第15話 彼氏彼女
翌朝7時42分。ようやく長屋は目を覚まし、ベッドから出る。
「ふぁ〜……」
長屋は焼いてない食パンにジャムを塗って、それを頬張りながら、昨日のことを思い出す。
『お互い、もっと好きになれるように、いっぱいいろんなこと、しよう?』
黒須の甘えた声が脳内で再生される。そのことを思い出したことで、長屋は思わず悶えてしまう。
「ぐぉぉぉ……。なんだあの甘酸っぱい青春のような会話は……!」
青春の恋路とは無縁だったはずの長屋だが、36世紀に転生してから女性との交流が強制的に増えたことで、まさに青春真っ盛りの状態になっていた。
陰キャ側の人間である長屋にしてみれば、石の裏に隠れていたダンゴムシが突如石をひっくり返されて日の下に曝されたようなものだ。
「この俺に彼女かぁ……。正直実感がないな……」
感傷に浸りながら、長屋は制服に着替えて家を出る。
学校に向けて登校していると、曲がり角で黒須と遭遇した。
「あっ、陽介君……」
「おっ、おはよう……。あ、茜……」
「おは……よう」
思わぬ邂逅に、双方少なからずテンパってしまう。
「……と、とりあえず学校、行こうか」
「……うん」
そうして二人は並んで学校へ向かう。
その間、無言の時間が続く。
(こういう時、何の話題を出せばいいんだ……?)
陰キャ側の人間の運命なのか、会話ができない。
そんな時に思い出すのは、21世紀のマンガやアニメの知識である。
(確か聞いたことある……。恋愛というものは、相手を知りたいという欲求だと……!)
ウソかマコトか分からないような知識で対抗するしかなかった。
「その……茜って好きな物とかある?」
「えっ?」
「食べ物でも趣味でもいいんだけど……。こういう関係になったから、もっと茜のことを知りたいと思って」
長屋は良くも悪くも正直な人間だ。嘘はつかないし、つけないと思っている。だからこそ、このようにまっすぐ聞くのが長屋にとって最善なのだ。
そんな長屋の質問に、黒須は少し頬を赤らめながら、長屋のことを見て答える。
「わっ、私の好きな食べ物はイチゴで……。趣味は綺麗だなぁと思った風景を写真に撮ること……かな」
「なるほど……」
「よ、陽介君は?」
「え? あっ、俺?」
黒須からの思わぬ質問返しに、長屋は一瞬頭が空っぽになった。
「俺はー……」
何か趣味などあっただろうかと思考を巡らせた時、自分には記憶喪失の設定があることを思い出した。
「……何が好きなんだろう? 記憶がないから分からないな……」
「あっ、ごめんなさい……」
黒須はやらかした、という表情をし、手で口を覆う。
「ご、ごめんなさい……。そこまで気にかけてなかった……」
「いや、大丈夫だよ。そんなに気にしないで。今は今の自分が決めることだし」
そんな話をしているうちに、二人は学校へと到着する。
校門をくぐったところで他の生徒がざわめき出す。
10人もいない男子生徒のうちの1人が、36世紀では普通のスペックの女子生徒と並んで歩いているからだろう。
(なんかやたら見られている気がする……。36世紀特有の非常識行動か? また俺何かやっちゃったのか?)
少々緊張しながら、長屋と黒須は昇降口を通り、教室へ向かう。
教室の扉を開けると、すでに登校していた女子生徒たちが騒ぎ出す。
「あれどういう関係?」
「もう恋人同士ってこと?」
「そんなはずないわ! 私の方が上のはずよ!」
騒ぐというよりか阿鼻叫喚の様相を呈している。
21世紀に例えるならば、紅一点でクラスのアイドルが冴えない男子の彼女になった、くらいの騒ぎ具合である。
そんなことを考えていた長屋の前に、一人の女子生徒が立ちふさがる。
「これはどういうことですか……!?」
「あ、えっと……」
「クラス委員長の相沢です!」
長屋が彼女のことを思い出す前に、彼女から自己紹介された。
「それよりも長屋さん! 黒須さんとはどういった関係なのですか!?」
「え、どういうって……」
長屋はちらりと黒須のことを見る。
黒須は小さく慌てふためいて、意を決したように長屋の腕に抱きついた。
その光景をまざまざと見せつけられた女子生徒のうち、何人かが失神したようになる。
「な、な、な……」
相沢委員長もダメージを受けている。
「えっと……、彼氏彼女の関係……です」
長屋の言葉が決め手となり、相沢委員長は雷に打たれたような、顔面蒼白となった。
しかしすぐに気を持ち直し、長屋に宣言する。
「正妻の立場は奪われましたが、側室のチャンスは残っています! 長屋さん! これで終わりと思わない方がいいですよ!」
そう言って相沢委員長は長屋の横を通り抜け、教室を出る。
(36世紀では側室の概念があるのか……)
男子会でも二股していると言っていたので、そういう常識が広がっているのだろう。
長屋はそのように考えることにした。




