第20話 タブー
週明け。長屋は悪い意味で心臓をドキドキさせていた。バッグの中に今までの人生で扱ったことのない道具である銃器を忍ばせているからだ。
昨日は、銃の扱い方について、ネットに転がっている記事や動画を漁り、付け焼き刃程度の知識を身につけた。弾丸は装填されているが、セーフティーをかけている状態だ。これで暴発はしないはずである。
そんな中、ふと登校中の学生の姿が目に入る。
(普通の学生でもバッグに拳銃を隠し持っていたりするものなのだろうか……。そうなると、この国の治安は悪い方向に━━)
そんなことを考えていると、後ろから声をかけられる。
「おはよう、陽介君」
「ぅおっ……! お、おはよう、茜……」
「……どうしたの? 何かあった?」
挙動不審な長屋を見て、黒須は心配になる。
「い、いやぁ……」
長屋は一瞬考える。
(このまま茜に銃を持っていることを打ち明けていいのだろうか……? でもネット記事とかでは堂々と構えてたりするから、隠すほどのものでもないのかも……。いやいや、こういうのは一部タブー視されてるとかあるから……)
そんなことをグルグルと考えていると、黒須が口を開く。
「デートの時の事件、結構大きなニュースになってたね」
「そ、そう? テレビとかニュースってあまり見ないから知らないや……」
「ああいう事件が起きると、やっぱり護身用の銃とか持っていないとなぁって思うようになっちゃうよね」
(あ、銃は別にタブーの話じゃないんだ……)
心の奥で安心した長屋は、留めていた胸の内を明かす。
「やっぱり銃を持ってた方が安心だよなぁ。持ち歩いてないと、ちょっと不安になるしね」
それを聞いた黒須は、バッと長屋のことを見る。
「え……、陽介君、今銃持ってるの? 18歳未満は保護者の同意なしには所持しちゃいけないのに……?」
それを聞いた長屋は血の気が引くような感覚がした。
「い、いやいやいや! 常に持ってたいなぁって願望! 願望だから!」
長屋は慌てて修正する。
「願望ならいいけど……」
なんとか黒須の誤解が解けたようで、長屋は安堵のため息を漏らす。
(保護者ならその辺りの知識も授けてくれ、西原さん……!)
遠回りに西原への責任転嫁を図る長屋。西原にしてみればいい迷惑だろう。
とにかく、拳銃を持っているのはよろしくないようなので、このままバッグの中で眠ってもらうことにした。
その後、何事もなく学校に到着し、授業を受ける。この日の一限目は、近代文という国語の単元であった。
「このように、2000年代からインターネットの発展に伴い、現代へ繋がる文体に変化していきました。今日は近代文でも初期の文章を読んでみましょう」
教科書に載っている文章は、どこからどう見てもギャル文字である。しかもかなり読みにくい。
(なんでこの時代の学生は、ガラケー時代のギャル文字を習っているんだ……?)
そのような疑問に答えてくれる人はいなかった。
やがて昼休みになる。長屋は持ってきた塩にぎりを取り出そうとすると、黒須が声をかけてくる。
「陽介君……これ」
そう言って弁当を差し出してきた。
それを見た長屋は、一瞬なんのことかと思い、そして先日約束した「弁当を作ってくる」ことを思い出した。
「あぁ! お弁当! 作ってきてくれたんだ!」
長屋は慌ててバッグから手を引っ込め、何事もなかったように振る舞う。黒須は少し訝しんだように見えたが、そこまでではなかったようだ。
「家に大きなお弁当箱がなかったから、もしかしたら量が足りないかもしれない……」
「大丈夫だよ。逆に健康的な体になれるかもしれないし」
そんなことを言いつつ、長屋は黒須から弁当箱を受け取る。両手に収まる程度の一段の弁当だ。確かに男子にとってみれば、幾ばくか少ないように感じるが、先ほどのことを言った手前、言い直すことはしたくなかった。
長屋は弁当箱のフタを開けると、そこには米、野菜炒め、卵焼き、ミニウインナーが入っており、バランスが取れているような献立になっている。
「おぉ、おいしそう」
「お口に合えばいいんだけど……」
黒須の心配をよそに、長屋は手を合わせて食前の挨拶を言う。
「いただきます」
箸を持ち、まずは卵焼きを取って食べる。
「……おいしい」
どうやらダシ巻き玉子のようで、ほのかに感じるダシの風味が良いアクセントになっている。
「そう? よかったぁ……」
黒須は安心したように言う。それに対して長屋は察する。
「もしかして、これ茜が作った?」
「そうなの。お母さんから教えてもらった……」
そういって黒須はテレテレとしながら手で顔を隠す。
「そうか……。俺は料理とか出来ないから、そういう出来ることがあるのは羨ましいな……」
長屋が寂しそうにそんなことを呟く。21世紀では親の手伝いで料理はしていたものの、全体を通して料理をしたことがなかった故の発言だ。
しかし、この発言に何を思ったのか、黒須が目を見開いた。
「そっか……。陽介君、記憶がないから……」
黒須がそのように呟いて、長屋の袖をキュッと小さく掴む。
「大丈夫……、その時は、私が教えるから……!」
何かを決意したように、黒須はグルグル目で長屋に伝える。
「おっ、おう……」
長屋はそのように反応する他なかった。
そして、その様子を外野から見ていたクラスの女子生徒は、複雑かつ様々な感情で悔しそうに眺めるしかないのだった。




