第22話 不審者
「えっ!? 陽介君一人暮らしなの!?」
入部届を出した後、文芸部からの帰り道。いつものように手を繋いで下校していた時に、長屋は自分が一人暮らしであることを告げた。
「じゃ、じゃあ、この間の事件の時に来てたお母さんは……!?」
「うーん……。名目上は保護者ってことになってる人、かなぁ」
「その人と一緒に暮らしているわけじゃないの……!?」
「そうなんだよね。一応これでも何とかなっちゃってるから、なんとも言えないんだけど」
「そうだったんだ……」
その話を聞いて、黒須は少し考える。
「……もしかして、文学部に入らなくても、陽介君のおうちに行けばイチャイチャできるってこと?」
「うん、まぁ……、そうだね」
「なんか無駄なことしちゃった気分だー……」
黒須が悔しそうにする。その時、黒須が何かひらめく。
「ん? それじゃあ、いつでも陽介君のおうちに行っていいってこと?」
「それは健全な恋愛の範疇なのかな?」
思わず長屋はツッコんでしまった。
「それは健全だよ! よく漫画とかでお互いのおうちに行くシチュエーションとかあるし!」
「うーん、まぁ……」
それ以上深く答えるのは止めた長屋。迂闊なことを言えば、記憶喪失が嘘であると見抜かれることになる。そうすれば、長屋が関わっている「播種の箱舟計画」のことが世間に流出してしまう。
とりあえず答えは濁しておくことにした。
「とにかく、家にお招きするのはもうしばらくしてからかな……」
「えー……」
黒須は少しふてくされるが、仕方ないなという顔をする。
「確かに、部屋に二人きりだと抑えが効かないかもしれないし……」
「……え?」
長屋は貞操がヤバいような想像をしてしまう。
(まさか茜に限ってそんなことは……、ないと信じたい……)
節度を守ってほしいと願う長屋であった。
結局、この日はマンションの前で別れ、一人で帰宅した長屋。玄関の扉を閉め、鍵をかけた時、インターホンが鳴る。
「誰だ……?」
このマンションは、エントランスに各部屋のインターホンが設置されているタイプで、それゆえに防犯性能は高めである。
インターホンの映像を見ると、そこには張り付けたような笑顔をしたスーツ姿の男性が立っていた。
「え……、マジでどちら様?」
長屋は困惑していると、向こうから話を始めてきた。
『あなた、今幸せですね?』
幸せであることをあちらから提示してきた。このパターンは生きていて初めてである。
長屋は居留守でも使おうと考えていると、さらに向こうが話を進めてくる。
『彼女もいるようですし、それはそれは幸せのはずでしょう。でも、その幸せがひっくり返るとしたら……?』
(なんだ? 新手の脅迫か? 確かに彼女はいるが……。さっきの帰り道で見かけたのか?)
しかし、不気味な感触が長屋の背中をゾゾゾと撫でる。何かヤバいものに巻き込まれているような、そんな予感だ。
長屋は応答ボタンを押して、思わず反応してしまう。
「……あなた、不審者ですか?」
直球の質問だ。
『確かに、あなたから見れば不審者でしょう。ですので、私が何者であるかの証拠を見せたいと思います。よろしければ、名刺を直接お渡ししたいのですが……。いかがでしょう?』
リスクのある提案をしてくる。
(この不審者、本当に何がしたいんだ……?)
『もちろん、私も相応のリスクを背負うことは出来ます。例えば、今お持ちになっているスクールバッグの中に入っている拳銃を私に突きつける、とかでしょうか?』
長屋は思わず鳥肌が立ってしまう。見えるはずのないバッグの中身を言い当ててしまったのだから。
そう言われてしまったら、余計に接触するべきではないと判断せざるを得ない。
「……申し訳ないですが、名刺は郵便受けに入れておいてください」
『そうですか……。分かりました。本日はお時間をいただき、ありがとうございました。ではこれで……』
そういって不審者は、インターホンの向かいにある郵便受けに何かを投函して、エントランスから去っていった。
長屋は10分ほど待ってから、郵便受けに投函された名刺を取りに行く。名刺を見てみると、そこには「高山宮家家令長」「久野友也」と書かれていた。ご丁寧に電話番号も書かれている。
「怪しさ満点だろ……」
長屋はこの場で破って燃えるゴミに出してやろうとも考えたが、それでは不審者に負けたような感じがするので、とりあえずポケットに突っ込んでおくのだった。




