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ハリボテロミオの夏の夢  作者: 矢倉


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第二幕:照明係


 急がないと!やばい!やばい!やばい!!!

 旧校舎の廊下を駆け抜けて、校庭へ出る。最悪なことに、旧校舎と今の演劇部の部室があるのは正反対の場所だ。


「昨日の今日だから、絶対に遅刻したくないのに!!!」

「昨日、何かあったの〜?」

「何かあったから焦っているんじゃないですか?ねえ玲央」

「いやぁ……まぁ……って!!」


 ついてきたの!?

 両肩にちょこんと乗る、レテとアルを交互に見る。


「当然です。私たちはアメ様にあなたのことを任されたんですから!」

「だ、だからって困るよ!猫が3匹も学校についてきたら!!!」

「だぁれが猫だ!誰がッ!!!……安心しろ。俺たちの姿は普通の人間には見えねぇよ……」


 そう言うのは、どかっと頭の上に乗っているイデだ。


「そ、そうなんだ……!」


 それなら……まぁ、いいか。いや、よくない!よくないけど、でも、今はそれどころではない!急がなくちゃ!!!


「部活って言ってたけど、玲央は演劇部?」

「アメ様のところにわざわざ神頼みに来たんですよ?演劇部に決まってます。そうですよね、玲央!」

「えっ……まぁ……うん。そうだね……一応……」

「んだよ、その歯切れの悪ィ返事は……!」

「……」


 イデを無視して、僕は全速力で部室へと向かう。ロッカールームに着くなり、とりあえずカバンを放り投げて、ジャージにささっと着替えると稽古場に入る。よし、これならセーフだ!

 ……と思ったのに、なぜか稽古場には誰もいなくて、しんと静まり返っていた。


「あ……」


 そうだ……今日は稽古場じゃなくって講堂での練習だって、監督言っていたじゃないか。稽古場の時計を見れば、丁度9時を指している。

 ……終わった。完っ璧に遅刻だ。


「うぅ……」


 昨日の今日だから、絶対に遅れちゃいけなかったのに。大きくため息をつきながら、僕はゆっくり稽古場の扉を閉めて、急いでみんながいる講堂へ向かった。

 重い足取りで講堂に入ると、扉の向こうから練習をする声が聞こえる。何回か深呼吸をして、僕はそっと講堂の扉を開けると駆け足で監督に謝罪した。

 

「すみません!遅くなりました!!!」

「玲央、遅刻だぞ!!!やる気あるのか?!」

「はい!」

「ったく……昨日も言ったが、最近集中できてないぞ?大丈夫か?」

「はい!!」

「……次はないからな?急いで位置につけ」

「はい!!!」


 大きな声で返事をして、監督に言われた通り、僕は自分のいるべき場所へと向かう。


「玲央?舞台はあっちですよ??」

「こっちでいいんだよ」


 舞台を指さすアルに、僕は小声で答える。そう。僕の居場所はそこじゃない。

 講堂のホールを出て、2階へ向かう階段を上がる。上り切った先にあるのは、二階席の扉だ。でも、僕が向かっているのはその隣。制御室と書かれた扉を、そっと開けた。


「……悪い。遅くなった」

「おーう!大丈夫か玲央?返信ないから心配したぞ?」


 ま、とりあえず、今日部活終わったらコーラ奢りな?

 そう言って笑うのは、僕の数少ない友人、牧森(まきもり) 汐恩(しおん)だ。汐恩も僕と同じ裏方。主に音響の係をやっている。汐恩とは中学の頃からの腐れ縁で、その頃から一緒に裏方をやっている。


「今どこ?」

「これから第2幕第1場。お前が昨日ポカしたとこ」

「言うなって……」


 嫌なこと思い出させるなよ。そう言いながら、僕は制御室の椅子に座って窓から舞台を見下ろす。確かに、丁度ロミオ役の蘭くんが下手(しもて)から姿を現すところだった。その様子を見ながら、僕は蘭くんの動きに合わせてゆっくりスポットライトを動かす。


「言いたいようにいえばいい。奴らはこの痛みを知らないから好き勝手言えるんだ」


 この声に合わせて、ジュリエット役の朱里さんが大道具のバルコニーから顔を出すので、今度は朱里さんへスポットライトをあてる。朱里さんの姿が、パッとライトで輝いた。


「なんだ、あの光は?この方角は東、とするならばジュリエットは太陽だ!俺の思い人だ!!あぁ、なんと美しい瞳だろう。夜空にまたたく星に勝るとも劣らない。いや、きっと星の方が見劣りしてしまう。それほどまでに美しい」

「あぁ……ロミオ……ロミオ!あなたはなぜロミオなの?仇敵なのはそのお名前だけ。あなたがその名前を捨ててくださるなら、私も喜んでこの名前を捨てますのに……なぜ……」


 このシーン、さっき僕もやったけど、舞台にはロミオとジュリエット……蘭くんと朱里さんしかいないシーンだ。舞踏会で一目惚れしたジュリエットに再び会おうと、ロミオは見つかれば死ぬかもしれない仇敵の家に侵入する。危険と隣り合わせの中、幸い誰にも見つかることなく出会えた二人は、お互いの愛の深さを確かめ合う。そんな場面。ロミオとジュリエットの話を知らない人でも、あぁ、あそこかってなる有名なシーンがここだ。

 ……なんだけど。


「ねえねえ、もしかして玲央って裏方?」

「はぁ?!んなことあってたまるかよ!!!」

「ですが、この状況……」


 三匹がうるさい!!!!

 ここまでついてきた三匹は、制御室の中でぎゃいぎゃいぎゃいぎゃい好き勝手騒いでいる。その声は確かに僕にしか届いていないようで、汐恩は集中して音響の操作をしている。なので、変に声を出すわけにもいかない。でも、近くをちょろちょろちょろされて、あれこれ話しかけられれば、どうやったって気が散る。この三匹を、どうにかしないと……。これ以上、みんなに迷惑をかけるわけにはいかないんだから。


「ねえちょっと!みんな静かにして!!!」


 汐恩の目を盗んで、僕はなんとか小声で三匹に注意した。

 でも、


「そうですよ、イデ!照明係をしていますけど、今玲央は大事な練習中なんです!照明係ですけど!!」

「あぁ?うるさいのはテメェだろ!?」

「ねえねえ、このボタン何のボタン?押してもいい?」

「……ッ!!!」


 ……全く、効果はなかった。考えてみれば当然だ。僕なんかに、神の使いを静かにさせる力があるはずがない。


「はぁ……」

「大丈夫か玲央?最近ため息ばっかりだぞ?」

「あぁ、ごめん……大丈夫……」


 正直、大丈夫ではないけれど、汐恩にも手伝ってもらいながら、うるさい三匹を頑張って無視して、僕は照明機材を動かしていく。と言っても、騒いでいたのは最初だけで、途中からは三匹ともロミオとジュリエットの劇を食い入るように見つめていた。なんだかんだで演劇の神様の使いなだけあって、三匹とも演劇が好きみたいだ。

 本来、ロミオとジュリエットをしっかりやろうとすると、2時間かかる。でも、大会は各学校1時間と決められているので、この話を1時間にしなおしたものが、今回の台本だ。と言っても、過去に何回も上演されたこの学校の伝統的な演目の一つなので、演劇部にとってはお馴染みの台本だったりする。ただ、それだけに気を抜くことができない。なんたって、歴代の重みが詰まった演目なんだから。


「……」


 じっ……と、僕は舞台と機材を交互に見ながら、頭に叩き込んだ台本と照らし合わせて手を動かす。1時間。この作業を行うのだ。自然と、額からは汗が垂れてくる。瞬きも忘れて、昨日頭の中で作ったイメージを、僕は舞台の上で再生させた。


「朝か……今朝は一段と静かだな。さあ、行こうか。行ってなお、ゆっくりこの悲しい物語について語り合おう。世には様々な悲劇はあるが、このジュリエットとロミオの物語、それにまさるものがあるだろうか……」


「……はい、カット!!!」

「ふぅ……」


 監督のその声をきいて、僕は大きく息を吸い込む。空気が冷たい。正確には、僕が火照っているだけなんだけど。色々イレギュラーはあったものの、何とか1時間、無事に終えることができた。


「お疲れ」

「……お疲れ様」


 そう言って、汐恩とグータッチをする。僕らのお決まりのやりとりだ。何とか集中も持って一安心だし、これなら本番もきっと大丈夫……。


「う……うぅ……」

「泣いてんのか?アル?」

「ロミオ……ジュリエットォ……!!」

「うんうん。わかる〜!やっぱりシェイクスピアはいいよね〜!」


 ……じゃないかもしれない。

 そうだ……この三匹を何とかしないといけないんだった……。


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