第五幕:第一幕
ロミオが不在の中、第一幕が始まった。
物語は、ロミオの家の従者とジュリエットの家の従者の間で暴動が起こったため、両家ともに太守に呼ばれ、咎められるところから始まる。観客に、両家に確執があることを示すためである。
その後、場面はジュリエットの家に切り替わる。この日、ジュリエットの家では仮面舞踏会が開かれることになっていた。そこでジュリエットの母は、ジュリエットに夫になるような相手を見つけてはどうかと提案する。もちろん、ジュリエットにその気はない。そのため、仮面舞踏会でジュリエットは、適当に言い寄ってくる男達を軽くあしらっていた。退屈な仮面舞踏会。そう思っていた時だった。
「ッ……!」
ジュリエット役の朱里は、眼を見開いて舞台袖をまっすぐに見つめる。そこにいる誰かと……ロミオと、目があったことを視線だけで伝えるために。しかしタイミング悪く、ジュリエットは別の男性とダンスを踊ることになってしまい、ロミオの元へ行きたくても行くことができない。それでも、ジュリエットの視線はずっと、ロミオのいる舞台袖をうっとりと見つめていた。
……ロミオがそこにいると、観客に思わせるために。
本来、このシーンはロミオも舞台に立って、一緒にダンスを踊るシーンだ。しかし、肝心のロミオがまだ来ていない。そのため朱里は、舞台を広く使うことで目線の先にロミオがいることを表現することで、違和感を無くそうとした。朱里は視線だけで、ジュリエットがロミオに恋したことを観客に伝えたのだ。
ようやく一曲踊り終わって、朱里……ジュリエットは急いで乳母の元へ向かった。
「ねぇばあや、あの人は誰?あの先ほどからとても美しいダンスを踊っている……ほら、あの方よ!」
そう言って、朱里は上手を指さす。それはずっと、ジュリエットが視線を向けていた場所だ。
「あぁ、あの方ですか?なぜこんなところへ来たのか……きっと冷やかしに違いありませんわ。見てくださいませ、あの一緒にいる連中ときたら……」
苦々しく、乳母もジュリエットにつられて上手を見つめる。そこに、あたかも誰かがいるように。
「もう、そんなことはどうでもいいの。ねえ、誰なの?教えて」
「ええ、あの方ですね。あれはモンタギュー家の一人息子、ロミオですよ」
「今……今なんと言ったの?」
たった今恋をした相手が、まさか仇敵の息子だとは夢にも思わず、ジュリエットはその場に倒れそうになる。
「あぁ……たった一つの私の愛が、たった一つの憎しみから生まれるなんて……。まさか、憎い仇敵を愛さなければならないなんて……」
「まぁ、なんのことです?」
「いいえ、ただの詩よ。ついさっき一緒に踊った方から教えていただいたの」
そう言って、朱里はふらつく足取りで下手へと姿を消した。
「……やっぱりすげぇな……朱里の奴……ロミオなしで、第一幕終わらせやがった……」
そう呟いたのは、制御室からこの様子を見ていた汐恩だ。
「で、でも先輩……この後の第二幕は、ロミオのセリフからですよ?」
「そう、だな……」
玲央の奴……何やってんだよ。早く……早く来い!汐恩には、そう願うことしかできなかった。
舞台を暗転させて、再び全体を明るく照らす。ここから、ロミオは下手から登場するはずだった。なのに、そこには誰もいない。
しばらくの沈黙。一体どうしたんだろうと、観客が疑問を抱く直前だった。
「……言いたいようにいえばいい」
突如観客席から、声が上がる。汐恩は慌てて、その声の主にスポットライトを当てた。
「奴らはこの痛みを知らないから、好き勝手言えるんだ」
そこにいたのは、ロミオの衣装を身に纏い、堂々と立つ玲央の姿だった。
「……あの、ばかっ!!!」
遅いって!汐恩の額から、汗が垂れる。その汗は、頬を伝って床に落ちていった。




