第二幕:契約
「ごめん、ちょっとトイレ……」
通し稽古を終えて、休憩時間。その間に、僕は他の部員に見つからないようにしながら、三匹を人気のないところに連れだした。
「うぅ……」
「おいアル、いつまで泣いてんだ」
「制御室なんて初めて入った!面白いところだね!!」
「ンなことはどうでもいいんだよ!ってか何だよ、照明係って!!!」
「……あ、あの!!!」
イデの声を遮るように、つい大きい声が出た。
「……もうすぐ、だ……大事な、全国大会があるんだ……」
一息ついて、息を整える。言葉が途切れ途切れになったけど、伝えることはちゃんと言わないといけない。
「帰ったら、ちゃんとみんなの話を聞くから、それまで静かにしてて欲しい……」
お願いします。
そう、僕は三匹に深く頭を下げた。そんな僕を見て、三匹は少しバツが悪そうにお互いの顔を見合わせる。
「……すみませんでした。玲央。久しぶりの人間界に、みんな浮かれていたようです」
「……悪かった」
「これからのことは、帰ったらみんなで話し合お〜」
「ありがとう!」
よかった!話せばちゃんとわかってくれるみたいだ。
「じゃあ、また後でね!!!」
そう言って、僕は三匹に手を振って制御室へと戻った。
帰ったら、約束通りしっかり話し合おう。話せばわかってくれるんだから。 ……その時は、確かにそう思ったんだ。でも、話はそんな簡単ではないと、家に帰って思い知らされることを、今の僕は知らない。
***
「はぁあああああああああああ!?」
部活を終えて家に帰ってから、僕は約束通り三匹にきちんと自分の気持ちを話した。
演劇が好きだったこと。役者に憧れはあったけど、もう諦めたこと。それでも未練があったから、裏方を始めたこと。それがもう辛いこと。だから……。だから、この全国大会で、演劇から離れると決めていること。
「ンだよそれ!聞いてねぇぞ!!!」
そう怒鳴りつけるのは、ベッドの上に陣取るイデだ。
「……ごめん。あの状況で言う時間なかったから……」
「まさか役者希望じゃない人間に呼び出されちゃうなんてねぇ……」
「……こんなの前代未聞です……」
どうしましょう。と、椅子に座る僕の横でアルは頭を抱えている。その背中を、レテが優しく撫でた。
「申し訳ないけど、アメちゃんのところに帰ってもらうしか……」
「それがねぇ……できないんだよねぇ」
「え?」
アルの背中を撫でながら、レテが顔だけ僕を見て答える。
「帰れないの?」
「んな簡単な話じゃねぇってこと」
チッと舌打ちをして、イデはどかっと短い足で器用にあぐらを組むと、膝に肘をついて頬杖をつく。簡単な話ではないとは、どういうことだろう?
「玲央は、決まった手順を踏んで、アメ様を呼び出したんですよね?」
ちらっと僕を見ながら、アルが僕にきく。
「そういうことに、なる……のかな?」
確かにアルのいう通り、お酒を神棚に供えて舞台で演技をしたら、アメちゃんが出てきた。手順を踏んでアメちゃんを呼び出したと言えば、そうなんだろう。
「その手順が、神様……今回はアメちゃんとの契約になるんだよ〜」
「契約?」
「そう……契約だ」
神様との契約は何よりも絶対で、何があっても、どんな方法を取ってでも履行されるものらしい。……なんだその説明不足にも程がある契約は。まるで詐欺じゃないか。
「有名なところでいきますと、京都にある某縁切り神社も、同じ形式で人間と契約を結んで縁切りの願いを叶えているんです。まぁ……でもあそこはとても簡単な手順で契約完了になる上に、しっかり契約の内容を決めておかないと、とんでもない方法で契約内容を遂行しようとする使いばかりなので、契約は慎重にされることをお勧めします」
「僕たちはそんなことしないけどねぇ」
「なるほど……」
確かに、たまにSNSで、そこの神社で縁切りのお願いに行ったら、やばい方法で縁切りできたって怖い話を見たことがある……。あれはそういうことだったのか。
「だから、今回もアメちゃんっていう神様との契約だから、基本的に破棄する方法がないんだよねぇ」
「それなのにテメェは、役者にはならないだと……?」
何考えてんだ!!!と、立ち上がったイデが再び怒鳴りつけてきた。
「イデ、そんなに怒んないでよぉ……」
「これが怒らずにいられるかっての……!大体、お前さっき演劇が好きだったって言ったが、それ本当か?」
「え……?」
あ……。これ……。
「好きだったら、んな簡単に諦められるわけねぇだろ?!」
「……ッ!!」
ダメなやつだ。
体が急にこわばって、ぎゅっと拳を握る。イデは当然、僕の気持ちなんか知らない。僕が今までどんな経験をして、どんなことを思って、どう考えて、この結論に至ったのか。だから、イデが僕の気持ちを疑うのも仕方ない。
仕方ない……けど。けど!!!
「……ここまでくるのに……どれだけ、どれだけ僕が……ッ!!!」
それだけ言って、僕は下唇を噛み締め、それ以上言葉を出さないように必死に耐える。だって言ったって、きっとイデには僕の気持ちなんて理解できるはずないもの。
きっと簡単に、人前で演技ができるんだろうから。
「あーもう!二人とも喧嘩はダメだよ〜!イデ!イデが完璧に悪いから、玲央に謝って!!」
そう言って、空気を読まずにレテが僕とイデの間に割って入った。
「なっ!なんで俺が!?」
「謝って!!!」
「……悪かった……」
イデも、突然僕がここまで怒るとは思っていなかったのだろう。横目で僕を見ながら耳を垂れさせて、バツが悪そうに謝ってくれた。謝れて偉いと、レテはイデの頭を撫でる。まだ出会ってそこそこだけれど、イデはきっとこんなことをされるのが苦手なタイプだと思う。でもそれなのに甘んじて受け入れているのは、きっと僕に対する贖罪の気持ちからなんだろう。そう思うと、一気に気が抜けてしまった。
「……いいよ。今の僕の状況を見たら、確かに演劇が本当に好きか疑うのもわかるから」
そう言って、僕もそっとイデの頭を撫でる。長い毛がふわふわとして、気持ちがいい。
「しかし、どうしましょう……。このままでは私たちはアメ様の元に帰れません……」
「あ、それなんだけどさぁ」
イデの頭を撫でる手を止めて、レテはくるんとみんなを見渡す。
「僕たちって、玲央が役者として演技が上手くならないと帰れないんだよね?」
「そうですね」
「でも、玲央はもう役者にはなりたくないんだよね?」
「そうだよ」
僕の顔を見ながら、レテはひとつひとつ状況を確認する。そして、口から出て来たのは。
「それなら、また玲央が役者になりたいって思えればいいってことじゃ〜ん!!!」
まさかの、振り出しに戻るだった。
「なんでそうなんだよ!?!?」
満面の笑みで、すごくいい考えでしょ?と言いたげなレテに、イデが間髪入れずにつっこんだ。
「お前、今の俺と玲央のやりとり聞いてたのか!?なんで俺が謝ってたかわかってんのか!!?ってか、俺がなんのために大人しく撫でられてやったと……ッ!!!」
「そうなんだけどさぁ、でも玲央がまた役者になりたいって思えたら、何も問題ないよ?」
「だぁから!それができねぇから困ってんだろうが!!!」
だろ?と、イデが僕に同意を求める。
「……そう、だね。さっきも言ったけど、僕はもう役者になるつもりはないよ」
「ほらみろ!」
改めて確認されるのもなんかあれだけど、役者になるつもりがないのは本心だ。役者どころか、僕はこの大会で演劇に関わるのをやめる。まさかイデが、一番それを理解してくれているとは思わなかった。イデとレテの平行線な話が続く。そこに終止符を打ったのが、
「……いえ」
今まで黙って話を聞いていたアルだった。
「案外、名案かもしれません……」
「アル!?テメェまで何言ってやがんだ!?!?」
今度はアルにつっこむ、イデ。なんかトリオ漫才を見てるみたいだ。
「だって、元々玲央は演劇が好きで、役者になりたかったんですよね?」
「……そうだね」
「それを、今は諦めてしまったってことですよね?」
「……そうだよ」
このやりとり、何回やるつもりだろう……。……もう、何回も聞かなくてもよくない?正直、何回も確認されるのは辛い。僕は苦笑いを浮かべながら、アルに答えた。
「だったら、また心変わりして、役者になりたいって思ってもおかしくありません!」
心変わりなんて、よくある話です!と、アルはツルを持ってメガネを直しながら、胸を張った。
「なので、私たちがその心変わりの手助けをすればいいんです!」
「はぁ!?」
今度は、僕が叫ぶ番だった。何を言ってるんだ、この猫は!
「……なるほどな」
そう納得したのは今までツッコミを入れていたイデだ。いや、納得しないでほしい。今の会話のどこに、納得する要素があったの?!ってか、イデはぼくのみかたじゃなかったの?!
「確かに、アルがいうことは一理あるかもしれねぇ」
「ちょっと!納得しないでよ!!僕はもう絶対に役者にはならないってば!!」
全力で、僕は三匹の言うことを否定する。にもかかわらず、
「まぁまぁ、ものは試しです!」
「やってみねぇとわかんねぇだろ?」
「そうそう!」
三匹は、僕の気持ちを変えるということで一致団結してしまった。なんだか、頭が痛い……。思わず、僕は額に手を当てる。
「そうと決まれば、作戦会議だ!」
「玲央くんに、また役者になってもらうために頑張りましょう!」
「おー!!!」
「……」
当事者である僕を放置して、三匹は寄り集まって部屋の隅で作戦会議とやらを始めてしまった。何をやったって無駄なのに……。僕はもう、役者にはならないよ。……というか、なれないよ。最初から。
「はあ……」
大きなため息が出る。これから、どうなるんだろう。不安だ。不安しかない。でも、今集中しなきゃいけないことは、わかってる。
ちらり……。視線を向けたのは、机の上に置いていた台本だ。その表紙を、ゆっくりとめくる。舞台に関わるのは、これが最後になるんだ。最後なんだから、悔いが残らないようにやらないと。わいのわいの話し合う三匹を無視して、僕は台本に集中することにした。




