終わりに藤助殿より聞きました。三河衆が物資不足にあえいでいること。物資の輸送を願い出ているものの、なかなか御屋形様からの承認が下りぬこと。ここしばらく、松平からの攻勢は比較的落ち着いては居るものの、常に攻められている三河衆の感情を思えば物資の輸送を躊躇っている場合ではないかと思います」

「そ、それは」


 氏真様の視線が僅かに揺らいだ。誰かのせいにしているという様子ではなく、むしろ自身に責任があると責めておられる様に見受けられる。

 その一方で承認をせぬ駿河衆は知らんふりだ。自分たちの生活が苦しくなったら困るとでも言いたげだ。もちろんそうは口にしていないが、どう考えてもそう思わざるを得ないような状況に置かれているのが三河衆である。

 そんなことをしているから元康の独立騒ぎに便乗して、多数の賛同者を出してしまったということにまだ気が付かぬのか。あの男どもは。


「どうかお願いいたします。藤助殿は身内の死すらも乗り越え、多くの三河衆のために死に物狂いで功を上げました。どうかこの者の願いを聞き入れてはくださりませぬか」

「わ、わかった。すぐに物資の輸送については手配をいたそう。その代わり、丹波守」

「はっ」

「輸送路の確保はおぬしに任せたい。特に三遠国境を越えてから三河各所に至る道を、丹波守が中心となって整えるのだ」

「かしこまりました。三河の地を守る者たちのため、命を賭けて御役目を全うさせていただきます」


 ホッとした様子で頭を上げた氏忠殿。本当に、心の底から安堵したような表情だ。


「さて、戦勝報告はこの辺りでよいだろうか」

「はっ。捕らえた者たちの沙汰については追ってとのことでございますので」

「うむ」


 頷かれた氏真様。俺は特段話すことも無かったゆえに、ただボーっと正面に座っておられる氏真様の動きを見ていた。いったいどのような感情で、この戦勝報告を耳にしておられるのかと。単なる興味とでも言うべきか。

 しかしだからこそ、フッと視線を挙げられた氏真様と目が合ったのだ。


「右門よ」

「はっ」

「此度は初陣であったな。如何であった?」

「亡き父上や崇孚様より戦の話は何度も聞かせていただきましたが、実際に戦場に立つとまったく聞いていた話と違うと思ったものでございます。ですが同時に武家の人間として、ようやく一歩踏み出すことが出来たとも思えました」

「ほぉ。右門がそのように言うてくれて麻呂も心強い。今後は此度以上の手柄を上げられるよう願っておるからな」

「ありがとうございます」


 氏真様はこのように一人一人より話を聞かれた。その分戦勝報告は長くなるのだが、そうでもしないと安心できないのであろう。

 実際裏切りを働いた者たちを目の当たりにした。捕らえたことから直接言葉を交わした者もいるだろう。その者たちが連龍の言葉を聞いて、裏切り側に身を寄せるのではないかと。人の目を常に気にしておられるような御方であるゆえに、氏真様はそういった人の感情には敏感である。一人一人に話を聞かれるのは無意識のうちにこの力を利用しようとしておられるのやもしれん。


「備中とも話したのだがな、そなたへの褒美は何が良いのか決められなかった。此度は初陣で手柄も目立つものではなかったゆえに、あまり良いものを褒美として出すことは出来ぬ。それでも良ければ望みを言うてはくれぬか」


 本来であれば無茶ぶりに近いものである。そんな難しい塩梅を、いきなり言われたところで上手く合わせられる自信など無かった。

 しかし今日に関しては違う。むしろ好機が転がり込んできたと、もろ手を挙げて喜ぶべきだ。


「では御屋形様にぜひとも会っていただき者がおります。その者をここに呼びたいのでございますが」

「会わせたい者?それをこの場に?いったい誰であろうか」

「会っていただければわかるかと」


 氏真様は決断しかねていた。この場にいるのは今回の騒動に関係のある者たちばかり。よくわからぬ素性の者を広間に入れるべきかどうかということ。

 しかし駿河衆は判断に困っているし、泰朝殿は頷きも首を振りもされなかった。

 ゆえに氏真様にしか決断を下すことはできない。キョロキョロとされた後、ついに「構わぬ」と頷かれた。


「嫁でも貰われるので?」


 茶化してきたのは同じく遠江衆の一人、孕石主水祐元泰殿だ。意地の悪い男の一人ではあるが、これまでほとんど関わりも無かった。ゆえに人となりや、俺に対してどのような感情を抱いているのかまでは分からない。

 ただこの茶化しに対して、俺が無言で抗議の視線を向けると「なに、冗談よ」と面白くなさそうにそっぽを向かれた。


「呼んでまいりますのでしばらくお待ちくだされ」


 そう言って立ち上がり、少し遠い部屋で待機させていた者を呼んだ。

 その者は顔に厚手の布を被っており、顔全体が見えぬように器用に隠している。背格好としては俺よりも10㎝から15cmほど低めで、ほっそりとした体形である。


「ここに座りなさい」


 俺が連れてきた人物が女子であったことから、元泰殿より意味深な視線が向けられていた。だがこの際は無視でよい。なんせいちいち構っていては話が進まない。


「右門殿、御屋形様の御前であるぞ。顔を隠すなど無礼であろう」


 正俊の言葉に俺は頷いた。しかし今日初発言ではないだろうか。前の一件からちょっとだけ勢いを落としたのやもしれない。

 とはいえ、ただの家臣団でありながら重臣方の先頭に座っていることからそれでも影響力自体は抜きん出た状態のままなのだろうが。


「申し訳ありませぬ。この者、わけあって顔を人前に晒せぬような事情がございまして」

「醜女などが顔を隠す理由にはならぬが」


 この侮辱的発言。氏真様もおられる場で誰が言ったのかまでは分からなかったが、明らかに広間の空気が異様なものへと変わった。

 氏真様としても見逃すことが出来なかったのか、声の方をじっと見つめて牽制しておられる。


「品の無い発言は控えられませ。実はこの者、顔の広い範囲に火傷がございます」

「や、火傷とな?ただれているのであれば、たしかに人前に顔を晒すことは出来ぬか」

「ですがこの場では出さねばならぬと理解しておられます。さぁ、御屋形様にその姿を見てもらうのだ」


 隣に座るその者へと声をかけた。その者は頷き、ゆっくりと布を取り払い、それを自身の隣へと畳んでおいた。

 顔半分以上が焼きただれているその姿に、視界に入った方々は何人もが顔を顰めた。しかし最も驚きの感情むき出しで目を剥かれたのは、氏忠殿で間違いないだろう。


「なっ!?どうして椿がここに!!??」


 氏忠殿の言葉で、この女が誰であるのか理解が出来なかった方々もギョッとしていた。先ほどの戦勝報告の際に、飯尾連龍の正室となっていた椿のことは不幸な死を迎えたと断定されていたからだ。

 その少女が今皆の目の前に座っている。


「実は先ほどの戦勝報告の際、御屋形様に伝えられていない話をさせていただきます。まずは皆様方が知りたがっているであろう、この椿殿について」


 これこそが今川家の土台を固め直す絶好の好機である。せっかく連龍を煽って、遠江に潜んでいた不穏分子を炙り出したのだ。

 同時によからぬことを企てている者たちに対して手を打っておかねば、二度手間となりかねん。ゆえに俺はここで一気に事を進める。氏真様の治世において最大で、なおかつ最後の粛清を行うために。

今投稿も最後までお付き合いしていただきありがとうございます。

次回投稿は明日の予定ですので、更新をお待ちくださいm(_ _"m)

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