第21話 見学
午後の授業を終え、いつものように長屋と黒須は一緒に下校しようとしていた。
「茜って妹さんとかいるの?」
「うぅん、一人っ子だよ。昔、妹が欲しいってお母さんに言ったことあるけど、そもそも妊娠するだけでも大変なんだよね。その辺りの記憶はある?」
「そうなんだ、全然覚えてないや」
そんな話をしながら教室を出ると、野沢と中下のペアに遭遇する。
「やぁ、長屋君。少しだけ時間をもらっていいかな?」
「……ちょっとだけなら」
長屋は黒須のことをチラ見して、数分なら問題ないと判断した。
「ありがとう。本題なんだが、長屋君は部活や委員会に興味はないかね?」
「部活と委員会……、ですか?」
「あぁ、どちらも所属は任意だ。我が和光高校は何かの強豪校とかでははないのだが、運動習慣や文化振興のために部活をしている生徒もいる。委員会も同じだ。これを渡しておくから、ぜひ見学でもしていってくれ」
そう言いながら、野沢は一枚の紙を差し出す。長屋はそれを受け取った。
プリントの表には、部活の一覧と簡単な紹介が書かれてある。
「分かりました。検討します」
「ちなみに僕は卓球部に入ってるよ!」
中下が付け足すように言う。
「ちなみに野沢さんはどこかに入っているんですか?」
「俺は生徒会役員会に入っているな。男子会の代表としての側面が強いけどね」
長屋の質問に、野沢が答える。
「なるほど。参考にします」
「それじゃあ、今日はこの辺で」
「ばいばーい」
そう言って野沢と中下はその場を後にした。
「部活かぁ……」
長屋がプリントを眺めているとき、ふと黒髪の姿が目に入る。黒須はなぜか驚いているで、口をパクパクとさせていた。
「……どうしたの? 茜……」
「だっ、だって、男子が3人も……。珍しすぎる光景で……」
「ああ、なるほど……」
長屋の感覚に直せば、男子だらけの高専で女子が集まっているようなものだ。確かに珍しい。
とりあえず二人は下校する。
「茜は部活か委員会に入ってないの?」
「私は入ってないよ。仮に入ったとしても、これといったメリットがないんだよね」
「そんなものかぁ……」
そうは言いつつも、長屋は貰ったプリントを眺める。部活は卓球、テニス、文芸、ITの四つがあるようだ。
プリントの裏面には各委員会の紹介が書いてある。放送、保健、図書、美化、風紀、選挙の六つのようだ。
生徒の数が少ないためか、部活も委員会も種類が少なく感じる。
「所属は任意って言ってたけど……」
プリントを貰った時の野沢の表情を思い出すが、どうも「どこかには入れ」という圧力を発していたような気がする。
「……まあ、見学だけでも行ってみるか」
とりあえず、興味のある部活を見て回ろうと考えた。
翌日の放課後。黒須と共に、とりあえずそれぞれの委員会を回ってみた。しかし、毎日活動をしているのは放送委員会と図書委員会のみであり、美化委員会に至っては月一の簡単な定期清掃活動すら行っていないという、なんとも形骸化した組織であることが分かった。
「こりゃ委員会に人が集まらないわけだ……」
委員会に所属するという線は消えた。
ならばと部活に視線を向ける。まずIT部の活動を覗いてみた。
「うちの部は『AIと人間の協力』を合言葉に、パソコンに関することを幅広く取り扱っています」
懇切丁寧に部長が対応してくれた。実際に作業の様子を見せてもらうと、アイテクノロジーゼロ株式会社製のAIエンジニア「ゼロゼロワン」を使ったプログラミングやWEB記事作成を行っていた。
それを見た長屋は思った。
(これ、AIエンジニアありき……、というか任せっきりというものでは?)
生徒たちの様子を見ると、質問をAIエンジニアに投げて、返ってきた言葉をそのままソースコードや記事に反映している。
(確かに分からないところを底上げしてくれる存在だが、もうちょっとなんとかならなかったのだろうか……)
そんなことを思い始めると、これがなかなか収まらない。
長屋は、人間の闇を見たような思いだった。
結局、IT部の部長には保留と伝え、部室を出た。
「次はどこに行くの?」
黒須が長屋に聞く。
「次は……、文芸部にでも行ってみるか」
そういって屋上に続く階段の横にある教室へと向かう。西日が入ってきているにも関わらず薄暗く怪しい廊下を進み、文芸部の部室へと到着した。普通の教室の半分しかない部屋だが、異様な存在感を示している。
文芸部室の前に立つが、額に冷や汗が出てくる。それだけ普通ではない何かに体が反応しているのだろう。
「……行くか」
意を決して、長屋はドアをノックしようとする。
その瞬間、先にドアが開いた。そして中から金髪のギャルが出てきた。
「えー、何?」
「うぉっ……」
「うわ、男子じゃん、ウケル」
そういってギャルはケタケタ笑う。
「え、えーと……」
「あー、とりあえず中に入っちゃってー」
なんとも軽いノリで部室に招き入れるギャル。
長屋と黒須はお互いの顔を見てしまう。お招きされたのなら入るほかないと腹をくくり、長屋から入っていった。
「失礼しまーす……」
部室に入る二人。壁には本棚があり、そこには本がびっしりと納められている。その全てが小説らしく、純文学からライトノベルまで揃っている。
「まー、自由にしちゃっていいよー」
そういってギャルは、何故か設置されていたソファに座る。
「えー……と」
「君が話題になっている男子の転入生でしょ?」
「え、えぇ、はい」
「やっぱりー。うちに入部する?」
「い、いやぁ……」
長屋は意見をはぐらかす。
「まぁ、この部活はのんびりするにはいいよー。顧問は怒らないし、本は読み放題だし。堕落で実績作るならオススメだよー」
そういってギャルはペットボトルのジュースを片手に、ソファに寝転ぶ。
長屋、ここまでロクに会話も出来ていない。
(さすがにこのまま帰るのもなぁ……)
そう考え、長屋は声をかけようとする。
「え、えーと……」
「あぁ。うち、高崎マリ。ギャルっぽい見た目してるけど文学少女でーす」
そういって手をヒラヒラさせる。
「……どうする茜?」
長屋はついに黒須を頼ることにした。高崎に聞こえないように、黒須に耳打ちする。
「どうするって?」
「なんか、このまま立ち去ったほうがいいような気がしてさ」
「確かに……。そのほうがいいかも」
二人はそろーっと部室を出ようとした。
「あ、ちなみにー? 文芸部入ってくれたら部室使い放題でイチャイチャできるけどー? それはいいのかなー?」
高崎のその言葉に、黒須が食いついた。
「それってどういう意味ですか!?」
「そのまんま。うちもうちで幽霊部員が多くてさー。実際に部室使ってるのはうちと部長だけなんだよねー。つ、ま、り?」
「校内で合法的にくっつくことができる……!」
「そゆことー。はい、入部届の紙はここにあるから、書いていいよー」
その言葉に誘われるまま、黒須は入部届の紙に名前を書く。
「え、あ……」
長屋が止める間もなく、黒須は入部届を高崎に差し出す。
「安心して陽介君。陽介君の名前も書いておいたから……!」
ドヤ顔で長屋のことを見る黒須。長屋は一人暮らしであることを伝え忘れていたため、この状況に頭を抱えるしかなかった。




