第四話 本能寺の変!明智のLINE(手紙)は即既読無視!
天正十年(1582年)六月。
初夏の陽気が漂う東播磨・三木城。
史実の『天正八年の切腹』を見事に回避し、24歳となった別所長治は、庭園の縁側で「自家製カキ氷(山から運ばせた氷に蜂蜜をかけたもの)」をのんびりと味わっていた。
「ふぅ……天正八年のデスフラグを折った後のカキ氷は美味いなぁ」
だが、歴史オタク・山本一郎の脳内カレンダーは、この日が日本史史上最大のターニングポイントであることを知っていた。
「兄上! 大変です! 大変なことが起きました!」
弟の友之と治定が、生気を失った顔でドタバタと廊下を走り込んできた。手には一通の密書が握られている。
「京都の本能寺にて……明智光秀様が謀反! 上様が討たれました!!」
「なにぃぃぃーーーッ!? 上様がぁぁぁ!?」
長治はカキ氷の器をひっくり返しそうになりながら立ち上がった(※もちろん知っていたが、一応オーバーに驚く演技である)。
治定が震える手で密書を差し出す。
「そして……その明智様から我が別所家に直々の書状が届きました! 『織田信長は天下の暴君なり。我に与し、中国から戻る羽柴秀吉の退路を断ち、共に天下を分かち合おう』と……!」
……来たな、光秀からのLINE(密書)
長治は冷ややかな目でその密書を一瞥した。
友之がゴクリと唾を呑み込む。
「兄上、いかがなさいますか……!? 織田家は崩壊しました! 毛利と明智挟み撃ちにすれば、羽柴軍など一たまりもありません! ここで明智につけば、我が別所家は天下の功臣に――」
「バカ野郎ッ!!!」
長治の一撃の雷鳴のような怒声が、本丸奥御殿に響き渡った。
長治は友之の手から密書をひったくると、速攻でビリビリに引き裂き、踏みつけ、ペッペッとツバを吐きかけた。
「光秀の天下なんてな、あと三日で終わるんだよッ!! 『三日天下』って言葉を知らんのか三日天下を!!」
「えっ!? み、三日天下……!?」
「毛利と和睦した羽柴様がな、これから人間業とは思えない速さで中国大返しを決めて戻ってくるんだよ! 明智なんか山崎で一瞬で撃破されて農民に竹槍で突かれて終わるわ! そんな沈みかけの船に乗れるかぁぁぁ!!」
長治の未来予知(歴史知識)に基づく圧倒的確信に、弟二人は圧倒されて口をぐうの音も出ない。
長治は速攻で筆を取り、硯に墨をすらせた。
「友之! 治定! すぐに東播磨全域の穀物蔵を開け! 街道沿いの村々に命令を出せ! 『羽柴秀吉様の大軍が爆走してくる! 炊き出しの準備をしろ! にきり飯と味噌汁を大量に用意するのだ!』とな!!」
「は、はいぃぃぃッ!!」
人類史上最強のロードサービス「中国大返し・播磨給食スタンプラリー」
天正十年六月六日。
備中高松城(岡山県)で毛利家と奇跡的な超スピード和睦を結んだ羽柴秀吉軍(約2万人)は、昼夜を分かたず京都へ向かって怒濤の爆走を開始した。
これがいわゆる「中国大返し」である。
「ハァ……ハァ……! 急げ! 明智を討つぞ! だが……クソッ、兵たちの足が止まりかけておる……! 腹が減っては戦ができぬ……!」
馬上で汗だくになりながら焦る秀吉。数日間の不眠不休の強行軍により、兵たちの疲労と飢えは限界に達していた。
しかし――姫路を過ぎ、東播磨(別所領)に入った途端、秀吉軍の目の前に信じられない光景が広がった。
「羽柴様ぁぁぁーーーッ!! お帰りなさいませぇぇぇーーーッ!!」
街道の数百メートルおきに、別所家の幟を掲げた「特設給食所」がずらりと並んでいたのだ。
そこには、巨大な木桶に入ったにぎり飯、温かい味噌汁、さらには疲労回復に効く干し梅と甘酒が大量に用意されていた。
「な、なんだこれは……!?」
秀吉が目を丸くする中、長治がたすき掛け姿で走り寄ってきた。
「羽柴様! 明智の謀反、断じて許し難し! 我が別所家、明智からの勧誘を即座に破棄し、羽柴様の通過に備えて街道沿いに2万食のにぎり飯と水、さらには馬の替え藁を用意いたしました! 止まらずに歩きながら食ってください!!」
「別所……長治……! お前、ワシが戻ってくるのを予測して……!?」
「当たり前です! 羽柴様こそが次の天下人! この長治、羽柴様の足元を照らす明かりとなりますぞ! ささ、兵の皆様、にぎり飯を手に取って爆走してください!!」
別所軍の完璧すぎるロードサービス(給食補給)により、羽柴軍の士気は爆上がりした。
足軽たちは「うおおお! 別所様の飯が美味い! 明智をぶっ殺せー!」と叫びながら、疲労を忘れて京都へと爆走していったのである。
秀吉の弟・羽柴秀長は、歩きながらにぎり飯を頬張り、ボロボロと涙を流した。
「兄者……別所殿のお陰だ……! この過酷な大返しにおいて、一人の脱走兵も出さずに進めるのは、すべて別所殿の馳走のお陰だ……!」
「うむ……! 明智を討ち取ったら、長治にはどでかい恩賞をやらねばならんの……!」
山崎の戦いと、完璧な後方支援
天正十年六月十三日、山崎の戦い。
秀吉軍は、史実通り明智軍を圧倒的な兵力と士気で撃破。光秀は敗走中に討ち取られた。
この天下分け目の大一番において、別所長治は何をしていたか?
「前線には一歩も出ず、傷病兵の手当てと兵糧の管理に徹していた」。
「殿! 明智方の残党がこちらに逃げてきます!」
淡河定範が報告する。
長治は即座に命じた。
「深追いはするな! 降伏する者は捕らえて羽柴様に引き渡せ! 我らの目的は『大手柄を立てること』じゃない! 『大過なく対応し、羽柴様の評価を得る事』だ!」
「ハハッ! 相変わらず徹底された『安全第一』の軍略、見事でおじゃる!」
横で冷やし飴を飲んでいた朝廷外交担当の冷泉為純・為勝父子もニッコリである。
結果、山崎の戦いにおいて別所軍は戦死者ゼロ、負傷者わずか数名(転んで膝をすりむいた足軽)という驚異的な成果(?)を叩き出した。
清須会議と、清々しいほどの大勝利
本能寺の変の戦後処理を行なった清須会議。
信長の後継者を巡り、柴田勝家と羽柴秀吉が激しく対立する中、長治は迷わず「全面羽柴支持」の立場を貫いた。
「別所長治殿」
会議の後、秀吉は長治を自室に呼び出した。
「此度の本能寺の変、そして中国大返しにおける貴殿の働き……実に鮮やかであった。明智からの密書を迷わず破り捨て、我が軍に2万食の兵糧を供給してくれたこと、ワシは生涯忘れんぞ」
「ハハッ! 羽柴様のご無事と天下平定こそ、我が別所家の願いにございます!」
長治は完璧な四十五度のお辞儀で応えた。
秀吉は満足そうに頷き、ポンと長治の肩を叩いた。




