第三話 荒木村重の謀反と、有岡城攻略での地味な大活躍
天正六年(1578年)秋。
織田家中に、激震が走った。
摂津一国を治める重臣・荒木村重(有岡城主)が、突如として信長に反旗を翻したのである。
「……始まったか」
三木城の本丸で、長治はしみじみとサバの煮付けを噛み締めていた。
歴史オタク・山本一郎の記憶通りである。史実の長治は、この荒木村重の謀反に呼応する形で織田を裏切り、結果としてあの地獄の「三木の飢殺し」へと突入していったのだ。
「兄上! 大変でございます!」
弟の友之が青ざめた顔で駆け込んできた。
「摂津の荒木村重殿より密書が届きました! 『織田信長は冷酷無比の暴君なり。我らに与し、共に織田を挟み撃ちにせん!』と……! 兄上、いかがなさいますか!?」
長治は箸を止め、冷ややかな目で密書を見つめた。
「友之。その密書、なんて書いてあるか知ってるか?」
「え? 『挟み撃ちにせん』と……」
「違う。『俺と一緒に破滅して、俺だけ密かに逃亡させてくれ』って書いてあるんだよ」
「……はい?」
長治は密書をバリバリと破り捨てると、躊躇なく囲炉裏の火に投げ込んだ。
「荒木村重はな、最後は城の中に家臣も一族も置き去りにして、自分だけ茶器持って逃げるんだよ! そんな奴の口車に乗れるか! 即・既読無視! いや、速攻で羽柴様に通報だ!!」
長治は筆を握り締め、爆速で秀吉へ手紙をしたためた。
『羽柴様! 荒木村重より謀反の勧誘が参りましたが、我が別所家は上様(信長公)と羽柴様に一生ついていきます! つきましては、荒木攻めの兵糧・弾薬の輸送、および陣地建設はすべて我が別所家にお任せください!』
手紙を書き終えた長治は、満足そうにニヤリと笑った。
「よし! 荒木攻略戦のテーマは『絶対に前線で血を流さず、物流と土木工事で圧倒的存在感を出す』だ! 行くぞ野郎ども!!」
有岡城包囲戦:世界最高の「現場監督」長治
荒木村重の居城・有岡城(現在の兵庫県伊丹市)は、城下町全体を堀と土塁で囲んだ総構えを有する凄まじい要塞であった。織田軍の正面攻撃は難航を極め、戦いは長期の包囲戦へと突入する。
血みどろの攻防が続く前線から少し離れた後方陣地。
そこに、織田家の武将たちが「別所陣屋」と呼ぶ場所があった。
「おお……! 別所殿の陣地か! 温かいぞ!」
前線で泥まみれになって戦ってきた黒田官兵衛(※史実では有岡城の牢に幽閉されるが、今作では長治が事前に『官兵衛殿、荒木は貴殿を拉致するつもりだから一人で説得に行っちゃダメです!』と土下座で止めたため無事)が、感動の声を上げた。
別所軍が構築した陣地は、もはや戦場ではなかった。
風よけの頑丈な板囲い、赤々と燃える大型のストーブ(炭火)、そして何より――
「ささ、官兵衛殿! 本日は『特製・具だくさん味噌汁』と『炊きたての銀シャリ』にございます! 疲れた身体には塩分と炭水化物ですぞ!」
割烹着姿の長治が、ニコニコ顔で温かい椀を手渡してくる。
「む、むしゃむしゃ……う、美味い……! 骨身に染みる……! 別所殿、貴殿は本当に十代の若武者なのか……? まるで熟練の現場監督兼料理番のようだ……」
「フフフ、お褒めにあずかり光栄です! 戦意とは胃袋の満たされ具合に比例するのです!」
長治の徹底した「現場重視の福利厚生」は、織田軍の士気を爆揚げさせた。
さらに、名将・淡河定範率いる別所軍の土木部隊は、有岡城を囲む二重、三重の掘立柱と鉄条網(のような竹垣)を凄まじいスピードで建設。
定範は腕を組みながら、渋い声で命じる。
「敵の抜け穴を探せ。逃げ道になりそうな水路にはすべて頑丈な鉄格子をはめ込め。荒木村重は茶器を持って逃げる男だ。逃げ道さえ塞げば勝ちよ」
「……定範殿、貴殿のその『嫌がらせのような完璧な包囲網』、感服いたしました」
秀吉の弟・羽柴秀長も呆れ顔で絶賛した。
村重の逃亡と、冷酷な現実
天正七年(1579年)九月。
史実通り、有岡城の兵糧が尽きかけると、城主・荒木村重は夜陰に紛れて数人の供と茶器だけを持ち、城を脱出した。
「本当に逃げやがった……!」
報告を受けた官兵衛や秀長は絶句した。城に残された家臣や妻女子たちの運命を思えば、あまりに無責任な逃亡であった。
別所陣屋で、長治は静かに湯呑みを置いた。
(歴史通りだ……。もし俺が史実通り毛利に寝返っていたら、荒木と同じように見捨てられ、三木城で干殺しにされていたんだ。……恐ろしい)
背中に冷たい汗が流れるのを感じながら、長治は改めて誓った。
生き残らねばならない。どんなに泥をすすろうが、世間に「日和見主義者」「ゴマすり大名」と笑われようが、絶対に自分と家臣の命を守り抜くのだと。
有岡城は落城。
織田信長は裏切った荒木一族に対し、凄惨な処刑を命じた。多くの命が無残に散った。
だが、その残酷な戦後処理の渦中においても、別所長治の評価は「絶対に裏切らない、超・有能な物流&建設担当者」として織田家中で揺るぎないものとなっていた。
安土城での謁見と、信長の爆笑
有岡城の戦いが終わり、播磨・摂津の平定が完了した天正八年(1580年)。
史実であれば、長治が一族と共に切腹し、22歳の短い生涯を終えていたはずのその年。
長治は生きていた。それどころか、ピカピカの豪華な衣装を着て、安土城の天守で織田信長と謁見していた。
上座に鎮座する絶対者・織田信長。その鋭い眼光が、平伏する長治に向けられる。
「別所長治」
「ハハッ! 長治にございます!」
「筑前(秀吉)からの報告を聞いたぞ。貴様、荒木攻めにおいて一度も槍を交えなかったそうだな?」
ピキッと場が凍りついた。
横に控える秀吉が青ざめ、滝のような汗を流す。
しかし、長治は四十五度の完璧な土下座のまま、堂々と答えた。
「ハッ! 上様! 我が武勇など、上様の威光と羽柴様の神算鬼謀に比べれば蚊の刺したようなもの! 下手に前線に出て足を引っ張るより、味方の兵に温かい飯を食わせ、頑丈な陣地を作る方が百倍役に立つと存じました!」
「……ククク」
信長の口元が歪んだ。
「ハハハハハハ! ぬけぬけと言いおるわ!! 播磨の国人どもはどいつもこいつも頑固者で使えん奴らだと思っていたが……貴様のような『徹底した現実主義者』はおらんかったぞ!」
信長は大笑いしながら、手元にあった見事な茶碗を下賜した。
「気に入ったぞ長治! 東播磨20万石、改めて貴様に安堵する! 今後も羽柴の裏方として、天下平定のために飯を炊き続けよ!」
「ハハァァァッ!! 有難き幸せにございます!!」
安土城を退出した長治は、空を見上げて深く息を吐き出した。
(勝った……! 天正八年の死のカウントダウンを、俺は完全に乗り越えたぞーーーッ!!)
しかし、歴史オタク・山本一郎の脳内クロックは、次なる真の絶望のカウントダウンを刻んでいた。
「天正十年(1582年)六月二日――本能寺の変まで、あと二年」
「……よし、次は明智光秀からのLINE(手紙)を爆速で既読スルーする準備だ!!」
長治の生き残りをかけた超スピードコメディは、いよいよ歴史の最大の転換点へと突入していくのであった。




