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ハリボテロミオの夏の夢  作者: 矢倉


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第二幕:大道具


 『スタート!』

 

 その声に合わせて、いくつもの視線が、僕に集中する。その瞳の奥には、様々な感情が見えた。

 

 瀧 彌生の息子なんだから、大丈夫だよ。

 きっとすごい演技を見せてくれるんだろうな。

 どうせ、親の七光りだろ?

 玲央は玲央だよ。好きに演じたらいい。

 もっといい子役、いたんじゃないの?


 それらがぐるぐると僕を取り囲んで、身動き一つ出来なくする。呼吸もうまく出来なくなって、少しずつ短く、息を吸って吐くのがやっとだ。どんどん、どんどん、息が苦しくなっていく。体も、ゆっくり冷えていって、感覚がわからない。それでも、僕を取り囲む視線だけは、やたらギラギラしていた。



『カット!』




***



「……っ!」


 その声で、今日も起こされる。相変わらず、最悪の目覚めだ。何度見ても、この夢には慣れない。むしろ、どんどんひどくなっていく気がする。


「はぁ……」


 ため息が止まらない。それでも、今日もまた学校へはいかなくちゃ。本番まで、本当にあと少ししかないんだから。

 重たい体を起こして、僕はとりあえず三匹がいるであろう一階のリビングへと向かった。あれから三匹は、ほぼ一晩中あーでもないこーでもないと話し合いを続けていたらしい。らしいというのは、僕が寝る時間になっても話し合いを続けていたので、場所をリビングに移してもらったので詳細を知らないからだ。

 少しふらつく足取りでリビングにいる三匹の様子を見にいくと、三匹ともちょっとだけ目が充血していた。多分、あまり寝れていないんだと思う。


「あ、おはようございます玲央」

「おはよ〜」

「……はよ……」


 それでも、三匹は僕に挨拶をしてくれた。こんな朝は久しぶりで、少しだけ胸が暖かくなる。


「おはよう。支度して、ご飯食べよっか」

「わーい!ご飯!」

「待ってください、レテ!支度が先です」

「……顔洗ってくる……」


 朝から騒がしい三匹に、思わず口角が緩む。そんな三匹の相手をしながら、僕も自分の身支度を始めた。顔を洗って、髪を整える。アルはブラッシングが好きなようで、他の二匹よりも入念にしている。そしてそれが終わると着替えだ。どのアクセサリーをつけようかと、今度はイデが並べられたアクセサリーと睨めっこをしていた。その間に簡単に食事を作ると、レテがうきうきで支度を手伝ってくれる。こんなに楽しい朝、本当に久しぶり……いや、初めてかもしれない。僕はゆっくり、三匹と一緒に食事をとった。いつものメニューなのに、不思議と美味しく感じる。食事を終えて片付けも済ませると、僕は三匹と一緒に家を出た。


「今日も部活ですか?」

「うん。全国大会まで1週間を切ったからね」


 周りから怪しまれない程度の声で、右肩に乗るアルに答える。本番まであと数日しかない。貴重な練習時間だ。


「今日は何するの?」


そう聞いてきたのは、左肩に乗るレテだった。


「午前中は、僕たち裏方は主に大道具のチェックだよ。役者組は衣装確認。でもって、午後から通し稽古」

「大道具も玲央たちがやるのかよ」

「裏方は人数少ないからね。どうしても、兼任が多くなっちゃうんだ。役者組で手伝ってくれる人がいるくらい」

「まぁ確かに、演劇部に入ろうって奴は、役者希望のが多いだろうからな……」


 と、頭に乗るイデ。なんだか、三匹の定位置が勝手に決まってしまっている。けれど、三匹が乗っている場所に重みはない。そのあたりは神の使いなんだろう。

 あれこれとたわい無い会話をしながら、僕たちは学校へと向かう。途中、人が増えてくると、三匹も自然と静かになった。やっぱり、昨日は三匹のいうところの久しぶりの人間界に、少しはしゃいでいたところがあったみたいだ。


「おはようございます」

「おー!おはよー玲央!今日は遅刻しなかったな!」


 先に部室のロッカールームで服を着替えていた汐恩が、僕の肩を叩く。


「おはよ。んな毎日はしないって……」

「あはは!それもそうだな!!」


 そう、僕たちが普通に話をしていたときだった。


 バンッ!!!


 勢いよく、ロッカーの扉を閉める音で、賑やかだったロッカールームが一瞬で沈黙に包まれる。音の出た先にいたのは、蘭くんだった。


「……うるさいんだけど」

「ご、ごめん……!」


 誰とも目を合わさずに、蘭くんは呟く。けれど僕は咄嗟に自分のことだと察して、蘭くんに謝った。


「お前さぁ……よく昨日遅刻して、そんな笑ってられるよな。こんな時期に遅刻するとか、俺には意味わかんねぇわ……」

「ごめん……そういうつもりじゃ……」

「……いいよ別に。本番で足さえ引っ張らなければ」


 ……あの時みたいに。

 最後は僕にだけ聞こえるように言って、蘭くんは僕と目を合わせることなくロッカールームから出て行った。ロッカールームには、まだ張り詰めた空気が残っている。


「……玲央、気にすんなよ?あいつ本番間近でピリついてるだけだから」

「うん……」


 わかってる。わかっているけど、蘭くんがいう通り、こんな大事な時期に遅刻するなんて、僕が逆の立場だったら蘭くんと同じ気持ちになると思う。だから、悪いのは僕だ。

 それに、蘭くんに迷惑をかけるのは、これが初めてじゃない。だから余計に、蘭くんは怒っているんだと思う。


「蘭くんのいうことも一理あるからさ。さ、稽古場行こう!大道具今日中に完成させないと!」

「そう……だな!わかった。先に行ってるぞ」


 そう言って、汐恩も稽古場へ向かった。


「ンだよ、あの蘭ってやつは!!!」

「……いいんだよ。蘭くんは」


 小声で怒るイデを、僕は服を着替えながら宥める。


「彼は確か、ロミオ役の子ですよね?」


「そうだよ。夜烏 蘭くん。うちのスター役者の一人」


 蘭くんは少なくとも3歳から事務所に所属していて、昔から子役としてCMや映画、ドラマにも結構出ている。昔からストイックで負けず嫌いで……なんにでも、完璧を求めるんだ。今も映画の撮影をしながら、部活にも参加しているけど、どっちも妥協しない。


「……すごい役者だよ」

「へぇ〜、玲央は蘭くんって人のこと、よく知ってるんだね〜」

「あ……うん……まぁ、ちょっとね」


 咄嗟に、言葉を濁す。丁度着替えも終わったところだったので、僕はそのまま稽古場へと向かった。三匹も、僕について稽古場に入る。そこではもうすでに大道具の制作が始まっていた。


「玲央、こっちこっち!」


 汐恩に呼ばれて、稽古場の端っこへと向かう。そこには大きな十字架が、ぼんっと置かれていた。途中の教会のシーンで使う祭壇に飾るものだ。


「今日中にこれを完成させるんだと」

「了解」


 三匹には、邪魔にならないように隅っこにいてもらうようにお願いして、早速僕も作業に加わった。地味な作業ではあるけれど、一つ一つ意味があるものなので、一生懸命手を動かす。

そもそも、大道具作りは嫌いじゃない。無心で何かをするのは楽しい。それが、演劇に関することなら尚更だ。

 と、その時だった。


「わー!やっぱり綺麗!!」

「いい感じだね!!!」

「朱里、よく似合ってる〜!」


 わっと、稽古場に黄色い声が上がる。何かと思って振り向けば、そこには赤いドレス……ジュリエットの衣装を着た朱里さんが立っていた。


「ありがとう!やっぱり衣装着ると気合いが入るよね!!」


 そう言いながら、朱里さんは力こぶを作るポーズをしてみせる。筋肉質ではないので、全然力こぶはできていないんだけれど、そんなことをやるところが朱里さんらしくて可愛い。


「いやー、いいねぇ。役者組は花があって」

「こっちも大事な仕事だろ?ほら、手を動かす!動かす!!」


 自分のことは棚に上げて、汐恩に真面目にやるように促して僕自身も大道具作りへと意識を戻す。でも……。

 あの赤いドレス……舞台でスポットライトを当てたら、もっと綺麗なんだろうな。頭の中で、ドレスを着た朱里さんが舞台に立つ姿を想像する。

 とても目立つ赤いドレス。その裾が、朱里さんが動くたびにひらひらと揺れる。ところどころビーズの刺繍があるから、スポットライトでキラキラと反射してそれは綺麗だろう。でも、それ以上に輝いているのは、きっと朱里さん自身だ。……うん。絶対に観客は、朱里さんに釘付け間違いなしだ。そのためにも、僕は当日しっかりやらないと!


「よし!」


 頑張るぞ!僕は改めて気合を入れ直して、大道具作りに取りかかっ……。

 ミシッ。


「あ……」


 まじか。やってしまった。

 気合いを入れて、改めて大道具作成に取り掛かろうとした。その気持ちがから回ったらしい。十字架部分に体重を少し乗せすぎたようで、手をついていた箇所に少しだけ亀裂ができてしまった。


「何やってんだよ、玲央……。あーあ。ベニヤ板わっちまって……まぁでも、これくらいなら間に接着剤入れて固定したら大丈夫だろ……」

「……ごめん、汐恩。僕ちょっと大道具の係に謝ってくる……」

「おー、色んな意味で気をつけてなー」


 そう言って、汐恩は僕に手を振る。本当、色んな意味で気をつけないとな……。そう思いながら大道具の責任者の元へ歩いて行く途中、ちらっと三匹を見ると、三匹とも壁際で大人しく稽古場の様子を見ていた。ちゃんと約束を守ってくれているらしい。こっちは大丈夫そうだ。そう勝手に思い込んで、僕は改めて大道具の責任者の元へ急いだ。


「ほーん……」

「どうかしたの?イデ?」

「……いいこと思いついた」

「いいこと、ですか?」

「これであいつを、役者に引き戻せるかもしれねぇ……」

「本当ですか!?」

「あぁ……俺様に任せとけって」


そんな不穏な会話をしているとも知らずに。


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