第40話 首相
5月も終わりに近づいてきている。そんな中、とあるニュースが一斉に報道された。
『首相 高校に視察へ』
最近何かと騒がせている大日本共和国の首相が、高校へ視察に来るという。しかもその高校が問題だった。
『首相はランダムで決定された新和光高校へ視察するという』
長屋がいる高校だ。
『現在の就労状況は、高校卒業後に就職するのが一般的だ。この教育方針が問題ないのかを確認するため、当事者である高校生に直接意見を聞くことを第一の目的としている』
ニュースサイトでは、このような建前が書かれているが、長屋はどうもそのようには思えなかった。
『これだけなら、なんともない普通の視察だが、視察の日は明日と発表している。直前に決まった理由は明らかにしていない』
現在木曜日の夜である。視察の発表は16時なので、本当に直前に公表したことなのだろう。
「なんとも言えない、黒い何かを感じる……。こういっちゃアレだけど、黒幕に近いんだろうなぁ」
自宅のベッドにて、スマホでニュースを見る長屋がそのようにぼやく。そして自己嫌悪に陥った。
「自意識過剰で痛いヤツみたいじゃないか……。いや、俺に直接関係する話じゃないけど……」
それに呼応するように、ニュースサイトのコメント欄は不安と恐怖が入り混じっているような、長屋と同じ感じのコメントが並ぶ。
長屋はこれ以上考えるのを止めた。考えてもネガティブな気持ちになるだけだ。
「明日は何事もありませんように……」
そう願いながら眠るのだった。
翌日。学校の周りは物々しい雰囲気に包まれていた。当然だ。国の重要人物が訪問するのだから、護衛を増やすのは常識である。周辺地域では危険物を持っていないか確認するため、抜き打ちで持ち物検査が行われていた。
それは新和光高校の生徒でも同じことで、校門のところで先生たちにバッグの中身を見せなければならなかった。
この日ばかりは拳銃を置いてきた長屋は、危なげなく登校に成功する。少々心臓に負担がかかったが。
そして奇妙な空気が流れる教室に入る。今までにない緊張感が漂っていた。
気が抜けないホームルームが行われる。
「皆さんもご存じの通り、本日は首相が我が校に視察に来ます。このクラスには一限の時に来られる予定です。粗相のないようにしてください」
担任の田口先生がそのように言う。言葉のところどころに緊張が混じっているように聞こえる。
そして一限が始まるチャイムが鳴る。
始まってから10分ほど。教室の外にスーツ姿の女性が増える。おそらく政府関係者の職員だろう。
ほどなくして、教室に案内されて男性が入ってきた。
赤石孝三郎。大日本共和国の首相である。30世紀政治革命以降で最年少の36歳で首相に就任。以来約10年もの長期政権を維持している、行政の首領である。
そんな赤石首相は、職員から小声で説明を受ける。そしてその様子を、新聞記者やテレビクルー、内閣の広報担当が撮影していた。
(よくない噂ばかり聞くけど、こうしてみると普通の政治家って感じだな……)
こっそりと赤石首相のことを見る長屋。こうして見れば、ある種のカリスマを持っている政治家タイプの人間だろう。
そんな時、赤石首相がチラリと長屋のことを見た、ような気がした。
すぐに長屋は視線を切る。
(なんだ? 今、見られたのか……?)
刺すような視線。まるで冷酷な殺し屋のような視線だ。
そして赤石首相は教室を出ていった。
緊張の一限が終了する。緊張が解けたことで、長屋は尿意を催す。そそくさと男子トイレに向かう。
トイレに入り、小便器の前に立つ。チャックを下ろした時、誰かがトイレに入ってくる。
そして長屋の隣に立った。長屋がチラリと横を見ると、そこには赤石首相の姿が。
「っ!」
驚きで長屋は思わず息が止まる。
「おや、大人の男性は珍しいかね? 長屋陽介君」
同じように小便をしながら、赤石首相が尋ねる。
「同じ男性なのだから、仲良くしようじゃないか」
「……なんで自分の名前を知っているんですか?」
「君はある意味で大統領のお気に入りだ。行政府の長としては知らないはずがない」
「そうですか……」
長屋はさっさとこの場から逃げたくなった。
そんな中、赤石首相が切り出す。
「これは独り言だが、来月中には陸軍の一部将校によってクーデターが起こるだろう」
「は……?」
「目的は軍事政権の樹立。そのためにまずは僕のことを暗殺しに来るだろう。しかしそんなことはすでに承知だ。そこで僕はクーデター首謀者の陸軍将校たちに提案した。『僕がクーデター軍を承認するから、軍事政権が樹立したら僕をリーダーにしてくれ』ってね」
赤石首相は排尿を終えて、チャックを閉める。そして手を洗う。
「その際に、君の味方をしてくれる組織を攻撃し、必要な物を強奪するかもしれないが、悪いと思わないでくれ」
手を洗い終え、ハンカチで手を拭きながら赤石首相はトイレから出ていった。
と思えば、再び戻ってきて顔だけを出す。
「もしかしたら君のことを利用するかもしれないし、場合によっては殺すから、その時はよろしく」
今度こそ赤石首相は去っていった。
「マジかよ……」
長屋はしばらく呆然とするしかなかった。




