戦略家は、チームの命を預かります。訓練編⑥
今日2本めです
お願いします!!
【3. 撤退ラインの設定】
『……撤退ライン。きのう軽く説明はしたが言葉の通り。死んだら終わり、勝ちも負けもない。身体能力が追いついてない奴が生き残るための唯一の武器は“事前の準備”と“状況判断”と説明したが、それは、あくまで個人としての話をしたまでだ……
ここからは、チーム戦略の真骨頂に触れて貰う』
ゼロは一度息を吐き、画面越しの俺を真っ直ぐに見つめた。
『いいかレイレイ、現場で一番チームを危険にさらすのは何だと思う? 戦略の失敗じゃねぇ。“欲”と“独断”だ』
「欲と……独断?」
『そうだ。「もうちょっとで倒せるかも」「今チャンスだからもっと踏み込もう」……そうやって現場が調子に乗って、立てた戦略以上のことをした瞬間、全滅の引き金が引かれる』
ゼロの声が、ぐっと低くなる。
『だから、チームでの撤退ラインには絶対のルールがある。“目標をクリアしたら即撤退。いくらチャンスに見えても、事前に立てた戦略以上のことは絶対にしない”。商談も戦場も同じだ。そして、“現場で少しでも予定外の危険が生じたら、即座に戦略家へ報告する”』
「……それって、報告を受けた戦略家は、すべての情報を受け取り、即座に『撤退』か『続行』かの判断を決める……ってことか?」
『その通りだ。現場の興奮やパニックに流されず、一番冷めた場所で状況を俯瞰しているお前(戦略家)だけが、その引き金を引く権利を持つ。お前が下す「引け!」の一言は、仲間全員の命を繋ぐ防波堤なんだよ』
ゼロの言葉が、ズシリと胸に響いた。
自分ひとりが逃げるのは、簡単だった。もしその判断が間違っていたとしても、被害に遭うのは自分だけだ。
……でも、チーム戦略においては、それが全く違う。
戦略家は、チーム全員の命を預かっているんだ。
(……俺の一言で、誰かが死ぬか、生きて帰れるかが決まる)
チーム全員の暴走を抑え、命を守り切るための「絶対的な判断力」。
それこそが、俺に求められている戦略家としての真の役割だった。
「……責任重大すぎるだろ、クソオッサン」
俺は呟きながら、乾いた唇を小さく舐めた。
『ああ。俺はな……自分の指示でチームを全滅させて、潰れていった戦略家を何人も見てきた』
ゼロの声には、いつものからかうような響きは一切なかった。静かで、どこか重い眼差しが画面越しに俺を射抜いている。
『お前が背負うのは、画面のデータじゃねぇ。命そのものだ。……どうだ? 画面の向こうで事件を解いて満足していた頃とは訳が違う。引き受ける覚悟はあるか?』
「…………」
俺は、即答できなかった。人の命の重さは実感したことがない。だが、想像だけでもわかる。やめていった人たちが、どんな思いをしたのか、何を失ったのかを……。
部屋の中に、痛いほどの静寂が落ちる。
ゼロも追及はせず、ただ静かに画面越しで俺の答えを待っていた。
俺は深く、長く息を吐き出し、画面をまっすぐに見つめた。
「……あんたは、俺を信じてるんだろ」
画面の向こうで、ゼロが一瞬だけ目を細めた。そして、小さく口角を上げて短く答える。
『……ああ』
「……なら、あんたが信じてくれてるのに申し訳ないが、今はまだ『覚悟ができた』なんて軽々しく言えねぇ。命の重さなんて、俺にはまだ正直言ってよく分かんねぇから」
俺は素直にそう吐き捨てると、キーボードに指を添えた。
「だから……答えは保留だ。その代わり、今日からの訓練で試してみろよ。1ヶ月後、チームメンバーに会う前に俺が本当にその重さに耐えられる奴かどうか、あんたの目で確かめろ」
ゼロは一瞬呆れたように目を見開いたが、すぐにククッと喉を鳴らして笑った。
『ハッ……決断を先送りにしたか。だが、変に格好つけるよりよっぽど信頼できるな』
ゼロが手元の端末を操作すると、画面中央に赤く点滅するタイマーが浮かび上がる。
『いいだろ、保留にしてやる。ただし! 答えを出す前に逃げ出すなよ? ……よし、じゃあ撤退ラインも説明したことだし昨日の続きをやる。本日の実践シミュレーション演習、スタートだ!』
「……言われなくても逃げねぇよ。かかってこい!」
画面が激しく切り替わり、無数のデータと現場の緊張感がヘッドホン越しに俺の脳内へとなだれ込んできた。
視界を埋め尽くすのは、複雑に入り組んだ市街地の3Dマップと、絶え間なく更新される味方5名のステータス。
直後、スピーカーから爆音とともに現場の切迫した怒号が弾けた。
『——こちら1番! 前方に敵の装甲車! 通過不能!』
『3番より通信! 負傷者が出た、このままじゃ全員巻き込まれるぞ!』
悲鳴と銃声の嵐。一瞬で脳を焼くようなプレッシャーが襲いかかる。
だが、俺の意識は逆に静まり返っていった。
(落ち着け……パニックに飲まれるな。全員の視線、感情、敵の動き……全部俺の脳内で組み上げろ)
呼吸が深くなり、周囲の雑音がすーっと消えていく。感覚が研ぎ澄まされ、モニターの光と己の脳がダイレクトに繋がる感覚——『没入』だ。
「……1番、前方の装甲車はハラガラだ、相手にするな。右の路地へ折れろ。10秒後に2番が合流してカバーに入る」
俺の指先がキーボードの上で目にも止まらぬ速さで踊り出す。
命の重さはまだ分からない。だけど、俺の指示ひとつで全員を生かして帰す——そのゲームの解を導き出すために、俺は思考のギアを限界を超えてトップへと叩き込んだ。
「コイツ1日でここまで……
……やるな……」
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