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ハリボテロミオの夏の夢  作者: 矢倉


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第三幕:二人きり

 急に後ろから声をかけられて、びっくりしたレテが体から出ていってしまう。その拍子に、手から缶が滑り落ちて、地面に当る。カンっという高い音が、夜の街に響いた。僕は慌てて、落とした缶を拾う。


「あわわわわわ……!すみません!」

「っ……!?」


 僕の頭上から聞こえた声。その声は、聞き覚えのある声だった。

 え……?嘘、だろ……?なんで、こんなところに?あ、でも違う人かもしれない。いや、そんなわけない。ほぼ毎日、この声を聞いてるんだ。僕がこの声を、聞き間違えるわけがない。


「大丈夫、ですか?」


 ゆっくり、顔を上げる。そこに立っていたのは長い黒髪に、琥珀の瞳……いつも舞台に立っている姿が眩しくてたまらない。あの朱里さんだった。彼女がまっすぐ、僕を見つめている。


「あの……さっき、ロミオを演じていた人……ですよね?」


 ど、どうしよう!!!頭の中はパニックだ。一番最初に声をかけられたショックで、レテはもう体から出ていってしまっている。ちらっとレテの方を見てみると、僕に向かって一生懸命手を合わせて謝っていた。……こればっかりは仕方ない。誰がこんなタイミングで、朱里さんに声をかけられるなんて思うだろう。とりあえず、この場をなんとかしないと……。あのロミオを演じたのが僕……というか、レテではあるんだけど、体は僕なので、守田 玲央だと朱里さんにバレるわけにはいかない。すっと、僕は朱里さんに気づかれないように息を吸う。

 ……レテは三匹の中で、一番明るい天然タイプだ。でも鋭い質問をしたりするから、ただ天然なだけじゃない。イデとアルが口論になってると、仲裁に入ることが多いから、割とまとめ役もできるんだろう。……そう、レテの性格を思い起こす。そして、


「うん、そうだよぉ」


 と、僕は朱里さんに笑顔を見せた。レテなら、きっとそうするだろうから。

 そう。僕は朱里さんにバレないように、レテになりきることにしたのだ。そんな僕を見て、朱里さんは一瞬目を丸くする。けれど、すぐに元に戻った。多分、バレてない……と思う。僕はドキドキしながら、持っていた缶をブレザーのポケットにしまう。


「あ、えっと……さっきの演技、素敵でした」

「そぉ?ありがとぉ」


 そう言って、朱里さんに向かって手を振る。朱里さんはまだ何か言いたそうにしている。けれど、これ以上何か話して、ボロが出るわけにはいかない。会話は最低限にした方がいい。僕はあえて、もうこれで会話はおしまいというオーラを出した。朱里さんもそれを感じとったようで、ぺこりと小さくお辞儀をすると、僕に背を向けて駅の方に向かっていく。

 よし。これで大丈夫だ。けれど本当に、このままで……いいのか?一瞬、そんな考えが過ぎる。そして、


「え……っ?」

「あ……」


 最後まで考えるよりも先に勝手に足が動いて、僕の手は朱里さんの腕をギュッと掴んでいた。な……何やってるんだよ!僕!!!こんなことして!


「えっ……と……」

「よ、夜は危ないから、駅まで送っていくよぉ!」


 僕はパッと掴んだ手を離して、笑って誤魔化す。今の……変じゃなかったかな?ちらっと、僕は朱里さんの顔をうかがう。朱里さんは少し困ったように眉をハの字にしていた。でも、


「……じゃあ、お言葉に甘えて……」


 そう言って、朱里さんは改めて僕にお辞儀をする。長い髪が、はらりと前に垂れた。


「あ、うん……」


 行こっか。と、僕は自分の顔を見られないように、朱里さんの前に出てそのまま駅に向かう。

 ……ど、どうしよう……。自分から始めたことだけど、こういう時、一体何を話せばいいんだ……?!まさか自分が、朱里さんと二人っきりになるなんて。夢にも思っていなかったことが現実で起きていて、頭がうまく働かない。どうしよう。どうしよう。どうしよう。その五文字ばかりが、頭の中をぐるぐる埋め尽くす。

 えっと……そうだ、レテ……!レテだったら、どんな話をするだろう?小さく深呼吸をして、レテだったらと考えてみる。すると、不思議なことに、すっと頭の中がクリアになった。そうだ、きっとレテなら……。


「あー、でもこんなとこ、彼氏さんに見られたらまずいかなぁ〜?」


 両手を頭の後ろへ回して、大股で歩きながら、朱里さんに話をふる。レテならきっと、ちょっと戯けながらも朱里さんとその周りのことを気遣うはずだ。だってこんなとこ、蘭くんに見られてたらまずいもんね。


「大丈夫ですよ。彼氏いませんので」

「……え?」


 ちょっと、待って、今、なんて言った?……彼氏は、いない?

 驚きを悟られないように、僕は続ける。


「え〜!こんなに可愛いのに?」

「はい」


 いません。と、朱里さんははっきり答えた。

 本当に?だって朱里さんは、蘭くんと……。


「じゃあ、僕が立候補しちゃおうかな〜」


 くるっと、僕は体を向き直して、半信半疑で朱里さんの顔をのぞいてみる。すると朱里さんはずっと僕を見つめていたようで、すぐに琥珀と目があった。けれど、すぐに逸らされてしまう。


「あ、……えっと……ごめんなさい……」


 少し戸惑いながら、朱里さんは僕の告白を断る。当然だ。こんな軽い告白にOKなんて、するはずがない。大丈夫。大丈夫だ。……これは、レテだったら言うセリフだから。イデの時に振られて、今回もだけど、ダメージを受ける必要はないぞ自分。うん。大丈夫……。


「あはは、ごめん。冗談!冗談!!!」


 僕がフラれたわけじゃない。だから、軽く流す。

 でも、レテになりきっているとはいえ、実際に自分で面と向かって告白して断られるのは、正直くる……。そんな僕の気持ちを知るわけもなく、目を伏せたまま、朱里さんはぽつりと呟いた。


 「私、ずっと昔から好きな人がいるんで……」

 「……そうなの?」


 そんな話、今まで聞いたことがなかったので、純粋に驚く。当然と言えば当然だ。僕と朱里さんの関係といえば、ただの同じ演劇部員同士というだけなんだから。こんなプライベートは話はおろか、部活のこと以外で喋ったことがそもそもない。知らなくて当たり前だ。


「はい。……ずっと、ずっと前から……。また、あの姿を見たいんですけどね……」


 そう語る朱里さんの目は、僕をみているのに、どこか遠くを見つめているみたいだった。


「そっかぁ。またその人に会えるといいね!」

「ありがとうございます」


 僕がそう伝えると、朱里さんは優しく微笑んだ。


「それにしても……ロミオの時とは全然雰囲気が違うんですね」

「そうだね〜。演技する人物と、僕は別だからねぇ。ロミオはどちらかといえば、自分に酔ってるようなタイプだし?」


 そう。それが演劇の面白いところだ。普段の自分を一切消して、別の人間になれる。時代も国籍も何もかも超えて、自分の知らない人生を生きれるんだ。すごいよね、役者って。だから普段はこんな調子のレテでも、一度演技が始まれば、レテとは全く性格の違うロミオになることができる。といっても、それはレテが考えるロミオに……だけどね。


「そう……ですか」


 朱里さんの返事には少し含みがあった。けれど、その意図をきく前に、タイミング悪く駅に着いてしまう。


「ありがとうございます。ここまで送ってくださって。あとは気をつけて帰ります」

「うん、気をつけてねぇ。あ、あと……」


 僕はブレザーのポケットに入れていたそれを取り出すと、ぽんっと朱里さんに渡した。


「これ、お詫びの印に」


 それはずいぶん温くなったカフェオレの缶だ。正直、夏に飲むもんじゃない。でも、レテだったらやってる。だって、


「あ、ありがとうございます」


 最後に笑って欲しいから。

 朱里さんも、まさかの温かい飲み物にびっくりしたようだった。けれどすぐにふわっと笑うと、僕に小さくお辞儀をする。


「じゃあ気をつけて帰ってね」


 そう言って、僕は改めてひらりと手を振った。朱里さんも一度だけ手を振ると、そのまま人の多い改札の中へと消えていく。その姿が見えなくなるまで、僕はずっと朱里さんの長い髪が揺れる後ろ姿を見つめていた。


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