第二幕:失敗
即答だった。間髪入れずに、朱里さんはイデの告白を断る。突然のことにイデは言葉を失って、手にしていた朱里さんの髪がはらりとこぼれ落ちていく。
「な……なっ……ッ!」
「どなたか存じ上げませんが、気持ちのこもっていない告白ほど、悲しいものはないと思いませんか?」
にっこり、朱里さんは微笑む。その顔もすごく可愛かった。
「それに……」
私、もう心に決めた人がいるんです。そう言って、朱里さんはロッカールームへ戻って行った。
「おい、お前っ!」
稽古場に響く声。朱里さんと入れ替わるように、蘭くんがこっちに向かってくる。その顔は、明らかに怒りがこもっていた。
「このクソ大事な時期に、何してんだ!!!」
「あ、ご……ごめんなさい!!!」
僕は咄嗟に蘭くんから目を背けると、一目散に稽古場から逃げ出した。
「……もう!なんてことしてくれたんだよ……!!!」
旧校舎の稽古場に逃げ込んで、僕は着ていたTシャツを脱ぎながら、イデを睨みつける。そのイデはというと、
「フラれた……俺様が?この俺様が……フラれた……?」
自分がフラれるとは本当に一ミリも思っていなかったみたいで、この通り放心状態だ。そのおかげで、僕も自分の体に戻れたわけだけど……。正直、僕の方がダメージが大きい。なんたって、あの朱里さんに告白してしまったんだから。本当、どうしよう……。
「うぅ……僕、もう朱里さんに合わす顔がない……」
「だ、大丈夫!あの感じだったら周りも、ジュリエットの子も玲央って気づいてないよぉ!」
「いつもと雰囲気が別人でしたからね!」
「……本当?」
「本当!本当!!」
レテとアルが必死に僕を励ましてくれる。確かに、朱里さんも誰?って言ってたくらいだし、僕ってバレてない……よね?服を着替え終えて、アクセサリーを外す。最後にワックスで固められた前髪を手でわしゃわしゃと乱暴にほぐして、いつもの髪型に戻した。割れたガラスで自分の顔を確かめれば、メガネがない以外はいつもの僕だ。さっきの姿とは、似ても似つかない。
うん。これなら、きっと……大丈夫!……多分。メガネがなくて落ち着かない、けど、こうなればもうやけだ。
「玲央は部活へ行ってください。このバカは私たちが責任を持って家に連れて帰ります」
「任せて〜」
「わかった。よろしくね」
イデのことはアルとレテに任せて、僕は覚悟を決めて再び部室へ向かった。
***
「あ、玲央、おはよう!って、何お前イメチェン?」
「はは……っ。ちょっとね」
稽古場に入るや否や、汐恩に話しかけられて、ヘラっと笑う。……うまく笑えているだろうか。不安で変な汗が止まらない。
「へー、お前がメガネ外してるの珍しいな」
「け、今朝起きたら机から落として……そしたらレンズが外れちゃてさ……!帰りにメガネ屋行く予定」
「まじか!大丈夫か?」
「う、うん。大丈夫」
ありがとう。と、僕はなんとか笑顔を作って誤魔化す。けど、
「なあなあ、そういえば知ってるか?ついさっき、どっかのイケメンが朱里にいきなり告ったって!」
「へ、へぇ……」
やっぱり話題は、朱里さんに告白した人物のことに変わった。そりゃそうだ。あんな告白なんかしたら、すぐ噂になるに決まっている。
「だ、誰だろうね、そんな命知らず」
「それがわかんねぇの。うちの制服着てたらしいけど、誰もあんなイケメン見たことねぇっていうんだよな……」
「そ……ソウナンダァ」
変に声が裏返る。でも、これだけ噂になっているのに、僕の名前が出ていないということは、誰もあれが僕だって気づいていないってことだ。これなら、なんとか切り抜けられそうだ。
「しかも間髪入れずにフラれたって!やばいよなぁ!どんなメンタルしてたらそんなことできるんだよ!」
「……本当だよ」
その点に関しては、激しく同意だった。まじで何をどうやったら、あんな自信が身につくんだろう。本当に、イデのそこだけは羨ましい。
「おい、みんな!」
突然、稽古場にいるみんなに向かって呼びかけたのは、蘭くんだった。
「さっき変な奴が来てたが、気にするなよ!大会まであと3日しかないんだ!大会に集中しよう!!!」
「そうだね!蘭くんの言う通りだと思う!みんな、もう一回気を引き締めていこう!!!」
「はい!」
蘭くんのあとについで、朱里さんもみんなに向かって呼びかける。その呼びかけに、部員みんなが返事をした。少しだけふわっとしていた空気が、一気にぐっと引き締まる。やっぱり、この二人はすごい。
「さ、練習始めるぞ!」
蘭くんにそう促されて、みんなそれぞれ持ち場へ向かった。
「……こうやって見ると、やっぱりあの二人付き合ってんのかなぁ」
「……」
舞台裏に向かう途中で、ぽろっと、汐恩がつぶやいた。付き合っていると噂されている二人だ。本当であってもおかしくない。チラリと、役者組の方を見れば、蘭くんと朱里さんが楽しそうに話しているのが見えた。側から見ても、とってもお似合いの二人だ。そこに、僕のいられる場所なんかない。……ないんだよ。




