19話 不可解な結末
遠江国浜名郡今川本陣 一色政孝
永禄四年八月中旬
「随分と大暴れしておられたようで」
「いえいえ。私の力など微力なものでございました。皆がよく頑張ってくれたゆえの手柄でございます」
陣幕の前でたまたま出会ったのは、此度先鋒として真っ先に曳馬城へ突撃した長忠殿だった。鎧兜の消耗具合が凄まじく、どれだけ城内が乱戦であったのかが窺い知れる。またこの男も最前線で指揮を取っていたのであろうな。
「右門殿も裏手の門番の役目を全うされたようで。逃げ出そうとした飯尾の縁者や女子供を捕らえたと聞いております。このような形の初陣とはなりましたが、概ね満足できるような結果に落ち着いたのでは」
「土産なく帰る覚悟もしておりましたので。そこはホッと一安心でございます」
俺が笑えば藤忠殿も笑っていた。だがすでに俺の耳に入っている。
この城にいた鵜殿家の縁者の末路を。無理に笑っているのは、俺の初陣を祝うためか。それともただの強がりか。
「二人とも、早う入れ。皆すでに集まっておる」
わずかに幕が開き、中より小笠原美作守氏興殿が顔を見せられた。わずかに俺を睨まれたのは、まぁそういうことだろうな。あっちもこっちも敵視まみれでいやになるわ。
小笠原家もまた名門の血筋であるからな。遠江衆ですら敵視されているのだから、本当どれだけ一色家が今川家中で妬みの大将なのかという話になる。
「うむ。皆、揃ったな」
俺達が入るとすでに二つを除いた床几はすべて埋まっていた。氏忠殿に譲られた俺は元信殿に近い方の床几へと腰を下ろし、その隣に氏忠殿が座る。
「此度の戦、皆よくやってくれた。敵方が籠城を選んだゆえに長期戦になることが見込まれていたが、上手く敵方を煽ってくれた者がいたようである。そして戦功第一はやはり藤助殿であろう。このこと、間違いなく御屋形様にお伝えするゆえ、安心して国許に伝えれば良い」
「ありがたき幸せにございます。丹波守殿にぜひお願いしたきことがございます」
「なんであろうか」
「我らは褒美を望みませぬ。ただ少しばかりの兵糧を三河の各地へ送っていただけぬでしょうか。ここしばらくの松平による攻めをなんとか撃退はしておりますが、兵力差をどうにかするために我らが選べる手は籠城が基本とされております。ですが何度も籠城籠城と続きますと、こちらの貯えが底をついてしまうもので」
「御屋形様にそのことは」
「すでに。ですがなかなか側近方の承認が下りぬのでございます」
この場に駿河の側近衆(阿呆ども)はいない。ゆえにそのような陳情が出ていたことなど誰も聞かされていなかった。
「備前が傍におりながらなんということだ。最前線にて今川の領地を守っている者たちを労おうともせんとは。わかった。鵜殿は戦功一番の褒美を辞退し、代わりに手厚い三河の支援を求めていることを御屋形様にお伝えしよう」
「ありがとうございます!」
しかしそうか。三河方面の物資が不足することは当然として、相も変わらず駿河衆が馬鹿なことをやっているのか。
御屋形様の傍には泰朝殿もいるし、氏俊殿もいる。それでも側近衆の力が強すぎるのは悩ましい問題だな。武田の動きが不穏である今、北条との関係は非常に重要だ。葛山家への配慮が慎重になりすぎている結果、悪い方向にパワーバランスが崩壊しているのであろう。
「飯尾豊前守とその一族ら、捕縛した者たちについてはこのまま今川館へ連行することになっている。此度捕えきれなかった者たちについては」
「その前に一つお伝えしなければならぬことがございます」
「如何した」
氏忠殿は申し訳なさそうに元信殿に頭を下げた。
「此度門を開いた飯尾主計についてなのですが、城内突入した乱戦の最中に味方の者が誤って斬ってしまったようなのでございます。骸もまた最中にどこかに埋もれてしまったと」
「なっ、なんと!?曳馬城落城した最大の功労者とも言える主計を殺してしまったのか」
「はい。私も後で知らされ、急いで骸を探し出そうとしたのでございますが」
「うぅむ」と元信殿が唸られた。俺も栄衆よりこの事実を伝えられたときは驚いたものだ。
まさか城門解放の功労者を殺害してしまうとは。鵜殿の統率はどうなっているのかと。だがまぁ乱戦の最中で、そもそも氏忠殿の目的は別にあった。
混乱の最中、誤ってということはあるのやもしれん。俺はまだそのような状況に身を置いたことが無いから分からぬ話ではあるが。
「それと…。妹の椿もまた我らに刃を向けてきましたゆえ、やむを得ず…。制圧することが出来れば良かったのですが、とてもそういったことが出来るような状況ではなく」
「そう、か。それは…。無念なことであったな」
「はいっ」
わずかに身体を震わせながら天を仰ぐ氏忠殿。
その表情には明らかに無念という感情があふれ出していた。
その後も各地の戦況や、功に関する報告、この後の動きについて共有されていく。後処理は遠江衆が担うこととなっており、幸いにも早く帰りたい俺はその御役目を逃れることが出来た。
城内の安全が確保され次第、元信殿がこの城に入ることになるらしい。
「これにて軍議は終わりとする。各々、先ほどの話通りに」
俺は皆が出て行ってからゆっくりと立ち上がり、そして外へと出た。
すでに外は薄暗くなっており、本陣周りは松明で灯りが確保されているような状況だ。思った以上に長かった軍議に腰が悲鳴を上げており、さらに鎧をつけてということに慣れず、関節が動くたびにパキパキと音を立てていた。
「右門殿」
「これは丹波守殿」
「如何であった、初陣は」
「ハハ、配慮いただきましたゆえゆっくりと城攻めとはどんなものかを知ることが出来ました」
「それは不満であろうか?しかし此度は仕方が無かったのだ。前線にて手柄を挙げさせたくとも、御屋形様から何度も釘を刺されていたゆえに」
元信殿はどこか困ったような様子で顎髭を撫でられた。
「その年頃であれば、そして一色家の置かれた状況を考えれば何としても手柄が欲しかったところであろうがな。しかし目に見えぬ手柄はすでにあげている。そうであろう?」
「…」
「最初に一色の陣より送り込まれた使者の意味。俺には右門殿が何かを仕掛けているようにしか見えなかった。だが城内を監視している者たちからは何も報せが無く、暗躍していると言った情報も無かった。ゆえにただ何かが裏手側であったのだと思っていたが」
「やはり丹波守殿の目は誤魔化せませんか」
「正直に話せ。何をした」
「我が手の者を城内に潜り込ませておりました。そして籠城を終わらせる手を探していたのでございます。聞けば飯尾の者たちは城の貯えが僅かだったことから、兵糧を兵に与えずに済むように隠していたようでございます。そういった出来事が重なったことで、飯尾家中が降伏と継続で別れたのでございます。私はその内、降服派に近づいて城を開け放つように求めました。これが飯尾主計が我が手の者に託した文にございます」
背後にいた道房から文を受け取り、それを元信殿に渡した。中にはこの戦に反対していた者たちの名が連ねられていた。
「この者たちの助命懇願。飯尾家の断絶はやむを得ないものであると理解したうえで、巻き込まれた者たちを助けて欲しいと求めてきたのでございます。無事に城を落とすことが出来れば、私が奔走すると約束したことで門が開かれました」
「…なぜこのような大事なことを今の今まで黙っていたのか」
「それは気になることが出来てしまったからでございます。こちらの名を確認していただければ、私の懸念が伝わるかと」
元信殿は俺が指さした場所を見て眉間に皺を寄せた。
「これは…。いったいこれはどういうことか。あの男の報告とまるで話が違うではないか」
「そうなのです。私も先んじてあの報せを聞き、意味が分からぬと先ほどの場では言及いたしませんでした。もしかすると何者かの意思がそこにあるのではないかと思ったので」
「右門殿が機転の利く男で助かった。この話は我らだけの共有とし、少々探りを入れてみるとしよう」
手にしている文に皺が入る。自分たちの知らないところで何かが起きている。そう思わずにはいられないのであろう。
だがそれは俺も同じである。どこか不気味で、何かがあってもおかしくはないとしか思えない状況である。
「丹波守殿、一つお願いがございます」
「なんであろうか。このような土産を持ち帰ってきてくれた右門殿であるゆえ、出来る限りのことはしてやりたいが」
「ならばこの一件、ぜひとも預からせていただきたいのでございます」
「ほぉ?」
「我が手の者であれば、いったい城内で何が起きたのかを調べることも出来ましょう。それが今川家のためになるというのであれば、私は全力で事の解明に努めるとお約束いたします」
しばらく沈黙の時が流れた。
そしてついに元信殿は頷かれた。
「わかった。もし助けが必要となれば遠慮なく俺を頼るがよい。前にも申した通り、出来る限りのことはやってやる」
「ありがとうございます。丹波守殿も何か困ったことがあれば、私を頼ってください。例えば」
俺は曳馬城を見て、そして改めて元信殿に視線を向けた。
「曳馬城の復旧にかかる資材など。私であればいくらでも融通することが出来ますゆえ」
「たしかに右門殿ほど頼りになる者もおらぬな。随分と派手に皆が暴れてしまったゆえ、いっそのこと城を立て直した方が良いのではないかとすら思える有様よ」
引きつった笑いを見せられた元信殿。だがたしかに俺もそう思う。
城づくりなんてものには知識のちの字も有していない俺ではあるが、再利用出来るかどうかかなり微妙な状態であることくらいはわかる。
辺りが暗くて今はよくわからないが、日が昇ればぼろっぼろの曳馬城が目に飛び込んでくるだろう。それならばいっそのこと、縁起が悪いとされる曳馬の名を捨てて浜松城にでもすればよいのだ。元康が史実でそうしたように。
「まぁ、とにもかくにもこのことよろしく頼むぞ」
「はい、お任せください」
さて、俺の役目も終わったゆえ栄衆を総動員させるとしようか。燃え上がった日が傍目に見れば鎮火したように見える。だが一見そう見えても、実は火種が残っているなんてことは往々にしてあることだ。それを放置していて、また燃え上がったりなんてすれば目も当てられない。
俺の役目は水をぶっかけてでも再燃の恐れを潰すこと。たとえどのような方法を用いてでもな。
今投稿も最後までお付き合いしていただきありがとうございます。
次回投稿は明日の予定ですので、更新をお待ちくださいm(_ _"m)




