第8話:最初の一体を倒せ(難易度:Easy)
「……ゴブリンよ」
アンジェリカの声は、驚くほど平坦だった。
俺は荷の隙間から身を乗り出しかけて、慌てて引っ込めた。
「ふ、ふたついるんだけど」
「見ればわかるわ」
「理想的なの、一体じゃなかった?」
「現実はだいたい理想通りには進まない」
さらっと嫌なことを言う。
馬車の外では、御者が腰を引かせていた。
「盗賊か!? 」
「ただの雑魚よ、私が出るわ!」
アンジェリカが荷台から飛び降りる。
外套がひるがえって、朝靄の中に赤毛が走った。
俺は一拍遅れて、攪拌棒を握りしめる。
手のひらが、汗で滑る。
やばい。
マジでやるのか、これ。
視界の中央にウィンドウが開く。
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【戦闘開始】
【敵性個体:ゴブリン×2】
【推奨行動:落ち着いてください】
【補足:まあ無理ですよね。ビビりだし】
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うるせえ。
「ハヤシ!」
アンジェリカが叫ぶ。
「左の小さい方をやりなさい!」
「えっ、了解!」
小さい方。
ゴブリン二体のうち、右の一体は背が少し高く、持っている装備も長い。
対して左の一体は、ひと回り小さい。落ち着きがなく、雑な感じがする。
アンジェリカが右へ向かう。
指先が赤く光る。小さな火花が飛び、上背のある方のゴブリンがぎゃっと声を上げて吹っ飛んだ。
あっちはもう勝負がついたらしい。
それに気づかず、左の小さい方がこっちへ来る。
「うわ、来た」
俺は反射で荷台から転がり下りた。
着地、失敗。
そして真正面。三歩先。ゴブリン。
近くで見ると、想像以上に汚い。
緑というより泥色の皮膚。なんだか腐った野菜みたいな臭いがしてくる。
持っているのは錆びた———ナイフと棒の中間みたいな。
ゴブリンが俺を見て、にやりと笑った。
当たり、とでも言いたげな表情。
笑うなよ。
怖いだろうが。
「ハヤシ、立って!」
アンジェリカの声。
立つ。
攪拌棒を構える。
構え方は知らない。
だから、とりあえず野球のバントみたいな感じで前に出す。
ゴブリンが首を傾げた。
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【新スキル候補を検知】
【候補:その場しのぎの構え】
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ゴブリンが地面を蹴った。
速い。
うわ、速っ———
「下!」
アンジェリカの声が飛ぶ。
反射で攪拌棒を下げた。
がきん、と鈍い音。
ゴブリンの刃が棒の鉄巻き部分に弾かれる。
「うお!?」
「そのまま押し返して!」
「お、おう!」
言われるがまま、全体重をかけて前に押す。
小さいゴブリンは思ったより軽かった。
いけるか?
いや、まだわからん。
でも今、確かに押した。
心の中で何かが、ほんの少しだけ切り替わる。
よく見れば、俺の腰くらいの高さだ。
筋肉はついているものの、身長だけで言えば子供と変わらない。
チンパンジーの様な猛獣に見えていたが、急に小さく見えてきた。
ゴブリンが舌打ちみたいな音を立て、今度は右へ回り込んだ。
横に動く。俺も動く。
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【新スキル候補を検知】
【候補:社交ダンス】
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ゴブリンがもう一度飛び込んでくる。
今度は高い。
反射で俺は棒を振った。
ぶん、と嫌な風切り音。
棒の先がゴブリンの肩に掠め、体勢を崩す。
そこで俺は気づいた。
これ、綺麗に当てる武器じゃない。
もっと雑でいいんだ。
重さをぶつければいいだけ。
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【戦闘理解度:微増】
【補足:今さらです】
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黙れ!
「左足!」
言われて、踏み込む。
ゴブリンの目が一瞬だけ俺の足元を見る。そこだ。
俺は攪拌棒を、振るんじゃなくて、突き出した。
先端の金属巻きが、ゴブリンの胸に入る。
「ギィッ!?」
変な悲鳴。
「頭を狙いなさい!」
アンジェリカの声が飛ぶ。
今だ!
俺は半分叫びながら、攪拌棒を上から振り下ろした。
「うおおおっ!」
ごつっ、と鈍い感触。
相手がよろめく、が……。
「浅いわ! もう一回!」
ゴブリンが血走った目で俺を睨む。
次の瞬間、やつは飛びかかるんじゃなく、ナイフを振り回しながら真っ直ぐ突っ込んできた。
まずい。怖い。
でも、ここで下がったら刺さる。
そう思った時には、身体が勝手に動いていた。
俺は半歩だけ横へずれ、すれ違いざまに攪拌棒を両手で握り直して――
振り抜いた。
ただ、全力で。
脇腹から肩まで、体全部を使って。
重い音。
折れないものを力任せに折ったみたいな、小気味のいい感触。
地面に倒れたゴブリンの体が、ぴく、と痙攣して。
止まった。
……。
やったか?
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【個体撃破を確認】
【ゴブリンを倒した!】
【経験値獲得】
【レベルアップ!】
【Lv.2 → Lv.3】
【クエスト達成:最初の一体を倒せ(難易度:Easy)】
【報酬:レベル3到達】
【追加報酬:微かな自信】
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来た。
本当にきた。
ゲームだこれ。いやゲームじゃないんだけど、来た。
棒を握り直した瞬間、手の中の重さが変わった。
遅れて、視界にウィンドウが弾けた。
【レベルアップ!】
【Lv.2 → Lv.3】
【ステータス上昇】
【HP:112 → 130】
【MP:12 → 14】
【ちから:7 → 9】
【きようさ:8 → 9】
【けんこう:10 → 13】
【かしこさ:8 → 9】
【カリスマ:3 → 4】
【新規スキル獲得】
【棒術:F】
【TIP:ちょっと強くなりました】
———わかる。
ただの数字じゃない。
腕が軽い。
息が、さっきより切れない。
一歩前に出るだけで、自分でも少し笑いそうになった。
「何をにやけているの」
アンジェリカが冷たく言う。
「いや、ちょっとだけ」
「ちょっとだけ?」
「前より、殴れそう」
言った瞬間、自分でも雑だと思った。
でも、間違ってはいない。
ミレイの攪拌棒を握り直す。
長さよし。重さよし。先端のぶ厚さ、最高。
【装備補正を確認しました】
【ミレイの攪拌棒】
【分類:鈍器】
【攻撃補正:微増】
【取り回し:良好】
いい。
すごくいい。
今の俺なら、さっきまでの俺よりはちゃんと戦える。




