第五話 秀吉政権の「目立ちすぎたら死ぬ」デスゲーム
天正十一年(1583年)から天正十四年(1586年)にかけて。
羽柴秀吉は、柴田勝家を破った「賤ヶ岳の戦い」、徳川家康と激突した「小牧・長久手の戦い」、そして「四国征伐」を経て、関白・豊臣秀吉となり、天下人への階段を爆走していた。
その怒濤の激動期において、別所長治(28歳)は何をしていたか?
「相変わらず、徹底して目立たず、完璧な飯を炊き、ノーミスで戦後処理をこなしていた」。
「賤ヶ岳の戦い」では、柴田勝家の軍勢と直接刃を交えることなく、秀吉軍の「美濃大返し」における深夜の松明案内と夜食の配給で大活躍。
「小牧・長久手の戦い」では、家康の強い野戦能力を熟知している歴史オタク長治は「絶対に家康と戦っちゃダメだ!」と秀吉に前線投入を免除してもらい、ひたすら陣地作りの土木工事と補給線の維持に徹した。
(よし……! 賤ヶ岳も小牧長久手も、戦死者ゼロ! 評価点は加点のみ! 減点ゼロ!)
三木城でサバの煮付けを突きながら、長治は満面の笑みを浮かべていた。
秀吉からの信頼は絶大。家臣も領民も豊かになり、何より干殺しの恐怖などどこへやら、三木城の蔵には米と味噌が溢れかえっている。
しかし――歴史オタク・山本一郎の知識は、豊臣政権が完成に向かうにつれ、恐ろしい「次のデスゲーム」が始まることを告げていた。
東播磨20万石という「絶妙に邪魔な立地」問題
「殿……少し妙な噂を耳にしたでおじゃる」
朝廷外交担当として京の情報を集めていた冷泉為純が、ひそかに長治に耳打ちした。
「関白殿下が、大坂城を中心とした畿内の直轄地化を進めておられるとか。その一環として、大坂から近く、交通の要衝である東播磨の地を、豊臣家の蔵入地(直轄地)に組み込みたがっているという噂におじゃる」
長治の背中に、冷たい汗がスッと流れた。
(来た……! 豊臣政権の『大名リストラ&国替えラッシュ』だ……!)
そう、豊臣政権は完成に近づくにつれ、大坂や京都に近い畿内の重要拠点を、自分の子弟や子飼い(三成、正則、清正ら)で固めるようになる。
大坂のすぐ目と鼻の先にあり、山陽道と播磨灘を押さえる「東播磨20万石」という超優良物件。
いくら古参の協力者とはいえ、外様(国人出身)の大名である別所家が20万石の規模で鎮座しているのは、秀吉からすれば「絶妙に邪魔で、ちょっと警戒したくなる存在」になりつつあったのだ。
「兄上!」
弟の友之が青ざめた顔で報告してくる。
「石田三成様から書状が届きました。『東播磨の検地を厳密に行い、軍役の増員を命じる』と……! 先日の四国征伐でも我が軍は十分貢献したというのに、なぜこれほど圧力を……!?」
長治は腕を組み、深々と溜息をついた。
「友之、落ち着け。三成(治部少)は嫌がらせでやってるんじゃない。これが『政権の論理』ってやつだ。豊臣家が巨大化すればするほど、大坂の近くにデカい顔をして居座る外様大名は邪魔になるんだよ」
「では……関白殿下は我らを疑っておられると!?」
「疑うというより、『目立ちすぎると消したくなる病』が関白殿下に発症し始めてるんだ。これから先、関白殿下はどんどん狂気と猜疑心を強めていく。秀次事件とか、千利休の切腹とか、恐ろしい時代が来るんだよ……」
長治の脳裏に、晩年の秀吉の暴走が思い浮かぶ。
ここで「東播磨は代々の父祖の地だ! 渡さん!」と突っ張れば、遅かれ早かれ「謀反の疑い」をかけられて改易(取りつぶし)か切腹に追い込まれる。
(せっかく天正八年の切腹を回避したのに、豊臣政権のリストラで腹を切らされてたまるか!!)
「殿」
静かに声をかけたのは、家中一番の知恵者・淡河定範であった。
「父祖の地を離れるのは断腸の思い。しかし……殿のお考えは、すでに決まっておられるのであろう?」
長治は定範を見つめ、力強く頷いた。
「ああ。土地に執着して命を落とすのは一番の愚策だ。東播磨20万石……自分から関白殿下に差し出してやる!」
九州征伐と、狂気の予兆
天正十五年(1587年)。
秀吉による「九州征伐」が開始された。
別所軍はこの戦いでも、大量の兵糧米と運搬船を手配し、九州上陸作戦の物流を完璧に支えた。
そして九州平定後、博多の陣中において、長治は単身、秀吉の御座所へと向かった。
長治の前に坐す秀吉は、かつて平井山で牡丹鍋をハフハフと食べていた頃の「気さくな秀吉様」ではなかった。
豪華絢爛な金の衣装を纏い、威圧感と猜疑心を漂わせる、天下の絶対者・豊臣秀吉であった。
「長治か。此度の九州征伐における兵糧輸送、実に見事であったぞ」
「ハハッ! 関白殿下のお役に立てて光栄にございます!」
長治はいつもの通り、完璧な四十五度の土下座を決めた。そして、息を吸い込むと、自ら切り出した。
「殿下……本日参上いたしましたのは、ほかでもございません。我が別所家より、殿下に一つ『お願い』がございます」
「お願い……? なんじゃ、望む恩賞でもあるのか?」
秀吉の目が、すっと細められた。試すような視線である。
長治は心の中で「ここでミスったら死ぬ!」と叫びながら、最高の演技をぶちかました。
「いえ! 恩賞など滅相もございません! 実は……我が東播磨二十万石の地、あまりに実りが良く、交通の要衝でございます。このような素晴らしい地は、殿下の直轄地(蔵入地)となされるか、豊臣一門が治めるべきかと存じます!」
「……なに?」
秀吉の顔から笑みが消えた。
長治は涙目(半分ガチの恐怖)になりながら、畳に何度も頭をこすりつけた。
「我が別所家は、殿下のご恩によって今日まで生き延びてまいりました! しかるに、大坂の喉元である東播磨に我が家が居座り続けることは、世間に『別所は父祖伝来の地に拘るあまり、豊臣家に所領を奪われると疑心を抱いているのではないか』と余計な疑念を生みかねません! それが恐ろしくて、夜も眠れんのです!」
「長治……」
「お願いでございます殿下! 東播磨を殿下に献上させてください! 我らは九州の端っこでも、雪深い東北の端っこでも構いません! 殿下の目が届く場所で、ただただ忠義を尽くしたいのです!!」
沈黙が、陣幕の中を支配した。
秀吉は長治の震える背中をじっと見つめていた。
猜疑心に固まりつつあった秀吉の心に、長治の「自ら領地を差し出して従順を誓う姿」は、何よりの清涼剤として響いた。
(こやつ……昔から変わらぬな。自らの欲よりも、ワシへの忠義と身の安全を第一に考える奴じゃ。……疑うなど、ワシの考えすぎであったか)
秀吉の顔に、昔のような柔らかい笑みが戻った。
「くくく……ハハハハハ! お前という奴は! 誰もが領地を欲しがるこの時代に、自分から領地を差し出す奴があるか!!」
秀吉は立ち上がると、長治の肩をポンと叩いた。
「分かった、長治! お前のその殊勝な心がけ、しかと受け取った! だが、お前のような忠義の者を僻地に飛ばすような真似はワシも出来ぬわ!」
秀吉はニヤリと笑うと、恐ろしい(そして長治にとって最高の)提案を口にした。
「近々、小田原の北条を撃ち、徳川家康を関東へ国替えさせる予定じゃ。その際、東海道の要衝である『遠江・掛川』に15万石で入れ! そこで家康の動きを監視する目となれ!」
(来たぁぁぁぁぁぁぁーーーッ!! 家康の近く!! 東海道の要衝・掛川城だぁぁぁーーーッ!!)
長治の脳内脳汁が爆発した。
東播磨20万石から掛川15万石へ。一見すると「石高ダウンの減封(降格)」に見える。
しかし! 次の天下人である徳川家康のすぐ近くに配置されるということは――「次の覇者・家康に一番乗りでゴマをすれる最高のポジショニング」を手に入れたことを意味していたのだ!
長治は感極まったフリをして、ボロボロと涙を流した。
「ははぁぁぁッ!! 関白殿下! この長治、掛川の地にて、豊臣家と殿下のために骨を折る所存にございます!!」
こうして長治は、狂気に向かう晩年の秀吉のリストラ劇を見事に利用し、自ら「父祖伝来の地・播磨三木」を離れ、次なる天下の舞台・東海道の掛川へと爆走していくのであった。




