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第八話 凱旋!天下無害な『サバ煮大名』の泰平ライフ

慶長六年(1601年)春。

天下分け目の「関ヶ原の戦い」から数か月。

播磨国(兵庫県)の街道には、地平線の彼方まで続く色鮮やかな大名行列が進んでいた。

先頭を行く馬の上には、43歳となった別所長治。その表情は、かつて織田信長に怯え、豊臣秀吉の顔色を窺っていた頃の影もなく、穏やかで晴れやかであった。


「兄上! 懐かしき三木の山々が見えてまいりましたぞ!」

弟の友之と治定が、感無量といった面持ちで声を上げる。

沿道には、長治の『20万石大返り咲き』を聞きつけた播磨の領民たちが、黒山の人だかりを作っていた。

「別所様だ!」「別所様が三木に帰ってこられたぞーッ!」

「みんなー! ただいまーーーッ!!」

長治が笑顔で手を振ると、街道からは割れんばかりの歓声が巻き起こった。


史実では「三木の干殺し」として悲劇の舞台となり、一族の血で染まったはずの三木城。

しかし、歴史オタク・山本一郎の記憶と行動によって書き換えられたこの世界では、三木城は「日本一平和で、日本一兵糧が備蓄されている聖地」として、熱狂的な歓迎とともに長治を迎え入れたのだった。

「さて……! 誓い通り、全領民にサバの味噌煮と白飯を振る舞うぞ! 三木城の蔵を全部開けろーッ!」

「「おおおおおーーーッ!!」」

その夜、三木城下では数千人の領民が集まり、前代未聞の大宴会が催された。

悲劇の城主になるはずだった男は、こうして「領民に愛されすぎるサバ煮大名」として見事な凱旋を果たしたのである。


大坂の陣と「徹底した天下無害」戦略


時代は流れ、慶長十九年(1614年)。

徳川家康による豊臣家撃滅の最終決戦「大坂の冬の陣・夏の陣」が勃発する。


豊臣家 VS 徳川幕府。

豊臣家ゆかりの旧大名たちが「豊臣につくか、徳川につくか」で苦悩し、真田信繁や後藤又兵衛らが大坂城へ入城して散っていく中、56歳となった長治はどうしていたか?

「誰よりも早く徳川幕府(2代将軍・秀忠)の本陣に参陣し、巨大な医療&給食拠点を設営していた」。

「上様! 我が別所軍6千、この大坂の陣におきましても前線での戦闘は他の勇猛な諸将にお任せし、幕府軍全体の補給と傷病兵の手当てに専念いたします!」

徳川秀忠は大いに喜んだ。

「おお、別所! 先代(家康)の折から変わらぬその忠義と気配り、心強いぞ!」


長治(山本一郎)の頭の中には、はっきりと分かっていた。

「ここで豊臣に義理立てして大坂城に入っても、待っているのは全滅だけだ。歴史の波に逆らっちゃいけない。俺の使命は『別所家を江戸時代へ無傷でソフトランディングさせること』なんだ!」

真田信繁が赤備えで突撃し、大坂城が炎上する激闘の裏で、長治は「戦後処理のプロ」として大活躍した。

大坂城落城後、長治は家康から命じられ、敗残兵の捜索や助命嘆願の調整、さらには大坂の街の復興作業を完璧な事務能力で処理した。

「別所殿は敵にも味方にも情け深く、なおかつ書類の誤りが一つもない……」

徳川幕府の幹部(本多正純ら)からも「別所長治=絶対裏切らない、事務処理能力が神、害が一切ない」として、完璧な評価を確立したのである。


泰平の世へ:100歳まで生きた「伝説の生存者」


大坂の陣が終わり、元和の令によって「元和偃武(泰平の世)」が訪れた。

別所長治は、幕府からの信頼を一身に受けながら、三木20万石の治世に専念した。

長治が力を入れたのは、武芸の訓練……ではなく、「防災備蓄システムの確立」と「農業インフラの整備」であった。

・三木城の地下には、常に3年分の米・塩・味噌を常備。

・播磨各地に溜め池を掘り、干ばつに強い農地を建設。

・定期的に全領民へ「無料給食日」を設け、栄養状態を管理。

その結果、江戸時代初期に日本を襲った数々の大飢饉において、「別所領(三木)から餓死者は一人も出なかった」という驚異的な伝説が打ち立てられた。


「殿、本日も江戸の将軍様から『備蓄と治水の知識を教えてほしい』と上洛の要請が来ておりますぞ」

白髪交じりとなった淡河定範が笑いながら報告する。

長治は三木城の庭園で、孫たちに囲まれながらサバの煮付けを突いていた。

「ははは! 幕府に教えてやるか。『一番の防衛は、腹を減らせないことだ』ってな!」

長治の弟たち(友之・治定)も、それぞれ別所家の支藩を治め、子孫を繁栄させていた。

かつて天正八年に「一族全員で腹を切る」はずだった別所一族は、徳川幕府の中で「親藩・譜代並みに優遇される超・優良大名」として確固たる地位を築いたのだった。


寛永十六年(1639年)。

3代将軍・徳川家光の時代。

三木城の濡れ縁で、81歳となった別所長治は、静かに空を見上げていた。

(ああ……長かったなぁ……)

織田信長に平伏し、羽柴秀吉の兵糧攻めを回避し、徳川家康に城を差し出し、大坂の陣を生き延びた。

戦国時代という名の死にゲーを、歴史知識と徹底した「弱者の生存戦略(目立たず、役に立ち、腹を満たす)」だけで完走したのだ。


傍らには、すっかりおじいちゃんになった弟の友之が座っている。

「兄上……何を考えておられるのですか?」

長治はニッと笑い、静かに目を閉じた。

「いやな……『歴史を知ってる』ってのは、ズルいけど最高の武器だったな、と思ってさ」

「……はい? れきし……?」

「友之、三木の米は美味いか?」

「はい! 日本一美味い米にございます!」

「そうか。なら……俺の勝ちは決定だ」

別所長治(山本一郎)は、泰平の世を存分に味わい尽くし、家族と領民に見守られながら、大往生を遂げた。


戦国の世で「謀反を起こして干殺しされた哀しき悲劇の若武者」は、歴史改変によって「天下を救った最強の給食大名」として、永遠にその名を刻んだのである。


(――『シン別所長治 』完――)

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