深夜のサバゲー大会、反省します訓練編⑭
「——言い訳なんていらねぇよ」
ゼロの声が一気に体温を下げた。
先ほどからの表情とは一変、氷のように冷たく、刃物のように鋭い眼光が俺を貫く。
「前に話したろ。戦略家の『責任』ってやつをな。……現実で考えてみろ。もし今、俺が撃った銃が『本物』で、お前の指示で動いた味方が全員死んでいたら……お前は遺族や仲間に『時間がなかったから』なんて見屈しい言い訳を吐くのか?」
「………………っ!」
喉の奥がカラカラに乾き、言葉が完全に詰まった。
俺がその威圧感に圧倒されて息を呑んでいたその時、ヒット扱いで地面に倒れていた2人のプロが、苦笑いを浮かべながらゆっくりと体を起こした。
「はっはっは! そんなに熱くなるなよ、ゼロ。レイレイが戦略家をやり始めてから、まだたったの2、3週間だぞ?」
「そうだぞ。敵の配置と人数を寸分違わず当ててみせたし、俺たちのチームだって3キル取ったんだ。最初にしてはすごすぎる成果だろ。もっと素直に褒めてやれよ!」
倒れ込んだまま軽口を叩き合う2人に、ゼロは肩をすくめて「甘いな」と呟いたが、その目元からは先ほどまでの冷酷な鋭さが消え、いつもの飄々とした表情に戻っていた。
「で、最後の3つ目だが……そっちのチームで聞け。それと、これで終わりだ。お前がこれからやることは……わかるよな?」
(これで終わり……? つまり、リベンジの2戦目はなしで、**『今日の訓練はこれで一発勝負終了』**ってことか……!)
負けたからといって「もう一回」なんて甘えは通用しない。
1回の失敗で全滅すれば、現実の戦場では次なんて存在しないからだ。
一発勝負の重みと、自分の甘さを猛反省した俺は、背筋をピシッと伸ばして大声で返事をした。
「はい!」
「よし。装備を片付けたら解散だ」
そう言い残してゼロが去っていくと、俺は肺に溜まっていた息を一気に吐き出した。
(……ゼロという男の圧倒的な強さ。戦略家としての責任。……一回の訓練で、とんでもねぇ課題が見えたな)
その後、俺はさっきのチームのメンバーの元へ集まった。
「いやーお疲れー。負けちゃったね」
優しくそう声をかけてくれたのは、1番の元自衛官のオッサンだった。
「すみません、僕の読みが甘いばかりに……」
俺が申し訳なさそうに頭を下げると、
「ん? どうしたんだ?」
後から合流したアグンが、俺の落ち込みぶりに首をかしげる。
「いやーさっき、ゼロに色々絞られてな。絶賛反省中だ」
3番が苦笑しながらフォローを入れた。
「ガハハ! あいつも弟子取って、ちゃんと師匠らしいことしてんのか。珍しいこともあるもんだな」
2番が豪快に笑い飛ばしたが、俺の表情は真真剣なままだった。
俺は目の前のプロたちを真っ直ぐに見つめ、深く頭を下げた。
「……師匠に言われて気付かされたんです。俺はみなさんのことを、ただの『駒』として使っていたんだって。首のすげ替えがきく道具みたいに思ってた。でも……俺はゼロから期待されてる以上、そんな最低な奴になりたくないんです! だから……みなさんの『名前と、特技』を教えてもらえませんか!?」
思いの丈をぶつけた俺に、プロたちは一瞬驚いたように目を見張り、それから嬉しそうに顔を見合わせた。
「……Haha, now it’s turned out to be a good day.(ハハッ、いい日になったな)」
2番が満足そうに目を細め、ポンと自分の胸を叩いた。
「いいだろう。じゃあまず俺からだな。この作戦で1を担当した、元自衛官の佐藤だ。特技は『精密射撃と後方支援』だな」
すると、大柄な元軍人が不敵に口角を上げた。
「俺は2を担当した、元アメリカ軍のサンリーだ。特技は『近接戦闘での突入と撹乱』。狭い場所なら任せとけ」
「3を担当した、俺も元アメリカ軍のグゼン。障害物が多いエリアでの『トラップと足止め』が得意分野だ」
「4番は俺だ。元イギリス軍で、名前はユト。よろしくな。俺の武器は隠密からの『後方奇襲と乱戦作り』だ」
プロたちの口から明かされる、本当の名前とそれぞれの強固なキャリア。
俺は胸を熱くしながら、その言葉と名前を脳裏に深く刻み込んだ。
(……ただの番号じゃない。世界中の戦場を潜り抜けてきた、頼れる『仲間』なんだ……!)
それと同時に思った。俺の戦略は、誰もその特技を活かせていなかったことに。
佐藤さんの精密射撃も、サンリーさんの近接突入も、グゼンさんのトラップも、ユトの奇襲も、……俺がただの「駒」として配置したせいで、その真価を何ひとつ発揮させてやれなかったんだ。
俺が自分の甘さを噛み締めていると、ユトがニヤリと笑って俺に問いかけてきた。
「で? ゼロが言ってた『3つ目の敗因』……あいつ自身についての答えは、もう分かったか?」
俺は悔しそうに拳を握りしめながら、しっかりと頷いた。
「……はい。やっぱりゼロは、こちらの常識やセオリーが一切通用しない『怪物』ってことですよね……?」
俺のその答えに、ユトは苦笑いを浮かべながらゆっくりと首を横に振った。
「怪物……まあ、間違いじゃない。だが、レイレイ。ゼロの本当の恐ろしさは『強さ』そのものじゃないんだ」
「え……?」
今度は佐藤が、どこか懐かしむような、そして少しだけ怯えるような目で空を見上げた。
「あいつはな、もともとこの国の特殊部隊にいて、『ヴァイオリン』だったんだ。だが、あいつのさっきの戦い方を聞いたら分かると思うが、一人で全てをこなす圧倒的な力、判断力、冷静さは、周りもついていけずにいた。そこであいつは『孤高のヴァイオリニスト』と呼ばれ、誰も寄り付かなくなった。そしてその後はよく分からないが、スカウトされて世界政府に入ったらしい。俺が知ってるのはそれだけだ」
静かに語られた衝撃の過去に、俺は思わず問いかけた。
「……ゼロに対して詳しいんですね」
「まぁね、実は僕とゼロは同期でね、彼の努力と才能は一番近くで見てきたからね」
佐藤はどこか寂しげに、だけど少し誇らしそうに苦笑いを浮かべた。
「だから分かるんだ。あいつはな、『相手が今、何を考えているか』を完璧に把握して行動する。戦況やセオリーを読むんじゃない。指揮官であるお前の『思考のクセ』そのものを読んでいるんだよ」
「思考のクセ……」
「そうだ」とグゼンが言葉を継ぐ。
「『この状況ならレイレイはこう指示を出すだろう』ってのを、お前が動く前に全部予見してる。だから、セオリー通りの作戦を立てれば立てるほど、ゼロにとっては一番読みやすい行動になっちまうのさ」
プロたちの言葉が、胸に深く突き刺さる。
俺が「完璧だ」と思っていた作戦すら、ゼロの手のひらの上だったのだ。
「セオリーを覚えるのは大事だ。だが、相手はあのゼロだ」
ユトが俺の肩をポンと叩き、力強く微笑む。
「あいつを越えるには、セオリーを超えた作戦……そして何より、俺たち『個』の特技を限界まで使った予測不能な連携が必要なんだよ」
「予測不能……」
俺が呟くと、ユトは楽しそうにニッっと八重歯を覗かせた。
「そうさ。型にはまったセオリーなんて、ゼロの前じゃ単なる『次の行動の予習教材』でしかないからな。だけど、俺たち一人ひとりの『尖り』を思いもよらない形で噛み合わせたらどうだ? ゼロの読みのさらに上をいく、最高の裏切りができると思わないか?」
脳裏に、先ほどプロたちから聞いたそれぞれの特技が駆け巡る。
佐藤さんの正確無比な精密射撃と後方支援。
サンリーさんの圧倒的な近接突入と撹乱。
グゼンさんのトラップと時間稼ぎ。
ユトの隠密からの後方奇襲。
。
(……そうだ。ゼロは『俺の思考パターン』を読んでいる。だから俺がセオリー通りに彼らを配置すれば、それはゼロにとって一番予想しやすい盤面になる。でも、もし彼らそれぞれの『尖り』を最大限に活かした、セオリーをブチ破るような作戦を作れたら……!)
圧倒的な絶望感を飛び越えて、胸の奥から熱いプレッシャーと興奮が湧き上がってくるのが分かった。俺は不敵に口角を上げた。
「……ふふっ、楽しくなってきました」
その一言に、プロたちが一瞬目を見張り、それから感心したように顔を見合わせた。
「……おいおい、マジかよ」
ユトが呆れたように、でも嬉しそうに呟く。
「あのゼロを相手にして『楽しくなってきた』だと? ……度胸だけなら、もうとっくに一人前だな」
佐藤さんもどこか感心したように目を細め、ポンと俺の肩を叩いた。
「ハハッ! いいぞレイレイ! その意気だ。次の訓練までに最高の作戦を練ってこい。俺たちの命、まるごと預けてやるよ」
「……はい! ありがとうございます!」
俺はプロたちに向かって深く頭を下げると、振り返って目の前に広がるフィールド内に入り全体をぐるりと一周した。
障害物の配置、隠れられそうな死角、射線が通る高所、そしてゼロが侵入してきたルート……。
今まで「ただの演習場」としてしか見ていなかったこの地形が、仲間たちの「尖り」を知った今、まったく違う立体的で無限の選択肢に見えてくる。
(ここなら……佐藤さんの射線を活かしつつ、グゼンさんのトラップで誘導して、ユトさんで追い込める、いや……!)
俺は手元のメモ帳を取り出し、刻一刻と変化する夕闇のフィールドの光景とひらめいたアイデアを、逃さぬように必死で書き留めた。




