第四幕:アル
(ちょっと、アル!何勝手なことしてるんだよ!!!)
「……」
いくら訴えても、僕の体に入ったアルは一切反応しない。そう。どさくさに紛れて、アルが僕の手の甲にキスをして体を奪ったのだ。
「待て待て、そう言ってもだな……玲央は裏方なんだぞ?」
「セリフは全部は覚えています」
「あのなぁ……セリフを言えればいいってもんでも……」
「じゃあ、第2幕第1場をやってみましょう!」
そう言ったのは朱里さんだ。朱里さんまで、本当に何を考えてるんだよ!
「そうだな……。じゃあ玲央、やってみろ」
「わかりました」
そう言いながら、僕の体は勝手に稽古場にある舞台へと進んでいく。朱里さんも、一緒になってスタンバイした。
(アル!やめてってば!)
「……すみません、玲央……でも、せっかくのチャンスなんです」
そう言って、アルは舞台の下手に回ると、ゆっくりみんなに姿を現した。
「言いたいようにいえばいい。奴らはこの痛みを知らないから好き勝手言えるんだ」
そう言うや否や、アルは明かりに気がついて、顔を上げる。そこにいたのは、朱里さんだ。
「なんだ、あの光は?この方角は東、とするならばジュリエットは太陽だ!俺の思い人だ!!あぁ、なんと美しい瞳だろう。夜空にまたたく星に勝るとも劣らない。いや、きっと星の方が見劣りしてしまう。それほどまでに美しい」
「あぁ……ロミオ……ロミオ!あなたはなぜロミオなの?仇敵なのはそのお名前だけ。あなたがその名前を捨ててくださるなら、私も喜んでこの名前を捨てますのに……なぜ……」
「あぁ、なんて美しい声なんだ。もっと聞いていたい……」
うっとりと、アルは朱里さんの声に聞き入る。わかってはいたけれど、アルの演技もレテ同様にすごい。
「だれ?そこにいるのは?」
「……なんと名乗ったものか……あなたの好きに呼んでくれて構いません。なぜなら俺の名は、あなたの仇敵の名前なのだから」
「まぁ!その声は、間違えるわけがありません。ロミオ様。ロミオ様なのでしょう?」
「いいえ、あなたが嫌がるのであれば、そのような名前のものではありません」
一つ一つの動きがとても丁寧で、なおかつ声の出し方が上手い。ジュリエットに優しく話しかけているのに、しっかりと全体に声が届くのだ。アルらしい、紳士的なロミオが、そこにはいた。
「それにしても、どうしてここへ?ここの塀はとても高いのに……いえ、それ以前に家の者に見つかりでもしたら……」
「なに、こんな塀くらい、軽い恋の翼があればなんとでも。あなたの身内ですら、恋の障害にはなりえません」
「そんな!家の者に見つかれば殺されてしまうというのに!」
「殺されるよりも、私にはあなたの瞳の方がよっぽど恐ろしい」
それに、朱里さんとの息もぴったりだ。いつしか部員みんなが、二人の演技に魅入っている。こんな時でなければ、僕だって二人の演技が見たいと思うほどに。
でも、頼む……。頼むから、やめてくれ!!!!
「どうやってここがわかりましたの?」
「恋の神に導かれて」
「待って。今恋っておっしゃったの?」
「えぇ。そうです」
「……私は、あなたに恋している。いや、愛しているのです。ジュリエット」
「まぁ。なんてこと?そんな私をからかって。いえ、本当でいらっしゃるの?本当に私を愛してくださるの?」
「愛しておりますとも。あの美しい月に誓って」
「いやよ。そんなあんなコロコロ形を変える不誠実な月になんて誓わないで。誓うのでしたら、あなたの名前にかけて誓ってくださいませ」
「では、僕の心にかけて……」
そんな僕の願いも虚しく、舞台はどんどん進んでいく。そして、
「必ず!必ず伝える!!」
アルは最後まで、完璧にロミオを演じ切ってしまった。その結果……。ぱち。ぱちぱちぱちぱちぱち。演じ終えると、自然に拍手がわく。
「どうですか?監督!」
そう聞くのは朱里さんだ。けれど、答えはもうわかりきっている。
「……そうだな。玲央、お前に代役を任せる」
「はい!よろしくお願いします」
(ッ……!!!)
自分の声なのに、どこか遠く聞こえる。
あぁ、きっと……絶望って、こういうことなんだ。




