第四幕:ゲネプロ
大会前日の今日、各校約1時間ずつ舞台を使った練習の時間が設けられている。この1時間を使って、本番同様に行う通し稽古が、ゲネプロだ。
「いい感じだな」
「うん」
音響の汐恩と一緒に、舞台を見ながら僕は照明を動かす。ここまでは、とても順調だった。いい感じに朱里さんと蘭くんがのっている。これなら、明日の本番も大丈夫だろう。何事もなく、劇は最後の見せ場、昨日レテが路上で演じたロミオが毒薬を飲むシーンに差し掛かる。
「っ……あぁあああああああああああああああああ!!!!!」
棺の中に眠るジュリエット……朱里さん。その姿を見て、ロミオ役の蘭くんが声を上げる。
「なぜ、何故なんだ、ジュリエット……!本当に、死んでしまったのか……?」
少しオーバーリアクションで、蘭くんはロミオを演じる。レテの時と同じだ。
「……蘭の解釈だと、ロミオは結構自分のこと好きだよな……。こう、ジュリエットのことを好きな自分が好きっていうか」
「……そう、だね」
今回の台本ではカットされているけれど、本来のロミオとジュリエットでは最初、ロミオは違う女性のことがめちゃくちゃ好きだったりする。でも、ロミオはその女性にフラれて意気消沈。そんなロミオを見かねて、彼の友人がキャピュレット家……ジュリエットの家で開かれる仮面舞踏会に忍び込んで、もっと可愛い子を見つけに行こうと誘う。そこで見つけたジュリエットに恋をして……という流れだ。人によってはロミオお前本当にジュリエットのこと好きなのか?!って思わなくもない。なので、蘭くんの解釈もよくわかる。ロミオが自分に酔っているような、若干ナルシストタイプだったとしても不思議ではない。
「……ここで僕も、永遠の安息に入るよ。目よ、これで見納めだ!」
だから、蘭くんのように、どこか自分を魅せるようなロミオが生まれる。
「腕よ、これが最後の抱擁だ!!唇よ……さあ、死神と永遠の契約をしようじゃないか!!!」
大きく体を使って、蘭くんはジュリエットを失った悲しみを表現する。そして、懐から毒の入った瓶を取り出した。蘭くんの手が震えている。レテと同様、一瞬飲むのを戸惑っているのだ。けれど、意を決して、蘭くんが瓶に口をつけた。……その時だった。ぎしっ……と、嫌な音がする。音がしたのは、舞台からだ。
「ッ……!!!」
「危ない!!!!」
バタンっ!!!と、大きな音を立てて祭壇の十字架が倒れた。その音はしばらくこだまして、会場全体を包み込む。けれどすぐに、会場はしんっと静まり返った。と、次の瞬間。
「きゃー!!!」
「大丈夫か蘭!?」
「救急車!!!」
一斉に、様々な声が飛び交う。その声の中心にいたのは、蘭くんだ。
制御室の窓の向こう。舞台の上で、大道具の祭壇の十字架が倒れている。その横で、蘭くんが足を抱えながらうずくまっていた。その様子を、僕はただ見ているだけだった。窓から見える景色は、まるで何かの映像みたいで現実味がない。何をどうすればいいのかもわからなかった。けれど、これはノンフィクションで、今起こっていることだ。
「ッ……!朱里さん!!!」
そうだ。あの舞台には、蘭くんと朱里さんがいた。ここからではよく見えなかったけど、朱里さんは大丈夫だろうか。
「おい、玲央?!」
汐恩の声も聞かないで、僕は急いで舞台へと向かう。朱里さん……!朱里さん!!!無事でいてくれっ!!!人をかき分けて、何とか舞台に着くと、そこは混乱に満ちていた。大人が何人か、蘭くんの周りに集まっている。そのさらに周りを、生徒が取り囲んでいた。中には泣き出している生徒もいる。
朱里さん……朱里さんは?周りをキョロキョロ見渡す。しかし、どこにも朱里さんの姿はない。しばらくすると、遠くから救急車の音が聞こえてきた。朱里さんはどこにいるんだろう?
「玲央!」
「大丈夫ですか、玲央?」
「玲央〜!!!」
客席で演技を見ていた三匹が、人混みの中で僕を見つけて駆け寄ってくる。
「あ……うん。僕は上で見てただけだから……それより、朱里さんを知らない?」
「あの女なら……あそこにいるぜ」
そう言って、イデが指差したのは一番前の観客席だった。髪型が乱れてはいるけれど、確かにあれは朱里さんだ。どうやら、監督と話をしているらしい。
「あの子なら多分大丈夫だよ……ロミオ役の子が庇ってたから……」
「そっか……それならよかった」
僕がほっと胸を撫で下ろした、その時だった。
「救急車、きました!」
非常口から、先生が声を上げる。その声に合わせて、救急隊がぞろぞろと会場内に入ってきた。そしてすぐに、蘭くんはタンカに乗せられて、救急車で病院へと運ばれていった。




