第三幕:好きな気持ちは本当
「まったく!イデ!あなた何を考えているんですか!!あんな乱暴な方法で、玲央に自信がつくわけないでしょう!」
「そうだよぉ!乱暴にも程があるんだから〜」
「……ッ」
「少しは頭を使ってください!頭を!と言っても、使える頭がありませんでしたね。すみません」
「アル、それは言い過ぎ〜。いくら本当のことだからってさぁ」
「……ッ!テメェら、言わせておけば!!!」
今朝の一件で変に疲れて家に帰ると、そんなやりとりがリビングから聞こえてきた。先に帰った三匹は、今回のイデの所業について、アルとレテで説教をしていたらしい。二匹の説教をイデはずっと正座をして話を聞いていたみたいだけれど、流石の悪口にブチギレたみたいだ。
「……イデはそんなこと、言える立場じゃないでしょ?」
絶対に許さないから。と、リビングに入るなり僕も説教に加わる。こればっかりは譲れない。バレなかったから良かったようなものの、勝手に人の体を使って告白するなんて最悪だ。しかも朱里さんに。朱里さんに!!!
「……も、……だよ」
「何?」
らしくなく小声のイデに、僕はぶっきらぼうに問いかける。
「テメェに、自信をつけてやりたかったんだよ……。あの女のことが、好きなんだろ?」
消え入りそうな声で、イデは答えた。
「……だからって、朱里さんはものじゃないんだから。自分のものにするとか、そういう風に言うのはやめて欲しい。それに僕は、朱里さんのことが好きだけど、付き合いたいとは思ってないから」
「悪かった……」
もう勝手なことはしねぇ。と、イデは耳をしゅんと垂れ下がらせた。その耳を、そっと撫でる。……仕方ない。このもふもふに免じて、これで引き下がってあげよう。
「しかし、困りました……。こうなってくると、やっぱりあの方法でいくしか……」
そう呟いたのはアルだった。僕が役者になりたいと思えるように、まだ何か考えがあるらしい。
「……また変なこと考えてる?」
「そんな、そこのアンポンタンポカンと私を一緒にしないでください!」
「誰がアンポンタンポカンだ!誰が!!!」
「玲央はロミオとジュリエットのセリフは、全部頭に入っているんですよね?」
「え、あ……うん。一応、全員分入ってるよ」
怒るイデを無視して、アルは僕に聞く。照明係だから、セリフを全部完璧に覚える必要はないんだけど、つい癖で全部覚えちゃったんだよね。
「であれば……そうですね。ロレンス神父役……くらいがいいでしょうか」
「?」
ロレンス神父というのは、ロミオとジュリエットの二人の気持ちを知る数少ない人物の一人だ。二人の間を取り持って、結婚式の手助けをしたりもする。わりと重要人物。そのロレンス神父が、どうしたというんだろう?
「……今その役をしている子には申し訳ありませんが、当日ちょっとお腹を壊していただいて……」
「ちょっと!それは絶対だめ!!!!!」
何を言い出すかと思えば……。意図的に今役をもらっている子を下ろして、僕を代役にしようとするなんて、それだけは絶対にだめだ。この日のために、どれだけみんなが一生懸命に準備をしてきたのか、痛いほどよく知っている。それは、どんなにちょっとの役でも一緒だ。誰一人欠けたって、舞台は成功しない。だから、絶対にそんなことをしてはいけない。
確かに、代役が立てられる時もあるけれど、よっぽどのことがない限りそうはならない。それに、代役になったとしても、僕が抜擢されることなんて、それこそない。
「……ですよねぇ……。では、どうしましょう?」
「どうしましょう、って……言ったでしょ?そもそも僕は、もう演劇に関わるつもりがないんだって」
この気持ちは、もう変わらない。ここにくるまでに、たくさん悩んだんだ。もう、覆らないよ。
「だからもう何もしないで、この大会で最優秀賞が取れるように願っていてよ」
「いえ……それは当然なんですけど……」
「ねえねえ」
ここまで黙ってアルの話を聞いていたレテが、僕の服を引っ張る。
「玲央はなんで演劇やめちゃうの?」
「えっ……」
「演劇、好きなんでしょ?」
「それは……」
演劇は好きだ。大好きだ。自分ではない誰かになって、別の人生を体験することができる。役者って、なんて素敵な職業だろうって思った。その気持ちに偽りはない。
でも、自分がそれになることはできないって、わかっちゃったんだ。何をしたって、僕はそこに立てない。だから、裏方になってみたんだけど、余計に舞台に立つ人たちが眩しく見えちゃって……。眩しすぎて、もう見てられないなって、そう思ったんだ。
「だから、これからは見て楽しむだけにするよ」
そう、僕の気持ちをレテに伝える。
「そっかぁ。それもありだよね」
「ちょっとレテ!あなたが玲央にまた役者になればいいって……」
まさか言い出しっぺが意見を変えるとは思っていなかったようで、アルは困惑しているようだった。
「だって無理やりやらせようとするのも違うんじゃない?」
「それは、そうですけど……」
「ただもったいないなぁ。みんなの前で演技する楽しみを知らないままって」
……だからさぁ。そう言って、レテが僕の手を取る。
一体、何をするつもりだろう?僕はじっと、レテを見つめた。
「ちょっとだけ、玲央の体かして?」
「え?」
チュッ。と、僕が何かを言う前に、レテは僕の手の甲にキスをした。
「うんうん。こんな感じね!」
今朝と同様、僕の意思とは関係なく、手がグーパーグーパー、開いて閉じる。
(ちょっと、レテ!)
またこれ!?レテまで、僕の体を奪って何をするつもりなんだ?!
「ちょっとだけだよ。イデみたいに変なことはしないからさ」
(……本当に?)
「本当に」
ニコッと、レテが笑う。確かに、レテなら信じてもいいか……。
(……わかった。本当、変なことだけはやめてね)
「うん。ありがとう、玲央」
(本当にね。変わってって言ったら変わってね)
そう、何度も念押しする。その度に、レテはわかった。と、了承してくれた。イデとは安心感が違う……。それに、
(キスって手の甲でもいいんだ……)
「あ、そうですよ。別にどこでも」
そんなあっけらかんと……。キスって、結構難易度高い行為だと思うんだけどなぁ……。
僕とは感覚が全然違うみたいだ。
(イデが頬にしてたから、頬じゃないとだめだと思ってた……)
「んなわけねぇだろ」
そう言うのはイデだ。やった本人が言うなよ!
「まあまあ、それよりも、ちょっと準備して出かけるよ?」
(準備?)
「うん、準備!」
そう言って、レテは服を着替え始めた。
一体、今度は何をしようっていうんだろう。




