第一話 【悲報】ワイ、5年後に飢え死にする命運だった
「……あ、あかん。白飯……熱々の白飯に、甘辛く煮たサバのみそ煮が食いたい……」
天正三年(1575年)秋。
東播磨20万石を治める播磨3大城の1つ・三木城の本丸奥御殿。
激しい高熱とうなされるようなうめき声の末、18歳の若き当主・別所長治はガバッと跳ね起きた。
周囲を見回す。畳の香り。重厚な木造の太い柱。障子越しに見える甲冑姿の武士たち。
そして何より、自分の手を見る。しわ一つない、瑞々しくも引き締まった青年の手だ。
(待て……俺は確か、58歳で賃貸アパートの自室で孤独死したはずじゃ……。名前は山本一郎。しがない中間管理職で、唯一の趣味は戦国時代を中心とした歴史オタク……)
脳内で、二つの記憶が凄まじい勢いで交差し、融合していく。
一人は、令和の時代で歴史本を読み漁りながら寂しく人生を終えた58歳のおっさん・山本一郎。
もう一人は、天正の世で播磨の名門・別所家の家督を継いだばかりの18歳・別所長治。
「……え? 別所……長治……?」
一郎(長治)の顔から、一瞬で血の気が引いた。全身から滝のような冷や汗が吹き出す。
(ちょっと待てぇぇぇーーーッ!? 別所長治って、あの別所長治かよぉぉぉーッ!? 天正八年に羽柴秀吉に2年間も干殺しにされて、城の中の馬や草の根まで食い尽くした挙句、一族全員で腹切って滅亡する、あの『三木の飢殺し』の別所長治かよ!!?)
辞世の句まで鮮明に思い出せる。
『今はただ うらみもあらじ 諸人の いのちにかはる 我身とおもへば』
「うらみもあらじ」じゃない! 大ありだ! めっちゃ恨むわ!
なんでわざわざ日本史屈指のエグいトラウマ戦史の主人公にリボーンしてんだ俺は!
「殿! お目覚めでございますか!」
ドタバタと廊下を踏み鳴らして入ってきたのは、長治の叔父であり、家中の実権を握る主戦派の筆頭・別所吉親だった。見るからに血気盛んで頑固そうな巨漢である。
「吉親……叔父上……」
「おお、お顔の色も戻られたか! ちょうどよい、織田信長とかいう尾張のうつけから『従属せよ』と無礼な書状が届いておる! あんな成り上がり者の言うことなど聞く必要はない! 丹波の波多野家、そして安芸の毛利家と手を結び、織田の鼻を明かしてやりましょうぞ!」
(出たーーーッ! 史実で俺を死地に引きずり込んだ元凶の脳筋叔父さんだーーー!!)
吉親の言葉に、長治の歴史オタク脳が高速回転する。
そう、史実の長治はまだ若く、実権はこの叔父・吉親や、もう一人の叔父・重宗に握られていた。そして周りの「織田なんて大したことない」「毛利が助けてくれる」という楽観論に流され、織田を裏切り、結果として飢餓地獄の末に切腹したのだ。
(絶対ヤダ!! 俺は絶対に腹を切らんぞ! 好物のサバのみそ煮と温かい白飯を飽きるまで食べて、80歳まで生きて畳の上で死ぬんだよ!!)
長治はガタガタと震える手で、しかし目は据わった状態で吉親を見つめた。
「叔父上……織田に逆らうのは、やめよう」
「は……? 何をおっしゃいます殿! 我が別所家は播磨の名門! 織田ごときに屈するなど――」
「叔父上、静かに」
長治はすっと立ち上がると、吉親の肩に手を置いた。
「織田信長は化け物だ。あいつと戦ったら、この城の人間は全員、馬の皮や壁の土まで食う羽目になる。俺の目を見ろ。俺は本気だ」
「な、なにをわけのわからんことを……!」
長治(山本一郎)の覚悟は決まった。
歴史を知っていることが俺の唯一の武器だ。5年後に干殺しにされる未来を変えるためなら、どんな手でも使う!
第一の矢:正室との円満離婚
長治が最初に向かったのは、奥御殿の妻の部屋だった。
正室は、丹波の有力大名・波多野秀治の娘。史実では非常に仲睦まじかったとされるが、この波多野家こそが強力な「アンチ織田」であり、別所家が毛利方に寝返る大きな原因の一つとなっていた。
「殿……お体はもうよろしいのですか?」
美しく気品のある妻が心配そうに駆け寄ってくる。長治の胸がチクリと痛む。が、情に流されては一族郎党全員死ぬのだ。
「奥よ。単刀直入に言う」
長治は豪快に床に土下座した。硬い畳に額をこすりつける。
「はい……!? 殿、何をなさいますの!?」
「離縁してほしい!! 今すぐに丹波の実家に帰ってくれ!!」
「ええぇぇぇーーーっ!?」
長治は顔を上げ、涙目(半分は本気で必死)で訴えた。
「嫌いになったわけじゃない! むしろ愛している! だが昨日、高熱でうなされている時に神様が夢枕に立ったのだ! 『波多野と別所が繋がったままだと、双方3年以内に織田に攻められて滅亡する』と!」
「神様のお告げ……!?」
「そうだ! だからこれは夫婦の危機を回避するための『前向きな別居・離縁』だ! 山ほどの金を持たせる! 護衛も手厚くつける! だから頼む、実家が信長に攻め滅ぼされる前に……いや、とにかく実家に帰ってくれーッ」
あまりの勢いと支離滅裂ながら圧倒的な迫力に、妻はあっけにとられつつも、重い首を縦に振るしかなかった。こうして、反織田勢力との最大の婚姻ホットラインは爆速で切断された。
第二の矢:デンジャラスな叔父たちの追放
次に着手したのは、家中を裏で牛耳る二人の叔父の排除である。
長治はまず、主戦派の筆頭・別所吉親を別室に呼び出した。
「吉親叔父上。叔父上のその凄まじい武勇、そして熱い情熱……実に素晴らしい」
「ふん、お分かりいただけましたか殿」
「だが! 叔父上の力は凄まじすぎて、この小さな播磨には収まりきらん! 叔父上には『九州の神社仏閣を巡り、別所家の武運長久を祈願する旅』に出ていただきたい!」
「はい??? 九州???」
長治は用意していた大量の金をドカンと叩きつけた。
「旅費、現地での遊興費、すべて別所家で持ちまする! 期間は無期限! 叔父上、自分を探す旅に出てきてください! 今すぐ!」
「な、ふざけるな! わしは播磨に残って織田と――」
「行かないなら今すぐ叔父上を謀反の疑いで捕らえて首をはねます!!」
長治が合図を送ると、部屋の襖が一斉に開き、弓や槍を構えた側近たちがズラリと並んだ。長治の目が完全にガチであるのを見て、吉親はひっと声を漏らした。
「わ、わかった! 行けばいいのだろう、九州へ行けば!」
こうして脳筋の叔父・吉親は九州へ強制バカンスへ送られた。
続いて、織田派ではあるものの家中での権力欲が強く扱いづらいもう一人の叔父・別所重宗には、「京の公家衆との外交全権大使」という名目を与え、大量の資金を持たせて京都へ常駐させた。「三木城には二度と戻ってこなくていいです」という添え状をつけて。
第三の矢:家中最強の理解者・淡河定範の確保
叔父二人を追い払い、家中が騒然とする中、長治がもっとも頼りにしたのが、義理の伯父であり淡河城主の淡河定範であった。
史実の三木合戦において、秀吉軍相手に「敵陣の中に発情した牝馬を解き放ち、敵の種馬たちをパニックに陥れて壊滅させる」という、凄まじく奇抜かつ鮮やかな奇襲で羽柴秀長を打ち破った名将中の名将である。
「伯父上……! たすけてください!」
長治は定範の前でボロボロと涙を流した(今回は演技8割)。
「殿、どうされたのです。吉親殿と重宗殿を追放し、奥方様と離縁されたとか……一体なにゆえそのような乱行を?」
定範は渋い髭を蓄えた厳格な顔で長治を見つめる。長治は膝をつき、必死に訴えた。
「俺は……俺はただ、別所家を滅ぼしたくないのです! 織田の勢いは本物です。ここで意地を張って毛利につけば、三木城は包囲され、城内の人間は草を食べ、馬を殺し、地獄のような飢えの中で死ぬことになります! 俺は、そんな未来を絶対に回避したい!」
定範は無言で長治の言葉を聞いていた。長治は一息ついて、核心を突いた。
「伯父上。俺は織田に従います。織田の犬と呼ばれようが構わない。どれほど屈辱的でも、頭を下げて、ゴマをすって、領民と家臣の命を守りたいのです。伯父上のその知恵と武勇、俺に貸してください!」
静寂が部屋を支配する。
やがて、淡河定範は深く、深く息を吐き出すと、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「……なるほど。『肉を切らせて骨を断つ』。あえて低姿勢を貫き、織田の力を利用して東播磨の平穏をむさぼる……。吉親殿のような愚鈍な脳筋を追い払い、外戚の毒を抜き、家中を一本化するための大芝居であったか」
「えっ? あ、うん! そうそう! 大芝居だよ!!(ただ死ぬのが怖いだけだけど!)」
「見事なご覚悟。この淡河定範、殿のその『謀略』、どこまでもお供いたしましょう」
(よっしゃぁぁぁ! 家中最強のカードゲット!!)
第四の矢:朝廷ルートの確保とフラグ折回収
最後に長治が手を打ったのは、東播磨に領地を持つ公家領主・冷泉為純・為勝父子の保護であった。
史実では、天正六年四月、なぜか理由不明のまま長治(というか主戦派の別所軍)によって攻め滅ぼされ、殺害されてしまう不運な公家である。
長治は自ら馬を飛ばし、冷泉父子の屋敷へ乗り込んだ。
「冷泉様! お初にお目にかかります、別所長治です!」
「ひ、ひぇっ!? 別所殿!? な、何事でおじゃるか、軍勢などを引き連れて……!」
怯える冷泉父子に対し、長治は大量の金と最高級の酒を差し出した。
「お願いがあります! 我が別所家の『朝廷外交最高顧問』になってください!」
「は……? 朝廷外交……?」
「そうです! 美味しいメシと高い俸禄はお約束します! その代わり、京都の朝廷や公家衆とのパイプ役になっていただきたいのです! あと、天正六年四月ごろは絶対に外出しないで屋敷で大人しくしててください!」
「よ、よく分からんが……そんなに優遇してくれるなら断る理由はないでおじゃる……」
こうして、謎の殺害フラグも完璧に粉砕された。
結び:激動の未来へ
「ふぅ……」
三木城の天守から、東播磨の豊かな田園風景を見下ろす。
正室との円満離婚、完了。
邪魔な叔父二人の追放、完了。
家中最強の将・淡河定範の掌握、完了。
朝廷ルート・冷泉父子の確保、完了。
「やれるだけのことはやった……! これで『三木の飢殺し』の前提条件はすべて崩壊したはずだ!」
長治が胸を撫で下ろしていると、弟の友之と治定が息を切らせて駆け込んできた。
「兄上! 兄上!! 尾張の織田信長様より先鋒として、羽柴秀吉様が万を超える大軍勢を率いて播磨へ向かっております!」
友之が青ざめた顔で報告する。
史実であれば、ここから泥沼の播磨征伐が始まり、三木城は地獄の包囲網に呑み込まれていくのだ。
しかし、長治の顔に恐怖はなかった。あるのは、生き残るための下品なまでの笑顔である。
「よし! 全軍に通達! 武器を捨てろとは言わんが、極上のメシと最高の酒を用意しろ! 羽柴秀吉様を全力で接待するぞ!!」
「えぇっ!? 接待ですか!?」
「そうだ! 土下座の角度は四十五度! 羽柴様が足を滑らせないよう履物も用意する! 織田の犬? 結構じゃないか! 尻尾を千切れるほど振って、絶対に生き延びてやるぞーーーッ!!」
こうして、史実では血で血を洗う壮絶な戦場となるはずだった東播磨20万石は、「織田家への超・従順な爆速ゴマすり勢力」として、歴史の表舞台へ狂い咲くのであった。




