2話 内政方針
遠江国榛原郡大井川城 一色政孝
永禄三年六月上旬
桶狭間での敗戦から数日が経ったわけだが、今川家中の雰囲気はどこもかしこも最悪だった。当然ながらそれは一色家も同じである。
桶狭間での戦いが起きる直前まで俺は父上の命に従って城下の整備や家臣との交流など色々と積極的にしていたが、所詮は父上あっての俺なのだと思い知らされた。そしてそれは今川家の当主である氏真様も同じ想いをしておられるのではないかと思う。
ただ史実と違うこともあった。例えばだが、井伊谷城城主であった井伊直盛が討ち死にしていない。井伊直盛とは大河ドラマで主人公として取り上げられたこともある井伊直虎の父だ。
おそらく実在しない一色家という存在が、史実に干渉したために歴史が変わったのだと思う。
「右門殿、母は何があってもあなたの味方です。あなたの思うようにこの家を盛り立てなさい。そして今川の家を支えるのです」
「母上の言葉、肝に銘じます。今は俺を評価しかねている者たちも、すぐに認めさせてやりますよ」
「その意気です。…では私は少し休みますね」
俺の居室から出た母はため息を吐きながら自室へと歩いて行かれた。やはり若年の俺では頼りないのだろうな。父上を失って以降、母は日に日に弱っていかれているように見える。
しかしいつまでも父上の死を引きずっていて良い理由にはならない。
早速ことを起こすとしようか。
「主水をここに呼んでくれ」
「すぐに」
外から小姓の声が聞こえた。そして静かに廊下を走っていく。
さて、目的の人物が来るまでに簡単に説明しておこう。一色家には“一色四臣”と呼ばれる者達がいる。四臣とはその名の通り四つの家系の家臣のことなのだが、古くから遠江一色家に仕えている一族のことを指している。
今呼んだ者が一色主水昌友。この男は領内の内政を主に担当していて、父上も内政ごとに関しては必ず昌友に相談をしていた。一色という名を冠していることからも分かるように、何代前にできた分家である。
そして氷上新九郎時宗。俺の大伯父、祖父、父と三代に渡って仕えてきた爺だ。父上も強い信頼を寄せていたのだが、先日の上洛戦には年齢を理由に出陣させて貰っていない。父上が死んだことを知ったとき、無理にでもついて行かなかったことを相当に悔いていた。
三人目は尾野三郎道房。この者は先代当主の急死によって最近尾野家を継いでいる。父上とともに桶狭間に参戦し、父上の亡骸を死守し城まで連れて帰ってきてくれた。
四人目が秋上新左衛門佐助。この者も道房と共に桶狭間に参戦した。そして父の亡骸を織田の軍勢から死守してくれたのだが、ともに参戦していた父の弥助を亡くしている。
つまり桶狭間での戦は重臣達にも深い傷を残してしまった。
俺がどうにか出来れば良いのだが、それはこれからの立ち振る舞いで変わってくるだろう。
「若様、お呼びだと伺い参上いたしました」
「主水、今はもう若ではない」
「これは…。大変失礼いたしました、殿」
俺の指摘に申し訳なさそうに頭を下げた昌友であった。長らくそう呼んでおり、急遽跡を継いだものだから、なかなか呼び慣れないのであろうな。
「内政を一手に担っている主水に話がある。大事な話だ」
「領内のことにございますね。如何されましたか?」
部屋に入るなり大事な用件だと言われれば、自ずと仕事人の顔になる昌友だ。歳は家臣の中では比較的近い29歳。俺が今19歳であるから…。まぁ近い方であることは違いない。他の者らはもっと上であるからな。
「まず一色が抱えている商人にはしばらく東国方面で商いを行うように触れを出せ。京へ船を出すのは、というより織田の影響力が広がる西に船を出すのは危険である」
「かしこまりました。そのように」
「併せて西に船を出した場合、当家では責任を負えぬ旨を商人らに伝えよ。我らが問題解決に動くのは東国方面の面倒事のみとし、しばらくは領内の統治に専念できる体制を整えるのだ」
「緊急時にございますゆえ、商人らも理解はしてくれましょう」
早速俺の言葉を商人らに伝えるため、昌友は立ち上がろうと腰を浮かせた。だがまだこちらの話は終わっていない。
これ、たしか前世の小学生の頃に覚えた話なのだが駿河湾といえば漁業のイメージがあった。なんでだったかな?まぁ湾には豊富な水産資源と相場が決まっている。
「あと港と沿岸部を今以上に発展させよ。目指すは東海一ではない。日ノ本一の港町だ。大井川の河口付近にある港を再整備し直すぞ」
「港、にございますか?それも日ノ本一とは。しかし何故いきなり港の整備に力を入れられるので?現状でも十分すぎるほどに利益を出してはいると思いますが」
「以前父上が申しておられた。湾には豊富な水産資源があるとな。そして大きな港町を築くことで人が集まる。商人らの出入りに加え、水産資源も用いてこの領内を潤そうと思っているのだ」
まぁ父上はそんなこと言っていない。昌友も不思議そうに首をかしげている。
「とにかく、だ。皆にはそう話をつける。我らは早急に力を付けねばならんのだ。一色家が生き残るためにな。そして力をつけるためには金が必要だ。今のままでは到底足らぬ」
「なるほど…。殿、1つ聞かせていただきたいのです」
「なんだ」
「殿は…。殿は今川を離れるおつもりですか?」
昌友の目はいたって真剣だった。何を馬鹿なことを!と笑い飛ばすことは出来なかった。
「母上は先々代当主氏親公の娘である。そして俺も今川の血がたしかにこの体に流れている。裏切ることなど決してありはしない」
「であるならば安心いたしました。すでに三河の一部では独立の動きを見せており、松平家などは岡崎城を占拠して今川に敵対する動きを見せております故、どうしても確認したくなりました。ご無礼をお許しください」
「気にするな。しかしこれは大変なことを聞いたな。主水がそのようなことをわざわざ口にしたということは、皆もそれとなく気にしているのだろうな。次回の評議にでも改めて俺の気持ちを伝えておかねばならんな。我ら一色家はこれからも今川家を、そして御屋形様を支え続けるとな」
「そうでございますね。それがよろしいかと」
今度こそ昌友は部屋から出て行った。それにしてもそうだった。
徳川家康、今は松平元康だが桶狭間を機に今川から離れ、三河の地で独立したことをすっかり忘れていた。そしてそのまま織田に接近して織徳同盟を結ぶことになる。その後あっという間に三河を奪われて遠江、そして駿河に牙を剥いてくる。
まぁ結果的に武田にも攻められた今川は北条を頼ることになるわけだが、歴史が一部狂った分何かしら変化があるものだと思いつつ警戒していかなければいけない。
現に有力な今川家臣らも離れ始めているなんて噂まで耳に入ってきている。我が主、今川氏真。この世界線でも同じ道をたどるのか、それとも…。
今投稿も最後までお付き合いしていただきありがとうございます。
次回投稿は未定です。更新をお待ちくださいm(_ _"m)




