第50話 終わった
大統領公邸前での戦闘が終わり、長屋はバックルに手をかけ、グッと前に取り外す。
ベルトが外れ、それと同時に長屋の全身を覆っていたラバースーツと装甲が流体金属になり、バックルに吸収される。残ったのはバックルの本体のみだ。
それと同時に、黒須たちを守っていた絶壁の金属板も融解し、水のようになって地面に吸収されていった。
「陽介君!」
「ヨウ君!」
長屋の元に、黒須と高崎が駆け寄ってくる。二人とも感極まっているのか、走ってくる速度そのままに長屋の胸と腹に飛び込んできた。
「ぐぇっ」
「もう! 急に変なこと言い出すし、なんか変な服着てるし、無茶苦茶しすぎだよ!」
「そうだよ! バイクで目の前に出てきた時は誰って思っちゃったし!」
「すまないな、茜、マリ」
「それにその言葉遣い! 陽介君はそんな話し方しないよ!」
「まぁ、これには事情がある。さっき説明するって言っただろう?」
「なんかヨウ君だけどヨウ君じゃない感じー! ムズムズするー!」
泣きそうな表情をしながらも、長屋が変わってしまったことに敏感に反応する二人。
どうしたものか、と長屋は考えていると、西原やナナ、女性軍人がこちらに寄ってくる。
「長屋君……。いえ、長屋さん。上手く適合できていますか?」
「あぁ。スワンプマン |《この時代の俺》 を主体として、オリジナルの私のインストールは完了した。融合比率も上手いこと調節できたよ」
「普通の人間なら、人格を消失する可能性を考えて拒否する人も多い技術ですが、問題はなさそうですね」
「元の私が、そういう運命を受け入れるような人間だったというのも大きいがな」
そんな話を西原としていると、黒須と高崎が不思議そうな顔でこちらを見る。
「陽介君、お母さんとそんな感じだったっけ?」
「え、この人、ヨウ君のママなの?」
「本来は保護者、今は部下みたいなものだ」
「何それ……」
そんな話をしていると、遠くからヘリのエンジン音が聞こえてくる。それはすぐに近づいてきて、やがて小型のヘリが登場する。大統領公邸の正門あたりに着陸したヘリからは、見たことのある人物が降りてきた。
「なんだ、この有様は! どうしてクーデター部隊が壊滅している!?」
赤石首相だ。大統領暗殺の任務が終わった頃合いを見て、大統領の首を拝みに来たのだろう。そんな彼が見たのは、味方が無残に散っている場面。困惑と怒りが湧いてくるのもやむなしだ。
そんな赤石首相の横に、一台の黒の高級車が正門から入ってくる。ちなみに正門はクーデター軍や上京区の連中によって解放されている。
黒の高級車が赤石首相の横に止まると、助手席から黒スーツの男性が降りてきて、後ろのドアを開ける。そこから降りてきたのは、一人の男性であった。30代前半くらいの、まだ若々しい雰囲気を纏っている。
「貴様……、高山宮禄久、とか言ったな?」
赤石首相は、禄久親王のことを見て吐き捨てるように言う。高山宮家の当主にして、天皇の血筋を持っている人間だ。
「おや、古代日本の国家的象徴である現人神の子孫に対して言う言葉ではないですねぇ。義務教育をやり直したらいかがでしょう?」
「そういう貴様こそ、帝王学を学んできたくせに。いまどき帝王学など古臭い勉強なぞ通用する世界ではないだろうが。それに貴様は神の子孫でもなんでもないだろ」
「その減らない口に鉛玉をぶち込んでもいいんですよ?」
「おう、やれるもんならやってみろよ」
なんだか血が流れそうな状況だ。見かねた長屋が仲裁に入る。
「そこの二人。言い争いはそこまでにしよう」
「長屋陽介……。その様子だと本物と合体したようだな」
「しかも珍妙な変身装置を持っていると言うことは、この無残な光景はあなたが作り出したもの、ということでしょうか」
「察しが良くて助かる。それで今後の話をしたいのだが」
「はぁ、こうなると思ったよ」
「武力行使が無駄だと分かれば、大人しく交渉のテーブルに座るのがマナーでしょう」
一応話を聞く気はあるようだ。
「まずは赤石首相。あなたは内乱罪によって死刑が確定するだろう」
「そうだな」
「そして禄久殿下、あなたも内乱等幇助罪の首謀者として投獄は免れない」
「ごもっとも」
「しかし両者とも事は穏便に済ませたい、と考えている」
長屋の言葉に、二人は頷く。
「ではこのようにするのはどうだ? 大統領令によって、禄久殿下を国家元首とする。ただし、国家元首の下にある首相の任命権など、通常の国家元首が有する官吏任命権を失った完全な象徴として存在する、というものだ」
「かつての日本国やスウェーデン王国のようなものですな?」
「そうだ。その時、国家元首と同等の権力を持った存在である首相を、再び赤石首相に任せる」
「なるほどな。それなら文句はない」
「こうして、象徴天皇制を中心とした新しい日本を再々建国する、というわけだ」
「なかなか面白い状況だな。しかし肝心の野々瀬大統領はどうした?」
「だいたい察している通り、野々瀬大統領はすでに死去されている。だが、今すぐに行動に移せば、大統領の死は隠せるだろう」
「承知した。では口頭で大統領令を受け取ったことにしましょう。すぐに部隊を撤収させます」
「俺も一度退避するか。大統領の死を無駄にするわけには行かないからな」
そういって二人はそれぞれ乗ってきた物に乗り、その場を去っていく。
そこに黒須と高崎が恐る恐る近づいてきた。
「陽介君……、今のはどういうこと?」
「うち、何言ってるのかさっぱり分からなかったー……」
そんな二人を見て、長屋は少し笑う。
「大丈夫。全部丸く収まるよ」
そういって両手をそれぞれ二人の頭に乗せる。
ひとまずの動乱は終わったのだ。今はその安堵に心を落ち着かせるときだろう。
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その後、野々瀬大統領の死が公表された。その際に最後の大統領令として、再々建国の命令が下り、禄久殿下が天皇として即位した。国家再編に伴い、そのリーダーとして赤石首相が任命される。
こうして大日本共和国は終わりを告げ、新生日本国という国家が誕生した。
しかし世間はスキャンダルや陰謀論が好きなものである。新生日本国を裏から動かしているのは、一人の高校生という噂がまことしやかに囁かれた。本当か嘘か、それはただ一人を除いて闇の中である。




