第16話 弁当
「……というわけで、2999年を発端とする30世紀政治革命は、皇室を中心とした立憲君主制の政治体制を数年かけて現在のような共和制に移行させました。もちろん当時の世論はさまざまな反応を見せましたが、皇室典範という枠組みでは対象しきれないイレギュラーな社会情勢が許さなかった、とも言えます」
近代日本史という授業で、教師の言葉に耳を傾ける長屋。転入前の勉強のおかげで、事前に知識としてはあった。しかし長屋からすれば、かつて自分が生きていた国の事情を歴史の出来事として学ぶのは、ちょっとした抵抗感というか、不思議な感覚に襲われるだろう。
(しかし、日本を襲ったイレギュラーな社会情勢が、まさか男性が生まれてこないこととは、21世紀では思いもしなかっただろうな……)
そんなことを漠然と考えながら、長屋はノートを取る。
そんなこんなで昼休みがやってくる。長屋は自分で炊いた米で作った、シンプルな塩にぎりを取り出した。
そこに隣の席の黒須がやってくる。
「あの、陽介君……」
「く……茜、ど、どうかした?」
いまだに女子に対する耐性ができてない長屋。
それでも黒須はグイグイと来る。
「その……お昼、一緒に食べたいなぁ……って思って」
そういって黒須は自分の弁当を長屋に見せる。
恋人になったらやるべき行為その4くらいに入る「一緒に昼食を食べる」というイベントが発生した。
「うん、いいよ」
長屋も断る理由などなかったので、その提案を受け入れる。
黒須は小さく喜んで、椅子だけを長屋の横に持ってくる。そして長屋の机の上に弁当を広げた。女子らしいミニマムな弁当だ。
長屋も自分の弁当を広げる。とはいっても、塩にぎり2個だけであるが。
それを見た黒須は目を丸くした。
「陽介君のお弁当、それだけ……?」
「あぁ、うん。これだけかな」
「少し……さみしくない?」
「そうかなぁ……?」
長屋としてはこれで十分であるが、黒須はそうではないようだ。
黒須は少し考え、あることを思いつく。
「その、陽介君。陽介君が嫌じゃなければいおんだけど……、よかったら、私がお弁当作ってきてもいいかな……?」
黒須からの提案に、長屋は少し驚く。
それはまさに、恋人になったらやるべき行為その6ぐらいに入る「お弁当を作ってもらう」が発生しようとしているからだ。
長屋は考える。
(作ってきてもらうのはやぶさかではないが……。それではまるで、茜に甘えているというか、依存することにならないだろうか……)
浮かんできた懸念を、長屋はすぐに黒須に伝える。
「そ、それは嬉しいんだけど、茜の負担にならないかな……?」
黒須は一瞬キョトンとしたが、小さく笑う。
「大丈夫だよ。陽介君が元気でいてくれれば、それが一番嬉しい……」
その笑顔が、長屋の心臓を大きくトキめきさせる。
「じゃ、じゃあお願いしようかな……」
「任せて!」
そんな二人の空間ができているのを見ていたクラスの女子生徒たちは、険しく厳しい表情をしていた。その雰囲気は、21世紀におけるリア充を見る男子の目のようだろう。
そんな恋愛空間と化している二人に向かってズンズンと足を進める女子生徒が一人。相沢委員長である。
「ちょっと! 長屋さん!?」
机の前に立ちはだかり、長屋と黒須のことをジロリと見下ろしている。
「な、なんですか? 委員長……」
あまりの気迫に長屋も、男女関係なしにタジタジになってしまう。
そんな長屋なんぞお構いなしに、相沢委員長は言葉を続ける。
「あなたの恋路をそんなに他人に見せつけて、恥ずかしいと思わないんですか!?」
「……と、言いますと……?」
なんの話かさっぱり分からない長屋は、疑問に思ったことを素直に言葉にした。
「あなたはこの高校の生徒です! この高校に何しに来ているんですか!? 勉強のためでしょう!? 高校は異性と出会う婚活会場ではありません!」
一息でしゃべり切った相沢委員長。少々息が途切れている。
「……そうなの?」
長屋は36世紀の常識など分からないので、隣にいる黒須に聞いてみた。
「い、一般的には学生は学生の役割を全うしなさい、というのが普通だけど……。現実的には学校が男女の出会いの場になってて、将来の出生数に影響する……、ってAIボットのクリスタル君が言ってるよ……」
スマホで大規模言語モデルを使用しているチャットボットに実情を聞いていた黒須。その回答に、相沢委員長はグヌヌとなっている。
「それはその通りかもしれませんが……! 本音と建前というのがあるでしょう!」
「とは言われても……。俺は記憶がないからなんとも言えないし……、ここは茜の意見を尊重したいなぁって考えてます」
「わっ、私は……陽介君と一緒にいたい……。出来る限り一緒にいて、それで、同じ将来を見られたらいいなぁ……って思うな……」
変なところで図太い長屋。ここで記憶障害を理由に、相沢委員長の意見を封じ込める。そして以心伝心したかのように黒須も意見が同調した。
結果、相沢委員長のほっぺが膨らむことになる。
「もうっ! なんなんですか二人して! 夫婦漫才でもしてるんですか!?」
そんな罵声を浴びせられ、長屋と黒須の二人は顔を見合わせる。一瞬、二人とも夫婦になる想像をして、顔を赤く染める。そしてそのまま押し黙ってしまった。
「うぅぅ……っ! はぁ、この二人に付き合ってるのが馬鹿らしくなるわ。もう勝手にして……」
相沢委員長は空気が抜けた風船のように大人しくなり、そのまま自分の席に戻っていった。
そんな対決を見ていた周りの女子生徒たちは、なんとも言い難いラブコメの波動を感じ、ちょっとだけ悶えているのだった。




