第五幕:開演
「何やってるんだよ、あいつ……!トイレって言ったっきり戻ってこないなんて!!!」
そう言うのは、すでに制御室でスタンバイをする汐恩だった。あれから何回も、玲央にスマホで連絡をしているのだが、一切反応がない。
「…大丈夫ですかね?この舞台……」
「わかんねぇ……」
ロミオの代役で玲央が抜けるため、玲央の代わりに照明を汐恩が、汐恩の代わりに音響を後輩が担うことになった。いつも以上に、制御室は緊張で満ちている。
「でも、やるしかねぇだろ……」
そう、決めたんだから。と、汐恩は唾を飲み込む。……開演まで、あと5分だ。
***
場所は変わって舞台裏には、制御室にも増して不安が広がっていた。それでも開演を決めたのは、
「大丈夫。玲央くんは……ロミオなら、きっとくるから」
朱里だった。棄権しようという声が多く上がる中、彼女が強く開演を希望したのだ。
「……本当に、大丈夫なのか?」
「蘭くん……ッ!」
松葉杖をつきながら、部員の前に現れたのは蘭だった。その右脚は、ギプスでしっかりと固定されている。
「蘭?!大丈夫なのか?」
「あまり動かなければ大丈夫だ。それより、あいつ……来てないんだろ?」
あんな奴を代役にするなんて……何考えてんだ。と、蘭は怒りを露わにする。
「なあ、代わりの衣装はないのか?」
「えっ……」
「あいつを待つくらいなら、俺が出た方がましだろ?」
「あ……えっ……と……」
確かに、蘭にやってもらった方がいいんじゃないかと、その部員は思った。けれど、
「……大丈夫」
朱里は静かに、蘭の申し出を否定した。
「絶対に、玲央くんは来てくれる」
まっすぐ、舞台を見つめる朱里。そこには不安そうに立つ、開演を告げる序詞役の部員がいた。けれどその部員も、朱里の自信に満ちたその瞳に、覚悟を決める。
「ただいまより、エントリーナンバー325、琴華高等学校演劇部による舞台を開演します。演目は、ロミオとジュリエット」
アナウンスが入り、会場で拍手が鳴り響く。そして、ゆっくりと幕が開いた。
真っ暗な舞台。その中央にだけ、パッとスポットライトが当たる。
「舞台は花の都、ヴェローナ。これは歪みあう両家の間に生まれた、若い二人の物語。その行く末は、これからご覧くださいませ」
そう言って、序詞役の部員が深く頭を下げると、ライトが消え再び舞台の上は暗くなった。
もう、後戻りはできない。




