第二話 織田家ゴリ押し接待作戦!ゴマすりなら任せてください!
天正五年(1577年)冬。
冬の冷たい風が吹き抜ける播磨国・平井山。史実ではのちに羽柴秀吉が三木城を兵糧攻めにする際の本陣を置く、因縁の地である。
だが、現在の平井山に漂っているのは、凄惨な戦の空気……ではなく、香ばしい醤油とダシの匂いであった。
「……なんじゃ、この匂いは?」
羽柴秀吉は馬の上で首をひねった。
織田信長から播磨征伐の総大将を命じられ、万を超える軍勢を率いて下向してきた秀吉。播磨の国人どもは頑固でプライドが高く、ひと筋縄ではいかないと覚悟していたのだが――。
「羽柴様ぁぁぁーーーッ!! お待ちしておりましたぞーーーッ!!」
街道の先から、ド派手な金箔押しの輿に乗った若者が、すさまじい勢いで駆け寄ってきた。
東播磨20万石の大名・別所長治(19歳)である。
長治は輿から転がり落ちるように飛び降りると、秀吉の馬前で綺麗すぎる四十五度の角度の土下座を決めた。
「東播磨20万石、別所長治にございます! 上様(織田信長)の御威光、そして羽柴様の天下無双のご勇名、かねてより聞き及んでおりました! ささ、長旅でお疲れでしょう! 陣幕の中に最高の温かいお鍋と足湯を用意しております!!」
「は……? 足湯……?」
ぽかんとする秀吉を、長治は強引に陣幕へと案内した。
陣幕の中に入った秀吉と弟の羽柴秀長は、目を疑った。
そこには、赤々と熾された炭火、湯気を立てる巨大な鍋、そしてふわふわの毛皮が敷き詰められた座布団が用意されていたのだ。
さらに長治は、自ら懐から暖められた履物を取り出し、秀吉の足元に揃えた。
「羽柴様、お足元が冷えましょう。どうぞ、この温かい草履を」
「お、お前……! これはワシが昔、上様にした『懐草履』の故事……!?」
「左様でございます! 羽柴様の伝説的なお気遣い、我が人生の手本とさせていただいております! ささ、お召し上がりください! 名物の牡丹鍋にございます!」
長治のあまりに過剰で完璧な接待に、秀吉はすっかり毒気を抜かれてしまった。
(なんじゃこの若者は……! 播磨の国人はもっと生意気で扱いづらいと聞いておったが、めちゃくちゃ良い奴じゃねえか!!)
横で控えていた秀長が、引きつった笑いを浮かべながら長治に耳打ちする。
「別所殿……その、家中のお若い武者たちは納得しておられるのか? このような平伏……」
「秀長様! 命あっての物種でございます! うちの叔父ども(バカ)は九州と京都に叩き出しましたので、家中は全員『羽柴様に全力でゴマをすれ』で統一されております!」
清々しいほどの開き直りに、秀長は「あ、はい……」と頷くしかなかった。
名将・淡河定範の正しくない(けれど大成功した)使い方
「羽柴様! 播磨の地理に疎い織田軍の先鋒、ぜひとも我が別所軍にお任せください!」
牡丹鍋をハフハフと食す秀吉に対し、長治は身を乗り出してアピールした。
史実では秀吉軍と死闘を繰り広げるはずだった別所軍が、なんと秀吉軍の最優秀ガイド&先鋒部隊として志願したのだ。
秀吉は感心したように頷いた。
「ほう! それは心強いが……神吉城や志方城は、かなり頑強な抵抗を見せておる。攻め落とすのは容易ではないぞ?」
「ご安心ください! 我が軍には、播磨屈指の名将・淡河定範伯父上がおります!」
長治に手招きされ、奥からヌッと現れたのは、渋い髭を蓄えた歴戦の武将・淡河定範であった。
定範は深々と頭を下げると、秀吉に向かって言った。
「羽柴様。神吉城の守りは堅固に見えますが、敵の騎馬隊は気性が荒い馬が多い……。そこで拙者、敵陣に向かって『発情した牝馬』を50頭ほど解き放つ作戦を提案いたします」
「……はい?」
秀吉が耳を疑う。定範は至って真面目な顔で続けた。
「牝馬の匂いに興奮した敵の牡馬どもは暴走し、敵陣は味方同士で踏み潰し合い、大混乱に陥るでしょう。その隙に一気に攻めれば、神吉城は半日で落ちます」
(うわぁぁぁ……! 史実では秀吉の弟・秀長軍を壊滅させた『牝馬パニック作戦』を、まさか織田軍のために使うなんて……!!)
長治は心の中で定範の変態的(天才的)な戦術に引きつつも、ドヤ顔で秀吉を見た。
「いかがですか羽柴様! 伯父上は、勝つためなら馬の性癖すら利用する男です!」
「い、いや……恐ろしい男じゃな……。よし、神吉城攻め、任せたぞ!」
結果、神吉城は定範の「牝馬作戦」によって文字通り崩壊。
別所軍は少数の死傷者のみ(馬はちょっと大変だった)で大勝利を収め、秀吉軍の播磨平定は史実の数倍のスピードで加速していった。
上月城のトラウマ回避作戦
天正六年(1578年)。
織田家に従属した播磨であったが、ここで歴史の大きな曲がり角が訪れる。
毛利家が大軍を率いて播磨に侵攻し、織田方の最前線であった上月城を包囲したのだ。上月城を守るのは、尼子勝久や山中鹿介(幸盛)率いる尼子再興軍である。
史実では、信長から「上月城を見捨てて撤退せよ」と命じられた秀吉に対し、播磨の国人たちは「織田は自分たちを見捨てるのか!」と激怒し、別所長治を含めて一斉に毛利方へ寝返る原因となった。
三木城の本丸で、長治は弟の友之、治定と緊急ミーティングを開いていた。
「兄上! 毛利の大軍が迫っております! 織田様は『上月城を見捨てろ』と仰せだとか……! 我らも毛利に寝返るべきでは!?」
焦る友之に対し、長治(歴史オタク)は冷ややかに言い放った。
「アホか! 毛利についても安芸から播磨への補給は拙い。織田家に刃向かえば、補給を遮断され俺たちは干殺しにされるんだよ! 尼子家には悪いが、ここは冷酷になれ!」
長治は速攻で筆を取り、秀吉へ手紙を書いた。
『羽柴様! 上月城の見切り、実に見事なご判断です! 尼子殿にはお気の毒ですが、大局を見れば当然の撤退! 別所家は羽柴様の撤退戦の支援、撤退中の兵糧補給を完璧にこなしてみせます!』
さらに長治は、密かに上月城の山中鹿介のもとへ使者を送った。
(山中鹿介……「願わくば、我に七難八苦を与えたまえ」とか言って本当に七難八苦を受けて死んじゃう筋金入りのドM名将……)
使者が手渡した長治からの密書には、こう書かれていた。
『鹿介殿。上月の城はもはや助からぬ。尼子再興の夢はここで潰えるが、無駄死にするな。城を明け渡し、変装して落ち延びよ。生きていれば、いつかまた機会はある(まあ数年後に本能寺の変が起きるから、それまで潜伏してろ)』
「なんと……別所殿がこれほど我が身を案じてくださるとは……!」
鹿介はボロボロと涙を流し、史実のような悲惨な死を避け、密かに城を脱出。尼子再興軍の壊滅という悲劇は避けられなかったものの、被害は最小限に抑えられた。
信長様からの評価:「妙に従順な播磨の若者」
上月城撤退戦を見事にサポートし、後方支援でミス一つしなかった長治に対し、安土城の織田信長からも感状が届いた。
安土城の大広間。
信長は報告書に目を通しながら、満足そうに口元を緩めた。
「ほう……別所長治とな。播磨の国人どもは反骨心の塊のような奴らばかりだと思っていたが、この若者は実によく働く」
「ハッ」と頭を下げるのは秀吉だ。
「別所長治は若年ながら気配りが行き届き、我が軍の給食・兵糧輸送を完璧にこなしております。また、叔父たちを追放して家中をまとめた決断力も見事。滅多なことでは裏切りませぬ」
「良し。別所長治には東播磨20万石の本領をそのまま安堵する。今後も羽柴の与力として励めと伝えよ」
「ははっ! 有難き幸せ!」
安土からの吉報を受け取った長治は、三木城で一人、温かいサバの味噌煮を食べながら踊り狂っていた。
「よっしゃぁぁぁーーーッ!! 本領安堵!! 織田信長公認の優良子会社(与力)になったぞーーーッ!!」
「殿、素晴らしい知らせにございますな」
傍らに立つ淡河定範が、しみじみと頷く。
「うむ! 史実……いや、俺の『夢のお告げ』では、今頃この三木城は秀吉に囲まれて、俺たちは馬の皮を煮て食っていたはずなんだ! それがどうだ! 毎日温かい飯とサバが食える! 最高だ!!」
「……殿の『未来予知』の冴え渡り、恐れ入ります。しかし殿、油断は召されるな。織田家の中でも、不穏な動きをする者がおりますぞ」
定範が声を潜めて言った。
「摂津の荒木村重殿が、何やら信長様に不満を抱いているとの噂……」
長治はサバを飲み込むと、ニヤリと笑った。
「知ってる。荒木村重は来年謀反を起こす。そして有岡城に引きこもって、最後は自分だけ逃げるんだ」
「なっ……!? なぜそれを!?」
「フフフ、俺は歴史オタク……じゃなくて、神のお告げを聞く男だからな! さあ伯父上、次は荒木村重の謀反(有岡城の戦い)だ! 俺たちは絶対に最前線には出ず、後方支援で『地味だが絶対に欠かせない存在』として働くぞ!!」
「ハッ! どこまでもお供いたします!」
こうして、死亡フラグを粉砕しまくる長治は、戦国の激動の渦を「完璧な腰低外交」と「徹底したリスク回避」でスイスイと泳いでいくのであった。




