本物のゼロはやっぱりくそでした。訓練編⑧
訓練開始17日目。
「はぁー……昨日はマジで変な一日だったな」
ベッドの上で天井を見上げながら、昨日の出来事を思い返す。
冷静に考えたら、色々とおかしすぎただろ。
久しぶりに会ったゼロが偽物で、そいつも世界政府の人間で、そのまま暴走ドライブに巻き込まれて車酔いして……。
「……いや本当、冷静に考えなくてもヤバい一日だったな」
フラフラの頭でそうつぶやきながら、俺はなんとかベッドから体を起こした。
昨日、一週間ぶりに激しい戦闘訓練をしたせいで全身が痛む。その上、あの命がけの心理戦で頭をフル回転させたせいで、脳みそまで疲弊しきっていた。おまけに最後のあの荒々しい暴走ドライブだ。体も、頭も、胃袋すらも限界を迎えている。
昨日みたいな命がけの心理戦も、暴走ドライブも、毎日あってたまるか。頼むから今日だけは普通であってくれ――心からそう願いながらパソコンを起動させると、一件のメールが届いていることに気づいた。
差出人は、ゼロからだった。
『昨日はどうだった? 楽しかった?
じゃあ今日は通常通りだから、いつもの時間でよろー』
俺は、昨日こいつが遊んでいたことと、このあまりにも軽い文面を見て、返信する気すら失せた。静かに画面を閉じる。
「……ん? え、嘘だろ。もうこんな時間!?」
時計を見ると、ゼロとの集合時間まで残り3時間を切っていた。
「やばっ、風呂入ったり準備しなきゃ!」
俺は慌てて体を動かし、準備を進めた。
――そして、ゼロとの集合時間になった。
そして、昨日あの「偽ゼロ」と落ち合った、いつもの集合場所に到着した。
指定された場所の路地裏には、すでに一人の男がたばこを吸いながら車に背を預けて立っていた。
雰囲気だけで分かる。……間違いなく、本物のオッサンだ。
俺がだるそうに足音を立てて近づくと、ゼロは煙草を消しながら、ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべて手を振ってきた。
「よぉ弟子。昨日は楽しかったか? イケメンな『世界政府』のお兄さんとドライブデートなんて、いい思い出になったろ」
「……ふざけんな。車酔いで死にかけたわ。お前、俺が必死こいて訓練してる間に夜の街で遊んでたんだってな」
「あはは! 人聞きが悪いなぁ。遊んでたんじゃなくて、仕事(交渉)だよ仕事!」
絶対嘘だ。俺の中で、あいつが遊んでいたことは既に確定していた。
「じゃあそろそろ聞かせろよ。俺をバーディクトと合わせた本当の理由」
「はぁ? 昨日あいつから聞かなかったのか?」
「ああ、聞いたよ。『俺と会って試してみたかったから、ゼロにお願いしたら喜んで代わってくれた』的なことを言ってた」
「じゃあ、それが答えだろ」
ゼロがしらっと言い切る。俺は無言のまま、ものすごいニタニタ顔でゼロの顔をじーっと見つめ(ガン見し)続けた。
「……はぁ、分かったよ。続きは車で話す」
根負けしたゼロは溜息をつくと、ポンポンと自分の車のボンネットを叩いた。
言われるがまま車に乗り込み、エンジン音とともに車が走り始める。
「で、お前はなんだと思うんだ?」
運転席のゼロが尋ねてくる。
「いや……実を言うと、特にこれといった理由に心当たりはない」
「おーおー、じゃあさっきのガン見はブラフ(ハッタリ)か?」
「……ハッ、まぁそうかもな。ただ、なんとなくあんたなら意味もなくそんなことしないと思っただけだ」
(俺は言わなかったが、あの変なところで気を遣うオッサンのことだ。俺が期待されるのが苦手だと知っているゼロが、意味もなくそんなことをするわけがないと思っただけだった。)
「……へぇ、そこまで俺を信用してくれてるとはね」
ゼロはバックミラー越しにニヤりと笑うと、少しトーンを落として続けた。
「まあ、実際バーディクトがお前のこと相当気に入ってたのは事実だぜ。『あの歳でここまで冷徹に状況判断ができるガキは初めてだ』ってな。頭に銃を突きつけられたのも相当ショックだったらしくて、帰りの電話でお前のこと大絶賛してたわ」
「……ハッ、あいつが勝手に言ってるだけだろ。大げさなんだよ」
俺はそっぽを向いて、窓の外へ視線を投げた。
胸の奥が少しだけムズムズするような、照れくさい感覚を誤魔化すように、わざと大きな溜息をついてみせる。
「へぇへぇ、そういうことにしておいてやるよ」
バックミラー越しに見えるゼロの顔は、相変わらずニヤニヤしていて心底ウザかった。
……あ。
車が走り続ける中で、俺はふと大事なことを思い出して頭を抱えた。
(あーー……話し込んでてすっかり忘れてたけど、目の前にいるの『本物のオッサン』じゃん。最悪だ……)
偽ゼロ(バーディクト)との命がけのやり取りから解放されて安心していたせいで、うっかり普通に会話してしまっていた。本物のゼロと過ごすということは、これから待ち受けているのは容赦ない地獄の訓練だ。
「ん? どうした弟子、急に頭抱えて」
「……なんでもねぇよ。今日はお前(本物)と一緒だってこと忘れてて、最悪な気分になっただけだ」
「ひどっ!? 師匠との感動の再会だぞ!?」
「どこが感動だ、ただの災難だろ」
そんなくだらない軽口を叩き合っているうちに、車はいつもの見慣れた車庫の前で停車した。
「よし、着いたぞ。昨日の今日で体が重いのは分かるが……今日もバッチリ鍛えてやるからな」
「……へいへい」
車を降り、冷えたコンクリートの匂いが漂う車庫の中へ入る。
全身の筋肉痛と疲労感は残っていたが、いざゼロと向き合うと嫌でも集中力が引き締まった。
「じゃあ行くぞ!」
ゼロの掛け声とともに、実戦訓練が始まった。
体を打ち付け、間合いを詰め、限界ギリギリの状態で何度も地面に転がりながら、必死にゼロの動きに食らいついた。
――数時間後。
「はぁ……はぁ……っ!」
俺は荒い息を吐きながら、車庫の床に大の字で倒れ込んでいた。もう指一本動かす体力すら残っていない。
「うん、いい動きだったぞ弟子。昨日でひと皮むけたな」
ゼロはピンピンした様子で、見下ろしてくる。俺は床に転がったまま、恨めしそうにオッサンを睨みつけた。
「やっぱあんた……俺が痛くてかばってる場所とか、アザがある場所ばっか狙って殴りやがって。……最悪だけど、本物って感じはしたわ」
「ははっ! 相手の弱点を容赦なく突くのが実戦だろ? 感謝してほしいねぇ」
悪びれもせずに笑うゼロに、俺は「死ね」と心の中で悪態をついた。
「……マジで死ぬ……」
「ハハッ、死んでねぇ死んでねぇ。……あ、そうだレイレイ」
ゼロはふっと思い出したように、軽~く言った。
「あ、そうだ明日は、休んでいいぞ」
「…………は?」
ゼロが、休みをくれた?
大の字になったまま俺が目を丸くすると、ゼロは不敵な笑みを浮かべて鍵をポケットに突っ込んだ。今まで一度もそんな甘いことを言わなかったオッサンだ。絶対に何か裏がある――俺は無意識に警戒を強める。
「……何の企みだよ」
「企みなんてねぇよ。だが、明後日からは別の場所で訓練をする。しっかりと体を休めておけよ」
「……おーう」
なんだか拍子抜けしたが、明後日からの「別の場所」という言葉が少し引っかかる。
俺は重い体をなんとか起こすと荷物をまとめ、そのままゼロの車で家まで送ってもらった。
そして次の日。
俺は一日中、泥のように眠り続けた。
体中の痛みと疲労が、少しでも早く消えてくれることを願いながら。
12時にも上げます




