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ハリボテロミオの夏の夢  作者: 矢倉


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第三幕:レテ



(なんか、この格好の自分でも変な感じ……)

「あはは、いつもの玲央とは違うもんね!」


 僕はこの格好の方が好きなんだぁ。と、レテはにっこり笑う。レテの装いは黄色のゆったりとしたパーカーに、上からブレザーを羽織っている。前髪はカチューシャであげていて、いかにもクラス内で活発な男子という印象だ。スクールカバンを背負っているのも、それっぽい。


「で、どこに行くんですか、レテ?」

「うん、もう着くよ」


 そう言ってたどり着いたのは、駅前にある劇場前の広場だった。ここは夕方になると、ダンスの練習をしている人や路上ライブをする人で、そこそこ賑わう。今日もあちこちで、色々な人が各々パフォーマンスをやっていた。


(ここで何をするの?)

「いいから、いいから」


 ちょっと見てて。と、レテは持ってきたロープで少し動き回れる程度のスペースを作ると、片隅にスケッチブックを立てかけて、円の真ん中に立った。そこですっと、小さく息を吸う。そして、


「っ……あぁあああああああああああああああああ!!!!!」

(ッ?!?!)


 突然、レテは大きな声を張り上げた。一気に、周囲の視線がレテへと向けられる。な、何してるんだ?!?!


「なぜ、何故なんだ、ジュリエット……!」

(ッ……!これ……)


 少しのセリフだったけれど、ずぐにピンとくる。レテが始めたのは、ロミオとジュリエットの最後のシーンだ。

 色々あって、ジュリエットのいとこを殺してしまったロミオは、街を追放されることになる。それを知ったジュリエットは、薬によって自分は死んだということにして、ロミオと一緒に街から逃げようという計画を立てた。けれど、運命は二人を弄ぶ。

 ロミオはジュリエットが薬による仮死状態であることを知らずに、死んでしまったと思い込んでしまうのだ。ジュリエットがいない世界で、ロミオの取る行動は一つ。後追いだ。そこへ向けて、ここからロミオの長台詞が始まる。


「本当に、死んでしまったのか……?愛する人……あぁでも、死に命を吸い取られても、君の美しさは変わらないな。唇や頬が赤く染まって、まだ生きているみたいじゃないか。青白い死の影が、全く見えない」


 そっと、レテは棺の中のジュリエットを撫でる。と言っても、当然レテの前に棺はない。ないけれど、レテは体の動きだけで、そこにはあたかもジュリエットがいるかのように表現してみせた。純粋に、技術がすごい……。どんな筋肉の使い方をすれば、こんな自然にないものをあるように見せられるんだろう。


「ジュリエット……なぜ君はまだこんなにも美しいんだ?うつろな死神までが君に恋をして、暗闇に君を囲っておく気なのか?」


 ひとつひとつの動きに、違和感が全くない。それに、レテは数日前に僕の学校の台本を確かにペラペラと見ていたけど、あれだけでセリフを覚えるなんて……。やっぱり、演劇の神様の使いで、演技をうまくしてくれるというだけあって、演技力は半端じゃない。


(すごい……)


 胸の奥が熱くなる。自分が演じているわけではないのに、どこか自分が演じているような、不思議な感覚がする。

 気づけば、少しずつ周りに人が集まってきた。みんながレテを、僕を見ている。物語も、クライマックスだ。


「……ここで僕も、永遠の安息に入るよ。目よ、これで見納めだ」


 じっと、レテはジュリエットの顔を見つめる。


「腕よ、これが最後の抱擁だ」


 そして優しく、ジュリエットを抱きしめた。


「唇よ……さあ、死神と永遠の契約をしようじゃないか」


 そう言って、レテは懐から何かを取り出す仕草をする。……毒薬だ。ジュリエットの元へ行くために、ロミオは最後、自ら毒を飲む。震える手、そこには一瞬恐怖の色があった。けれど意を決して、レテは手にした毒薬を飲み干す。


「ッ……!」


 喉元を抑える。きっと毒が回ってきたのだろう。呼吸が荒くなって胸元を抑える。うずくまって、ぐっと痛みに耐えているようだった。そして、そのまま……レテはパタリと動かなくなった。……ロミオの出番は、これで終わりだ。

 ……ぱち。最初は、一つだった。ぱちぱちぱち。その音が、まばらに響く。そして最後には、ぱちぱちぱちぱちぱち!大きな音の波になって、夜の空に響く。よく見ると、お金を取り出している人までいた。


「あ、すみませ〜ん!お金はいただけないので、どうかしまってください〜!!」


 慌ててレテは立ち上がると、お金を出す人の手を止める。


「いやぁ、いいものを見せてもらった」

「生で演技見るの初めて!」

「学生さん?頑張ってね」


 そんな声をかけてくれた人、一人一人に、レテは丁寧に挨拶をする。しばらくして人がいなくなると、レテは荷物を片付けて自販機へと向かった。


「どう?初めて舞台に立つ側で拍手をもらった感想は」

(うん……)


 ……いいね。短く、僕は答えた。


「でしょ〜?この感じを、一回でいいから玲央に味わってほしくてさぁ。勝手に体使ってごめんねぇ」

(ありがとう。レテ……)


 確かに、舞台でもらう拍手は感じたことのない高揚感だった。レテを通して胸の奥がブワって熱くなって、今でもまだ、その熱が残っているような気がする。

 僕も……、僕も可能なら……。……。……可能なら、ね。現実を思い知って、急に体が冷たくなる。そうだ。これは、僕に対する拍手じゃない。思い上がっては、いけない。僕は、僕は一生、この拍手を浴びることはできないんだ。


(……ごめん)

「……そっかぁ。ごめんねぇ玲央、無理させちゃって」


 そう言いながら、レテは自販機にお金を入れるとホットのカフェオレのボタンを押す。夏でも、ホットの飲み物が置いてある自販機があって良かった。がこんっ。と、音を立てて出てきた缶を、レテが手に取る。その時だった……。


「あの……」

「ッ……?!?!」


 突然誰かが、僕の後ろから声をかけた。


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